第79話 アラサー令嬢はドリルじゃない



 3日後に戻って来たジェスパーは、寝不足を感じさせる影の入った顔の上に、やりきった感あふれる笑顔をのせて、隣国エゼルマへの『出店計画書』を持ってきた。

 何と、3カ年計画である。

 3年後…学園入学直前の悪役令嬢にとっては、実にビミョ―な日数だが…


(ワンチャンあるかも…!)


 と、希望の灯をともすことにしました。

 

(国に対して罪を犯せば、おそらく財産も没収されるだろうけど、他国ならその限りではない…と思いたい!)


 備えは多いに越したことはないのである。


 エゼルマにしたのは、あの国は『商業の国ビジネスファースト』なので、よその国の商人も、比較的好意的に受け入れてくれるからとの事だった。


「それでも、こちらの実績がまだ足りませんので、許可が下りるのに少し時間を要します」


 ウチは『ウイザーズ侯爵』として国内外の信用はあるけど、売るのは全く新しい商材だ。


「最長で3年かかると思っています。もっと早く済むかも知れません」


 同席してもらったロイドも、計画書を読んで頷いていた。


「無理のない計画です。言葉は良くありませんが、たとえ上手くいかずとも負債を負わないで済むでしょう」


(それ一番大事なヤツ!)


「これでしたら、おそらく侯爵様も了承されるでしょう」


(それも大事だわ!忘れてた…)


 私は内心の叫びを隠し、鷹揚に頷いた。


「分かりました。進めてください」

「かしこまりました」


 ジェスパーは、恭しく胸に手を当て頭を下げた。


 ロイドによれば、私が王家に嫁いでも、個人資産を持つのは問題ないらしい。


(そういえば、この国って妻の個人財産も認められてるのよね)


 淑女教育の一環で、母から聞いたが、珍しいことらしい。

 

(少なくとも周辺国にはない、という話だ)


 あと、あまり例はないが、女性にも爵位の相続権がある。

 夫に先立たれた夫人が、子供が成人するまで、という形が多いらしい。

 中には、気概のあるお嬢様が、『自分しかいないので…』と継いだ話もあるそうだ。


 ちなみにお姉様は、


『女侯爵…響きが素敵よね。フフ、もちろん憧れがあるけど、私は運命的な恋に落ちるサダメだから、その方を支えていきたいわ~』


 …だそうである。

『運命』と『サダメ』はかぶってない?とか


(運命的な恋に落ちるのが、決定事項なんだ…)


 とか、ちょっと目が遠くなったけど、多分、お気に入りの『女侯爵』が主役のロマンス小説でも出れば、また変わると思われる。

 ある意味、お姉様はブレない。

 もし私のせいで侯爵家が没落しても、ロマンスの題材に出来るだろう。


(『没落した侯爵家の高貴なる姫と、彼女をめぐる男達…あぁ!』とか空耳がちょっと聞こえた…)


 私のお姉様は、ロマンスの為なら家も捨てかねない(未遂あり)方で、悪役令嬢の妹としては、とても頼もしく思う。






「シャーロット?」


 シリウスに名前を呼ばれて、思わずというふうに目を瞬かせた。

 目の前には、リアルな攻略対象2名…


「すいません、見慣れなくて…」


 嘘ではない。

 あの頃のトキメキとは逆ベクトルの、胸の鼓動ドキドキを感じる。

 ぶっちゃけ、心臓に悪い。


(ゲームのパッケージを彷彿させる姿に、早く見慣れなくては…)


 王子とシリウスがお互いを見回し、思わずというように微笑んだ。

 王子もシリウスも、そして私も、黒のケープを羽織っている。

 これが魔法学園の制服のようなもので、これを上から羽織っていれば下は何を着ても自由だ。


「こうやって3人で、同じケープを羽織っていると不思議な気分だね」


 少し照れくさそうに王子が言うと、シリウスも頷く。


「魔法学園に入ったんだなぁ…って、感慨深いよ」


 複雑な気分を押し隠し、私は笑って口を開いた。


「殿下もシリウスもよくお似合いです!」

「シャーロットもね!」

「有難うございます」


 王子に軽く頭を下げる。

 薄い色のスーツ系の二人に対して、私のケープ下は、瞳の色と合わせた、紫のひざ下までのドレスだ。

 ゲームの中の『シャーロット』と同じだが、あちらは赤みがかかった濃いい色だったのに対して、こちらは紫がかった灰銀である。

 髪はハーフアップして、同色のリボンで結んだ。

 複雑に結い上げたいサリー&屋敷のメイドズには、「学園は色々な方が来るので、目立ちたくない」とご遠慮願った。


(さすがにドリルは、勧められなかったが…)


 こんなにコシのない、すとーんとした髪なのに、『ゲーム・シャーロット』の縦ロールってどうやってたんだろ? ベタベタに油塗って固めたのかしら?


「打ち合わせがあって、先に来ていたんだ」


 とシリウス。


「あら、新入生代表のご挨拶でも?」


 あれ?ゲームでは王子だったよね。

 シリウスは胸の前で手を振った。


「違う違う、久しぶりに王族が通うんで、見直された警備体制の把握チェック


 王子の側近としての役割らしい。


「僕も立ち会わされた」


 王子の声はどこか眠そうだ。


「二人とも、初日から大変ですね」

「まぁ仕事だから。あぁ後で、シャーロットにも『安全地帯』セーフティゾーンとか案内するからね」

安全地帯セーフティゾーン、ですか?」

「うん、ないとは思いたいけど、構内で何者かに襲われたりした際に逃げ込める先。魔法で絶対防御がかかるようになってる」

「登録した人間しか入れないから、シャーロットも登録しておいて」


 いいのかな?と思ったけど、王族の婚約者は、やはり狙われる対象だろう。


「はい」

「登録するのは、殿下と僕ら。あと殿下の護衛」

「あの…先生方は?」


 まず校長、とか言われると思っていたので、思わず口を開くと、王子とシリウスが顔を見合わせた。


「……学園長は、生涯を学問と教育に捧げると誓って、独身を貫き通した方だし、父う…陛下の従兄弟だし、おそらく大丈夫だと思うけど、先生方の中には、色々しがらみを抱えている方も…という話でね」


 視線を斜め下にした王子が、ボソボソつぶやく。

 シリウスも遠い目をしながら、


「勿論、学園へ入る前に、一通りの精査はしている筈だけど、大昔に教職員が魔獣を召喚して、王族が襲われた―…なーんてことが、んでね」


(…いや、不味いでしょ、ソレ)


 さすがにもう、この『精霊王国』が、お花畑じゃないのは実感済みですが。


 それに多少耳が痛い。

 やっぱり、こんな王城に近い所でも魔獣召喚って出来ちゃうんだなぁ…







Atogaki *****************



…『いなくもない』『なくもない』は『いる』。

…ちなみに、英国のエリザベス女王(お悔やみ申し上げます…)の個人資産は、5億3千万ドルだそうです。


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