第11話

 毎朝、毎晩、三人分の食事を作ってるらしいと、そんな噂が市内を駆け巡った。

江白はすでに全てにケリをつけて、俳優ではない。

けれども、元有名人は何かと噂の的にされてしまう。

美化したような尾ひれもつきながら、江白の異常な行動を、人々は噂した。


 本人は特に気にもせず、ただ工場で働いて、食材を買って帰って夕飯を作った。

チョコとバニラの学校から、亡くなった生徒を一緒に弔わないかと連絡があった。

江白は顔を出さなかった。

市長が、市を上げて追悼式を行うと宣言した。

江白は顔を出さなかった。


 数日たとうと、数ヶ月たとうと、チョコとバニラの机はいつも通りで、落ちたカバンもズボンもいつも通りで、明日はちゃんと片付けるように言おうと江白は思っていた。

じゃあ今日は?

今日を説明できる言葉を江白は捨ててしまった。


 きっとみんな、俺を狂ったと思ってるだろう。

それを自覚したところで、そんなことはないなんて、否定する気は一切なかった。

真っ暗な部屋で、彼らの肩を探す。

月明かりが差し込んで、その明かりを頼りに、木箱を二つ手に取った。


 納骨棚が増やせたと、本当に律儀に連絡があったらしい。

電話番をしている隣人から伝えられた。

次の休みに一緒に行くよ、と一方的に約束を取り付けて。


 とはいえ、その強引さに会った日からずっと甘えて助けられていた。

隣人の下地にあるのはいつも優しさだ。

ありがたいのに。そんなことを遠くで思う。


 江白は小さい木箱を開けた。

中には灰と小さな骨が詰められている。

子供は焼き加減が難しく、骨があまり残らないと聞いていた。

生々しい頭蓋骨が形を残してないのは、むしろ救いだろうか。


 江白はその一片を指先で丁寧に取り出し、口に入れた。

少し噛んで飲み込んだ。



「……ははっ」



 情けなさにひとりでに笑いが転げ落ちる。

皆は俺を狂ったと思うだろう。

俺だって、俺は狂ったと思ってる。

納骨なんてする気は無い。

灰を口に詰め込んで、白酒バイジョウの大瓶を傾け流し込んだ。

全部。


 暗い部屋で、何度か骨の割れる音がした。

酒をとんでもない勢いで飲んでゆく音が響いた。

五十六度の酒は全て消え、骨灰盒も空になる。

意図したわけではなかったが、急性アルコール中毒で江白は倒れた。


 どっちにしろ、海かどこかへ行くつもりだった。

このままここで眠れるなら、ここに勝る場所なんてない。


昏倒し、体温がだんだん逃げていく。

充分、幸せだった。

そんな言葉を噛み締めながら、江白は目を閉じた。


次の朝、鍵のかかっていない扉を開けた隣人は、思わず叫び声を上げた。

テーブルの上の晩飯は、三人分並んだまま、ただ朝日に照らされていた。




終わり

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空席【夜光虫if】 レント @rentoon

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