第2話

 今日は一日ずっと賑やかで、やってくる大人たちも、たまにいる子供も楽しそうに笑っていた。

「経営は……」なんて数日前に言われたジャンボの言葉がぶり返したりはするものの、遠くにぶん投げる。

たまにはド返しで遊んだっていいじゃないか。

血糊で血まみれなお客さんたちは、楽しそうに酒を飲んでいた。


 客の入りしだいで、今日だけは営業時間を伸ばそうと思っていたが、まさかこんなに遅くまで開けるとは、自分でも思っていなかった。

まだ間に合いますか、なんて、明かりを頼りにお客さんがやってくる。

とはいえそろそろ、いい頃合いだろう。

バオズや店主は一日を振り返って、満足そうにしながら、片付けも始めていた。


 しかしまた、店の扉が開く。

あちゃーと思いつつ、最初に店仕舞いの看板を出しとくべきだったと思いながら、顔を上げた。

けれどもそこに立っていたのは、常連の鉄道屋の双子だったのだ。



「おお!いらっしゃい!もう閉めるとこだったんだよ。真っ先にアンタらなら来るかと思ってたのに、どうしたの!」



 二人はいつもよりだいぶくたびれた様子で現れた。

朝にバオズやに寄ることはあっても、夜は他に行きつけがあるらしく、酒の入った二人を見ることはなかなかに珍しい。

店主は少しだけ心配しつつも、とりあえず外に看板を出してしまおうと、カウンターから出た。



「なんかやなことでもあった?仮装してなくても、顔が怖いから、割引券出してあげようか」



 からかいつつも店主なりの優しさだった。

そのつもりだったのに、酔った潘岳に腕を掴まれる。



「え、おい。なに……」



 店主は少し戸惑いながらも、酒飲みとのトラブルは日常茶飯事だ。

警戒して潘岳と視線を合わせた。

店内にも緊張が走る。喧嘩か、喧嘩が起きるのか。

店内の客は客で酒が入っているので、やばいと思いつつもなにか期待の目で、戸口の前に立つ三人を見た。


 だが、店主は違った切り口の酒の怖さを知ることになる。




「トリックオアトリート……だっけ?」

「そうだけど……なんだよ」



 睨み合いの次の瞬間、潘岳は横を向き、そしてウインクしながら、やけに気取った声で言い放った。



「お菓子あげないから、イタズラして♡」



 店内は一気に氷河期が訪れる。

何を見てるんだ……何を見せられてるんだ?

気取った声と顔で、潘岳は店主にバシバシとウインクを飛ばした。

キモイ。いや、そんな一言でこの気持ちをあらわしてなるものか。

だが、畳み掛けるように潘雲が言う。



「怖い顔だなんて酷いなぁ……そんな、うるさいお口はチャックしないと」



 やはり気取った声を出しながら、帽子を被り直し、潘岳の後ろから潘雲はゆらりと店主に近づいた。

なんだこれ。なんだこれは。

大混乱の中、店主は遂に叫んだ。



「き……キェェェェ!!」



 命の危険に等しいくらいの恐怖を感じ、潘岳の腕を振り払い、足技で二人を蹴り飛ばした。

空中を舞う力強くしなやかな蹴りに、双子は情けない声を上げて倒れていく。

その隙に店主は逃げ出して、カウンターの中に避難した。



「……なに?」



 やっと呆気にとられていた客の内の一人が声を出す。

すると、いててなんて言いながら、双子はそれぞれ起き上がった。



「……とまぁね。今日、駅にこういうバカが出ましてね!」

「皆さんもお気をつけくださいね。本当に……本当に俺たちの時間を返して欲しい!」



 しっかり酔っていた二人は、魂の叫びのように説明した。

客は思わずその豹変ぶりに笑い出す。

そして、変な拍手まで起こった。



「いい演技だった!役者になれっぞ!」



 二人は酒飲みの輪に呼ばれ、もう何時間もいたような空気に紛れた。

やっと今日のストレスも吐き出せて、二人はまだ愚痴りながらも、笑顔の中で分けてもらった酒を飲む。



「そういうことだから!トリックオアトリート!」



 潘岳はカウンターの中にいる店主に叫んだ。

しかし、店主はゆらりと大きなエモノを持って、カウンターから歩き出す。



「なにがそういうことだから、だ。やっていいことと悪いことの区別のつかないバカは、口封じしようねぇ……」

「え、あ、待った!待って!いやぁー!」



 客が止めるまもなく、マチェーテが潘岳に振り下ろされる。

大きな叫び声とともに、涙目になった潘岳だったが。



「あれ……くっついてる……」

「偽物だよ、ばーか」



 店主は中指を立てて怒りながら、店の外に閉店の看板を出しに行った。

また客達はゲラゲラ笑った。



「やっぱり店長が一番こえーや」



 潘岳はそれをきっかけにダバダバ泣き出すし、潘雲は多少正気に戻り、だんだんとさっきの行動が恥ずかしくなってきたような気がしてきた。


 そうなるとむしろ酔いが進むもので、二人はさっきよりもダメな酔い方をしていく。

そして、かなり前後不覚になりながら、閉店だと追い出されて二人は家に帰った。

その帰路の記憶はすっかりなかった。


 しかし、翌朝。

潘雲の家に居候している潘岳が、頭痛と共に目を覚ます。



「うー、あったまいてぇ……」



 着の身着のまま寝ていたようで、弟も同じく、服も着替えないままでろっと寝ていた。

潘岳は水を飲もうと寝台から起き上がる。

すると、ポケットからかさりとなにか落ちた。



「ん……?」



 拾い上げると、バオズや割引券と書かれた紙だと分かる。

そして裏面に、覚えてろよと走り書きされたのも見て、小さく笑った。



「頭いてぇの、あれかぁ」



 全く恐ろしい体験をしたものだ。

まだおかしそうに潘岳は笑っていた。

くだらないじゃれあいなんて、子供の頃以来かもしれない。

たまにはいいなぁ、と潘岳は水を飲んだ。



「来年も行ってやるか」



 潘雲もその内に起きてきて、彼は酷く照れがやってきて「うあー!」とか叫んでいたが、潘岳は楽しげに笑う。



「またイタズラ考えないとな」

「俺はもうヤダ!」



終わり



ーーーーー


※潘岳・潘雲のどうかしてるセリフはハロウィンの診断メーカーより。

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