第80話 アラサー令嬢はおかしくはない



「あ、では、学園内でも殿下には、護衛の方が付くのですか?」


 王子がウイザーズ侯爵邸に来る時には、大体2人の護衛が付いてくる。

 いつも同じ人ではなく、何人かでの交代制だと思う。


「それは…」


 シリウスが言いかけて止める。

 私の後ろを見ているので、誰か来たのだろう。

 振り向くと、見覚えのある護衛の人がこちらに来るのが見えた。

 後ろに誰か連れている。


「ちょうどいい、シャーロットに紹介しておこう」


 近づいてきた人影の輪郭が、はっきりして来るにつれ、思わず、全身がこわばってくるのを感じた。


「殿下、本日からお世話になります!」

「うん」


 どっかで聞いたような、聞かなかったような、よく通る声。

 すらりとした長身の男子が、胸に手を当て、頭を下げている。


「学園内で、僕の護衛をしてくれるジャック・ランドウッド。騎士団長であるランドウッド伯爵の子息だ」

「…ま、まぁ」


(うわぁ…声が震えそうだぁ…)


 上げられた顔は、緊張で少し強張っているが精悍に整っている。

 紅色の短髪に、同色の瞳。

 ゲームのスチールより、色味が紫がかってるけど…

 

(正真正銘、シャーロットを瘴気の沼にポイした、ジャック君じゃないですか!)


 …せ、扇子!

 歪みそうな口元を隠す扇子が、今!欲しい!

『ゲーム・シャーロット』が、常に持っていた小道具だから、わざと持たなかったのに!

 サリーが、淑女のたしなみとして、きちんと用意してくれたのに!


「ジャック、シリウスは知っているよね?」

「はい、勿論。幾度か、お目にかかっております」


 ジャックは、シリウスに向き直った。

 シリウスも、そちらへ頷く。


「クロフォード様、よろしくお願いします」

「シリウスでいいよ、僕もジャックって呼ばせてもらう。こちらこそよろしく」


 まばゆい。


(美形同士の、エールの交換だー…)


 目がつぶれそうだ等と、現実から目を反らそうとしても、許されるはずはない。

 二人をにこやかに観ていた王子の目が、微笑みのままこちらへ向く。


「そして彼女は、シャーロット・ウイザーズ侯爵令嬢。知っているかもしれないけど、僕の婚約者だ」

「はい、存じております」


 完璧に張り付いた笑顔が、私に向けられ、礼を取られる。


「お初にお目にかかります、ウイザーズ侯爵令嬢。ジャック・ランドウッドです」


 私も覚悟を決めて、会釈する。


「初めまして、ランドウッド様。シャーロットです。以後よろしくお願いいたします」


 顔を上げると、なぜか驚いたような赤い目に出会う。


(何? なんか変だった? ……もしかしてバレた!?)


 ジャックとは三年前、『黒髪のシャーリィ』として出会っている。


(騎士学校行くって言ってたのに~! スチールと同じ黒のケープ姿で登場って…勘弁して~)


 その時一緒にいたシリウスを、ちらっと見ると、彼はかすかに首を振った。


(バレてないのね?)


 ならば、堂々としているしかない。

 ジャックは少し言いよどみながら、言葉を紡いだ。


「あ、その…よろしければ、私のことはジャックとお呼びください」

「分かりました、ジャック様。私も、シャーロットで構いません」


 また、おかしな沈黙が流れた…。


(当たり前の受け答えしかしてないよね…)


 助けを求めるように王子とシリウスを見ると、王子が苦笑して口を開いた。


「ジャック。シャーロットは、おそらく君の知るどの令嬢とも違う」


 えっ!?

 何か違うの!やっぱり?


「戸惑うかもしれないけど、言葉通りに受け取って問題はないよ」

「はい、分かりました。シャーロット様、以後、よろしくお願いします」

「…はい」


 こちらを向いたジャックに、心なしか笑われているような…。


(いや私、一応、侯爵令嬢だから!)


