第6話
「兄さんからメスの香りがします」
いつものようにランニングから帰宅した俺を最愛の妹が玄関で待っており、ただいまのハグを要求されたのでやさしく抱きしめるとそんなことを言われた。
「メスの香り?」
「おかしいですね…兄さんの交友関係は把握していますが、女性の影は無かったはずです…」
「妹よ、聞いてるかー?」
「しかもこれは巨乳の香り…兄さんはあの脂肪の塊を見ると知性を捨ててケダモノになりますから…」
「おーい」
「きっとこの巨乳に惑わされてるに違いありません…兄の貞操を守るのは妹の役目、調査が必要かもしれませんね…」
ダメだ。妹は自分の世界に引きこもってしまった様だ。
「返事してくれないとこのままキスするぞ」
「是非おねがいします」
「聞こえてるじゃないか!?」
まったく聞こえていたのなら返事をしてほしいものだ。お兄ちゃん寂しくて地球を破壊しちゃいそうだ。
「環境破壊はやめていただけると」
「いや、冗談だよ。そもそもできないから」
「兄さんなら出来そうな気もしますが…」
何を言ってるんだろうねこの可愛らしい妹は。それはともかく
「ただいま」
「おかえりなさい、です」
家に帰ると地球上でもっとも尊い存在である妹が待ってくれている。
これ以上の幸せがあるのだろうか。いや、ない(反語表現)
軽くシャワーで汗を流した俺がリビングに戻るとそこでは天s…妹が食事を並べてくれていた。
「今日は肉じゃがを作ってみました」
「妹よ、結婚してくれ」
「? わかりました。結婚式はいつ挙げましょうか」
「すまんすまん、冗談だ。あまりにも理想的な風景が目の前に広がっていたんでな」
恐らく世に生息する男たちの9割以上は手料理の肉じゃがに弱いだろう。俺もその一人だ。
そういうと妹は「冗談なんですか…」と残念そうな顔を隠さないまま俺の座る席を引いてくれたのでありがたく席に着いた。その隣に妹も座る。
うちの家庭では昔から正面に父と母が座りその正面に俺と妹が座るようになっていたのだが、こうして妹と二人で暮らすようになってからも妹は隣に座る。前に「狭いだろうし正面に座ったら?」と提案したことがあるが、何故か涙を浮かべながら「私のことが嫌いになったんですか?」と言われあやすのにかなりの時間がかかったことがある。
両親もなかなか帰ってこれない状況で妹も寂しいのだろうと思う。
「兄さんはいあーん、です」
「あーん…うん、いつも美味しいね」
だからきっと毎夜行われるあーん攻撃も寂しさからくるものだろう。
「ありがとうございます」
「これならいつお嫁に行っても大丈夫だな」
「お嫁さんに貰っていただけるんですか?」
「おーおーいくらでも貰う貰う」
「やりました」
妹は嬉しそうにそういうと、何やら四角い機械のボタンを押し、またポケットへとしまった。
「私をお嫁さんにしたい、と?」
「あぁ、もちろん。こんなお嫁さんがいたら幸せだろうな」
「毎晩めちゃくちゃになるまで犯したい、と?」
「あぁ、毎晩寝かさないさ…ってちょっとそれは過激だな」
「言葉の綾です」
「言葉の綾なら仕方ないな」
たまに過激なことを言う妹の将来が少し心配になるが。きっと杞憂だろう。
「…やった、また兄さんコレクションが増えました…!」
なにか言っているような気がするが、今は目の前に広がる料理だ。
俺はどんな料亭の料理よりも美味しいであろう妹の手料理をゆっくり楽しんだのであった。
「ところで兄さん、先ほどのメスの香りはどうされたのですか? 変な女につき纏われているのでしたら私が排除しておきますが」
「あー、たぶんあれだ。メイドだな」
「…………メイド?」
「メイド」
「メイドとはあのメイドですか」
「たぶんそのメイドであってる」
果たして路地裏にいるメイドが一般的なメイドと同じと言っていいかどうかはわからない。
「つまり兄さんはランニング中にそのような場所に行っているのですか? メイド喫茶などそういう…」
「いや、路地裏だな」
「…………路地裏?」
「路地裏」
「ろ、路地裏という名前の喫茶店でs…」
「いや、普通の路地裏だ」
妹は俺の言っていることが理解できていないのかしきりに首をかしげている。かわいい。
「……兄さん、今度ランニングをご一緒してもいいですか?」
「もちろんかまわない」
「ありがとうございます」
妹と一緒にランニングができるだと…! そんなのしたいに決まっているじゃないか…!!
「楽しみだな」
「はい、楽しみです」
妹も楽しみにしてくれているようだ。
「…とりあえずスタンガンと、結束バンドと、準備が必要ですね…」
俺はメイドに屈しない @kuzusaya
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