桜の前には梅が咲く(アニバチャンピオン:①二刀流)

風鈴

桜の前には梅が咲く

 高校2年の3学期の学年末試験が終わり、僕、五条達也ごじょうたつやは、幼馴染の篠宮しのみやしのぶと、近所では有名な”しだれ梅”が見られる公園に来ていた。


「わあ、綺麗!」

「満開だね」


 2月末から3月にかけて、ここのしだれ梅は満開となる。

 梅には、実を収穫できる実梅と、花を観賞する花梅とがある。

 しだれ梅は、花梅にあたる。


 近所のご老人達は、公園の清掃やこの梅のお世話をしており、一年間の労いを兼ねての宴会を満開の天気の良い日に開く。

 この日がそうだった。


「おー、達也にしのぶか!こっちに来い!お菓子があるぞ!」

 近所のお爺さんがオレ達を見つけて、手招きをする。

 中学時代は、この人たちに混じって、子供会で清掃活動を夏と冬の休みの時にしたものだった。


「玄さん、相変わらず、お達者ですね」

「なに、もう夜の方の愛の営みはムリになったがな!ウハハハハ!」

 相変わらず、下品な冗談がスイスイと出てくる。

 しかし、お年寄りは、そういう話が好物みたいで、みんなが笑い合ってお前の所は現役らしいなとかで盛り上がっている。


「ホントに相変わらずね」

 そう言う篠宮も、楽しそうだった。

 僕は、彼女が年寄にお酒を注いだりする横顔に、ついつい見惚みとれてしまう。

 もし、僕が彼女と結婚すると、こんな風にお酌をしてくれるのかな?

 そういう想像がよぎる。


 僕達は、少しだけご老人達に付き合い、公園の隅へ移動した。

 まだ寒いが、暖かな陽射しが差す日で、彼女の少し伸びた髪がキラリと、その陽光を反射する。

 キラリと光って感じるのは、その反射だけでなく、彼女の笑顔が僕を眩しくさせているのだと、彼女の顔を正面からとらえた僕には、良く分かった。


「これ、少し早いけど、バレンタインのお返し」

 空色の包み紙と赤いリボンのしてある箱を彼女に渡す。

「えっ!ありがとう!」

 彼女の笑顔がもっと華やいだ。

 ドキッとする。


「開けて良い?」

「うん、気に入って貰えたら嬉しんだけど」


「うん?なにこれ?すっぱ梅の飴ちゃん!」

「どう?好きだろ、そういうの?」

「う、うん。大丈夫・・・・すっぱ!!」


「・・アハハハハハ!うっそー、それはジョーダンだよ!ホントはコレ!」

 そう言って、僕は小さな箱を渡した。

 彼女は、モウと言いながら顔を真っ赤にさせて、アメをみ下しながら、その箱を開けた。


「わあ、ごっくん、可愛い!!」

 それは、梅のブローチだった。

 因みに、手作りだ。

 ユーチューブを見ながら作った。

 彼女は、それを見つめて、これをペンダントトップにするねと言ってくれた。



 *

 こうして、高2が終わり、高3になった。

 受験だ!

 そして、高校最後の野球!

 そう、僕は、この両立を目指して頑張ってきたんだ!


 高2の学年末試験では、学年で5位の成績。

 勉強との両立を条件に、僕は野球を高校に入っても続けていた。

 県内でも有数の進学校で、文武両道を謳う校風は僕に合っていると思ったのだが、実際は大変だった。

 でも、この二刀流は、親との約束。

 たぶん、どちらかを途中で投げ出すと、もう一方の方もダメになると、僕の勘は言っている。


 高3の7月に入って、ついに高校野球の地区予選が始まった。

 僕は、エースだった。

 新チームになり、やっと掴んだエース。

 ずっと、エースの座を守り通して、球速も上がり、変化球も良くなってきた。

 自信はあった。

 練習試合では、シードの強豪校とも互角以上の戦いが出来るようになった。

 みんなが僕に期待を寄せている。

 県決勝までは絶対に行ける。

 あわよくば、甲子園へ!

 夢は限りなく、チームのみんなを鼓舞した。


 1回戦、2回戦とコールド勝ち。


 3回戦、初めてのシード校との対戦、しかも秋大あきたいでは準優勝をしている。

 選球眼が良い。

 相手も、僕達を研究している。

 なかなか打たせてくれない。

 だが、僕も打たせない。

 8回まで0対0。

 9回のマウンド。


 相手は継投をして3番手の投手が投球練習をしている。

 僕は、応援席に居る篠宮を見る。

 こっちを見ていて、目と目が合った。

 両手をガッツポーズして、頑張れってしてくれている。

 もちろん、勇気をもらった。


 ここからは、気力の戦い。

 こんな所では負けない!

 強い日差しが、顔を手を身体全体を焦がすように照りつける。

 汗が、いつの間にか、捕手のサインを覗く時に滴り落ちた。

 思わず、手の甲で拭う。

 この正念場の為に、僕は頑張ってきたんだ。

 いや、僕だけではない。

 野球部全員が頑張ってきたんだ。


 大きく振りかぶる。

 如何にも速球が来るような素振りで腕を強く振るった。

 スライダーだ!

 イメージ通り、くくっと変化させて、外角へ沈んだ。

 空振り。

 まだまだ行ける!

 下位打線を3者三振に仕留め、ここまでパーフェクト。

 大きな声援が飛ぶ。


 そして、9回裏。

 先頭バッターの僕はフォア―ボールを選び、塁に出た。

 この投手、球は速いが緊張の為か、上ずっているように感じる。


 僕が本塁を踏めばサヨナラ。

 送りバントでワンアウト2塁。

 僕は、単打でもホームへ帰れるようにリードを出来るだけ取る。

 次のバッターは、チームでも打てるヤツだ。


 何回も牽制球けんせいきゅうを投げられるが、それでも、大きくリードを取ることを止めない。

 流石に、少し足に堪える。

 でも、負けない。


 僕は、捕手のサインから、バッターにサインを、出す。


 今だ!