 身分下の男子に笑われるなんてありえない…よねぇ…。

 



 護衛と一緒に話し合っている、王子とジャックの背中を見ながら、隣にいるシリウスにそっと尋ねる。


「シリウス…」

「なに、シャーロット」

「私、そんなに変わってる?」

「は?」

「以前聞いた時、二人ともそんなことないって言ってくれたけど…やっぱりどこかおかしいの?」


 皆に遠巻きにされていたのは、王子とシリウスの『令嬢避け作戦』、とのことで一度納得したけど…


(あれだけはっきりと、『違う』なんて言われると、もう…)


「貴方も殿下も、優しいから言いづらいのかも知れないけど、私、今日から他の令嬢達と一緒に学ぶのよ? 少しでもおかしい所があれば、すぐに指摘してもらわないと困るわ」

「待ってくれ、シャーロット。君におかしい所なんてないよ」

「でも、シリウスだって聞いていたでしょう? 殿下が『どの令嬢とも違う』って」

「それは違っているのであって、おかしいという意味じゃないよ」

「違っていたら、まずいでしょう!?」


(あれ?まずくないの??)


「まずい部分が、違っている訳じゃないから…その、君は他の令嬢と比べ…」

「なに?」


 私は話をそらされないように、シリウスをしっかりと見上げた。

 いつか見た、灰銀の瞳は相変わらず綺麗だ。


(あの日は、ほんのちょっと顔を上げれば届いたのに…)


 王子もだけど、あっさり抜かされた背が、少し淋しい。

 いつも三人一緒だったのに、肩幅も手もいつの間にか大きくなって、シャーロット一人置いて行かれた気分だ。


(これは、あれね。親戚とか自分の知っていた小さな子がいつの間にか育ってて、成長が嬉しいと共に寂しく思うってやつ…)


 久しぶりに、アラサーっぽい述懐に浸っていると、シリウスに両手で肩を掴まれた。


「シリウス?」


 何か珍しい表情だ。

 顔は真剣なのに目が泳いでいる。


(私、そんなに難しいことを聞いたの…?)


 一呼吸置いて、体が少し離された。


「…シャーロット。これだけは云えるけど、君はどこもおかしくない。ただ令嬢として、少し…警戒心が足りないとは思う」


(警戒心!これは盲点だわ)


 今まで攻略対象者やヒロインを警戒しなければ、と常に思っていたものの、王子やシリウスとは、なし崩しに仲良くなってしまったし、ヒロインは影しか見えないし…で、とても曖昧になってしまっていた。

 目のかたきにしてくるハーロゥ公爵だって、ご本人を警戒するというより、噂にならないように警戒する、って感じだった。


(そうだ、私にはリアルの人間に対する警戒心がない!)


 学園でも危険はある、って最初に聞いたのに…


「分かったわ! シリウス。さっきも、あっさりジャックを認めてはいけなかったのね?」

「え?」

「もっと色々質問して、彼が本当に味方か確かめるべきだったのね…」


 なのに、私は何も考えずに、ただの自己紹介で終わらせてしまった。

 だからジャックは戸惑っていたんだ。


(『何だこの女、王子の婚約者なのに警戒心ないな』…って呆れられて、笑われたのかも知れない)


「ごめんなさい、シリウス…」

「いや! 彼は大丈夫だから! どこと結びついてもない、僕も調べたし」


 落ち込んだ私を慰めてくれるが、むしろそういう安全な相手で練習しないと…!

 王子もきっと、そのつもりだったんだろう。


「これからは、きちんと警戒するわ。貴方達二人が目的で、私に近づく人もきっと多いわね…」


 そう、自分だけの問題じゃないんだ。

 

(ゲームの展開だけでなく、こっちも気を付けないと…忙しいけど仕方ない。断罪回避に役立つかもしれないし)


「…あー…うん。警戒するに越したことはないね…もう、それでいいかー」


 シリウスが、何かぶつぶつ言っていた。









Atogaki *****************



…いや少し『おかしい』か。

…シリウスは、『他の令嬢と比べられない』と言いそうになってました。いまだ修行が足りてません。



 




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悪役令嬢はざまぁを夢見る チョコころね @cologne

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