光と闇の作戦会議

綿野 明

光と闇の作戦会議



「ロッド……君、剣を覚えないか?」


 火を起こし、釣った魚をちまちまと枝に突き刺している魔術師ロッドに彼がそう言った時は、ライラもまだ、まともな話をしていると思っていた。つまり、ひょろっとして筋力に乏しいロッドは魔力が尽きれば無防備になってしまうので、いざという時のために剣士のロインが身を守る術を教えておこうと、そういう話かと思ったのだ。


「え……なぜ?」


 ロッドがちょっと嫌そうな顔をした。学者肌の彼は運動が嫌いなのだ。


「二刀流」


 ロインがそう重々しく言うのを聞いて、ライラは「なんだくだらない話か」と食事の準備に意識を戻した。ロッドは「……二刀流が、どうしたんだ?」と少し身を乗り出した。


「やはりロマンだろう、二刀流」

「まあ、それはね。君なら練習すれば使えるんじゃないかい?」

「ああ。しかし最も格好良い二刀流というのは、これだと思うんだ。普段は剣一本の剣士が――斃れた友の剣を拾い上げ、盾を投げ出して捨て身で走り出す『激怒の二刀流』」

「え……僕、死ぬために剣を始めるの?」


 魔術師ロッドがパチパチと瞬くと、剣士ロインは「え?」と不思議そうにした。ロッドも「え?」と返す。


「いや、私が倒された時に君がこの伝説の月光剣ロナエルフェンを握りしめて、という展開だ。伝説の剣に普通の鉄剣を追加するより、逆の方がいい」

「ああ、そういう話か……僕が二刀流、そうだなあ」


 ロッドが魚を刺した枝を焚き火の前に突き立て、腕を組んで目を閉じた。格好良いかどうか想像しているらしい。ちょっと口元が嬉しそうにニヤついている。


「……いや、でもローブ姿で二刀流はちょっと様にならない気がするな。やはり君が僕の剣を、という方が似合う。僕の剣を魔剣にすればいい。友が命懸けで遺した最強の魔術が封印されている、常闇の魔剣だ。図らずも月光剣と対になってしまう」

「ふむ……とりあえずやってみよう」

「剣の代わりは杖でいいかい?」

「ああ」

「――おい、食ってからにしろ」


 ライラが口を挟むと、ロッドが持ち上げかけていた杖を置いて座り直した。ちょっと恥ずかしそうな顔をしている。小さな声で「そうだね」と言いながら、気休めに杖の先にくっついている真っ黒い魔石を撫でた。魔石は元々水晶のような透明だし、ロッドの魔力も別に黒色ではないので、これは彼が術でわざわざ黒くしているのだろう。彼は「漆黒」とか「暗闇」とか「堕天」とか、そういうのが異様に好きなのだ。


 ロインも少し残念そうに半分抜いていた「月光剣ロナエルフェン」を鞘に収めた。名前は流麗だが、別に伝説の剣でもなんでもない。剣身が月光のように淡く光っているのは、彼がなぜかそれを伝説の剣だと思い込んでいるからだ。どうも無意識に魔法を使っているらしい。アホすぎる。


 というかライラを含めた幼馴染四人組がこうして旅をしているのも、このロインが「邪竜を斃し世界を救う使命を授かった」とか、また馬鹿な思い込みをほざき始めたからだ。ライラ以外全員妙にノリがいいので、彼女はこうしていつも渋々冒険に付き合わされている。


 もそもそと皆で魚を食べてパンと果物をかじり、残った枝やリンゴの芯を焚き火に放り込む。出発に備えてライラと、治療師の少女ルーミシュは荷物の整理を始めたが、男二人はそれぞれ剣と杖を持って開けた場所へ出ていった。


「馬鹿じゃねえの?」


 ライラが呟くと、ルーミシュが「ううん、ロインはかっこいい……」と言う。このエルフ混じりの美しい少女は、なぜかあのアホな剣士ロインのことが子供の時から大好きなのだ。


「マジでさ、あいつのどこがいいの?」

「とても、心が綺麗……」

「いやまあ、それはそうかもしれないけど」


 ああいうのは純粋と言うより単純と言うんじゃないかと思いながら、馬鹿な遊びを始めた二人を見守る。ロッドがばたりと……は怖かったのか、怪我をしないよう慎重に地面に倒れ、手から転がり落ちた杖を拾ったロインが「うおおおお!」とか言いながら走ってゆく。架空の敵に向かって、剣と杖の両方を振り回す。と、振り返ってこっちにやってきた。


「ちょっと、ルーミシュ達も倒れてくれないか。守るべきものが残っているのに捨て身になるのはおかしい」

「お前、そんな馬鹿げた遊びにあたしが付き合ってやるって、本気で思ってんの?」

「一回でいいから!」


 ロインの懇願にライラは鼻を鳴らしたが、ルーミシュが「いいよ」と言って地面に横たわったので、「……仕方ねえな」と眉をひそめてその隣にごろんと寝転がる。ロインは喜んで駆け出してゆくかと思ったが、なぜか難しい顔でこちらを見つめている。


「……まさか、ちゃんと倒れる演技しろって言うんじゃないだろうな」

「いや……」


 ロインは首を振って力なく剣と杖を下ろし、不思議そうに顔を上げているロッドのところへとぼとぼと戻ってゆく。


「やはり、君がやるべきだ。私は……もしも誰かが犠牲になるのだとしたら、たぶん一番に死ぬよ」

「いや、それを言うなら……」


 剣と杖を握らされたロッドがこちらを振り返る。ライラはすでに起き上がっていたが、ルーミシュはまだ倒れ……いや、寝ている。お腹がいっぱいになって昼寝を始めている。


「僕は二刀流で戦うより、君を失いそうになって禁術に手を出してしまう方がいいかな。禁断の闇の魔術に」

「直前で助けるのか……! しかし、君がまた闇の深い場所へ行ってしまうのは」

「それでも、だよ」

「大丈夫だ。もしそうなったとしても、きっと私も君を暗闇の底から引き上げるため、新たな光の力を得るだろう」


 男二人が熱い友情の握手を交わしている。ルーミシュは寝返りを打っている。ライラは額に手を当てて首を振るのが癖になってきている。


 彼らの中でくだらない結論が出たらしく、激怒の二刀流とかいうのはなしになったようだ。こういう思いつきをほとんど毎日のようにやられるものだからライラはいい加減うんざりしていたが、それでもまあ、こいつらは本当に、危険が迫れば自分の身を犠牲にして仲間を守るようなやつらなので、ギリギリ、本当にギリギリ容認してやっている。それも明日には限界を迎えるかもしれないが。


 ルーミシュがしばらく昼寝を続けそうなのを見て、ライラはため息をつくと弓を手に取って立ち上がった。練習に丁度良さそうな倒木を見かけたのを思い出し、岩の向こうへ向かう。


 ロインの言う「邪竜」とやらが実在するとはとても思えないが、どんなに馬鹿馬鹿しい目的の冒険であれ、自然の中を旅する以上危険とは常に隣り合わせだ。このアホな仲間達が安易に自己犠牲の精神を発揮しないよう、ライラも強くならねばならなかった。





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