 僕は、一か八か、盗塁が出来るくらいのタイミングで走った。

 初球、予想通りの外角低めを狙ったボールは上ずり、高さは丁度ベルトくらいに行く。

 打つハズだ!


 どっと、歓声が沸き上がった。

 強気の3塁コーチの腕が回る。

 外野は浅めなので、たぶん、クロスプレーだと直感が働く。


 僕は、3塁を回ると、ホームへ頭から突っ込んだ。

 そして、間一髪セーフ!

 サヨナラだ!


 これは、地区予選でも、トップニュースに取り上げられ、翌日の新聞を賑わした。

 普段は来ない校長も、練習に顔を出す。

 僕は、新聞記者とか、地元のテレビ局からインタビューを受けた。


 そして、3日後、僕達は、練習試合では大差で勝った相手に負けた。

 みんな、泣いていた。


 原因は僕だ。

 あの3回戦、ホームへ飛び込んだ時、指を痛めた。

 突き指だった。

 軽度だったので、直ぐに回復しそうに思えたが、ランニングだけのノースロー調整にした。


 指は薬指だったので、投げれると思ったけど、全力で投げたら少し痛く、コントロールが微妙に狂う。

 それでも、投げたよ。

 でも、投げる度に悪化していった。

 3回でフォアボールを連発し、ストライクを取りに行った甘い球を痛打され、走者一掃。それからは、一方的な展開でフォアボールとエラーも絡み、7点を取られて2年生の投手に代わった。そいつも点を取られてコールド負け。


 誰も、僕には話しかけてこなかった。

 あの篠宮も、その日、姿を見せなかった。

 いや、女子マネの矢野さんだけは、僕に労いの言葉を掛けてくれた。

 彼女も眼に涙を浮かべていた。

 それが申し訳なくて、僕は、ごめんってずっと言ってた。


 その後、もう夏休み直前の時、僕の所にその矢野さんが来て、野球部3年のお別れ会に呼ばれた。


 行きたくなかったが行った。

 そして、ケンカをした。

 言い訳など出来ない。

 僕から、キレたんだから。

「ノースローで3日休むなんて聞いたことがねーし。プロなのかよ、それってって感じ?アハッ!」

「矢野ちゃんとイチャつきながら、インタビューされて調子に乗ってたよな!アハッ!」

「おまえら、矢野さんは関係が無い!」



 *

 それから、僕は家に直帰した。1学期の成績は、散々だった。

 休み前に、担任からこのままでは志望大学は無理だから、夏休み死ぬ想いで頑張れと言われた。

 それから、寝る間を惜しんでの勉強がスタートした。


 そんな夏休みのある暑い日に、朝のロードワークで久しぶりに篠宮に、あの公園で出会った。

「あっ、おはよう!」

「あっ!」

 彼女は、そう行ったきり、僕とは反対方向へ走って行ってしまった。


 そう言えば、ラインも返事をくれないし、あれから会っていないよな。


「お前達、ケンカしたのか?」

 目敏めざとく見ていた玄さんが話し掛けてきた。

 僕は、曖昧に返事をして帰った。



 *

 二学期になり、毎月テストがあったが、ダメだった。

 成績が上がらず、そのまま共通テスト。


 共通テストでは奇跡的に、点数は良かった。

 でも、第1志望のK大学は私立だ。

 滑り止めに必要だから受けたに過ぎない。


 国立大学はどこでも良いからと言ったら、T大学に願書を提出された。

 親がそうしたのだ。

 滑り止めだって言ってたはずなのに。

 ハメやがった。



 *

 3月になり卒業式があった。

 矢野さんが、私は私立のM女子大学へ決まったって報告してくれた。

 そして、彼女は野球部のキャプテンの所へ行き、楽しそうにおしゃべりしていた。

 誰かが僕と彼女が付き合ってるという偽情報を流し、キャプテンの重い腰を上げさせたという話を後で聞いた。僕が無理強いをしたってことでね。


 T大学の合格発表の日に、僕はあの公園に居た。

 僕は、K大学を落ちていた。

 もう、T大学しかない。

 しかし、模試の合否判定ではいつもD判定だった。


 時間だ。

 携帯を見つめ、操作する指が震える。


「あった!!やった!!」

 近くで声がした。

 僕は、それどころでなく、携帯の画面をスクロールする。


 焦る。

 ついつい、画面が速く動いてしまう。


 行き過ぎた!

 えっと!


「たっちゃん!受かったんだね!!」

「えっ?!なに?」


「T大、受かったんだよね!だって、ここ!」

 彼女の指さす数字は、正しく僕の受験番号だった。

 学部学科も同じ。


「えっと、なんで?」

「私、たっちゃんのママに聞いたんだもん」


 彼女の笑顔は1年前と同じく、可愛く見惚れた。

 梅の花は満開からそろそろ散り始めていて、時々花びらが舞い落ちていた。


「しのちゃん、付き合ってくれ!」

 僕は、思わず、そう言っていた。


「しだれ梅ってね、バラ科のサクラ属なんだって。サクラ、咲いたね!」

 彼女は返事の代わりに、そんな事を言って笑った。

 彼女のムネには、梅のブローチがペンダントにされて、可愛くぶら下がっている。


 僕の大学合格と恋愛の二刀流がしだれ梅の咲く公園で行われたのだった。






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