銃と剣と男と女

スロ男(SSSS.SLOTMAN)

銃と剣と男と女

銃と剣ガン&ソードの二刀流ってわけか。なるほどね」

 俺は対峙する相手の威圧感にかえって笑いながら、いわずもがなのことを口にした。

 相手は応えない。

 微動だにしないが、俺には幾通りもの攻撃の線がえた。

 射線を気にすれば横ぎの剣が、剣筋を気にすれば瞬足で届く鉛弾が、架空の痛みを俺に届ける。

 相手の唇が僅かに動いた。

「君は一体何者なんだ?」

「へえ。あんたでも、そんなこと気にするんだ」

「気になるわけではない。ただの興味本位だ」

 それを気になるっていうんじゃないですかねえ、と俺は思いながらも訂正も苦笑もする余裕なく、同時にわずかに詰められた距離を、元と同じ間合いへと修正すべく、じりっ、と退がった。


        *


 忍者は存在する。

 時の権力者につかえ、闇を飛び交い、暗殺やら謀略やらで主の望むように世を変えていく者――みたいな世間的なイメージの忍者は、現代でも形を変えていくらでも存在する。

 だが、俺が言っているのはそういうことではない。

 人間離れした体術を使い、怪しげな忍術――空蝉うつせみ、水とんや土遁、金縛り等々を使う忍者は、実在したし、現在いまもする。

 なぜ、そう言い切れるかというと、俺がその忍者の端くれだからである。

『貧すれば鈍する』

 ちょうど元服を迎える俺に、親父は言った。

「金とか気持の余裕のない者は自分のことでいっぱいいっぱいで、安易に人を傷つけるし、簡単に人を踏み台にする。それでうそぶく、力がないから悪い、金がないから悪い、人として劣ってるんだから悪い、――そんな奴を踏み台にして何が悪い、と」

「でも、親父殿」と俺は反論した。「そう思われても仕方ない奴は、思った以上に多いじゃないですか。勿論、明らかに自分より弱い人間をいじめて楽しむような奴は地獄へ落ちろとは思いますけど」

「そのお前の判断の正誤は誰がはかるんだ?」

 俺は言葉に詰まった。

「おまえから見たらそう見える相手だったとしても、その相手にも家族はいる、家族を守るために必死だっただけかもしれない。家族を人質にとられて、卑劣な手を使わざる得なかっただけかもしれない」

「そんなことをいったら、誰も何もさばけなくなります」

 親父はニカッと笑った。

「そうだ、そういうことだ。おまえは普通の人とは違う、大きな力を持っている。だからこそ、おまえの勝手な判断で人を裁こうとするな」

「じゃあ、誰の判断で――」

「おまえはまだわからないのか」

 幻滅の色を隠すことなく親父はかぶりを振った。

「いまの世に尽くすべき主となりうる人物も組織も存在しない。どこもかしこも自分の利益と保身しかない、くだらない人間ばかりだ。……はっきり言ってやる、おまえは自らの力を使おうなどと金輪際考えるな」

 だったら、物心つくかつかないかの内から、比喩ではなく血反吐を吐くような思いまでして鍛錬させられたのはなんだったのか。そう問いたかったが、できなかったのは親父の眼に慈しみと憐憫れんびんが入り交じっているのがわかったからだった。

 そうして俺は、クラスの中でも特に目立つでもなく、忌避きひされるでもなく、漫画やアニメの中ならたまに科白セリフがつく程度の、いわゆるモブとして高校生活を送っていた。

 ほんの数時間前までは。


 どんな地味な高校の、どんな地味なクラスにも、目立つ奴というのはいる。他のクラスなら埋もれない程度だったり、他の高校だったら少ない友人から「おまえはすげーよなあ」と言われる程度だったりするかもしれないが、ありもしないIFもしを積み重ねても意味がないだろう。

 実際、クラスメイトの島津 瑠璃しまづ るりは、そういう前置きをせずとも目立つ存在だった。

 誰もが目を見張るほどの美人――ではない。卵型の小さめの顔にショートカット、少し日に焼けた肌は現代風いまふうでもない。眼も大きすぎるというよりは、どちからとえば少し細いぐらいのもので、なんというか全体的にこぢんまりとまとまっているという印象だ。

 手脚はすらりと長く、少女というよりは少年を思わせる印象で、親父の世代ぐらいなら、もしかすると活発系とかいってもてはやす奴もいたかもな、という容姿。

(ようするに、人好きするとかウケがいいとかいうのは、見目形みめかたちによらないものだってことだよな)

 俺は放課後の、誰もいない教室でひとり、窓枠にもたれて鼻歌を唄っていた島津から目を離せないまま、心の中でつぶやいた。

「あ、沢村君」

 肩をすくめて島津がはにかんだ。

「……見ちゃった?」

「見た。というか、聴いた」

 なんとなく島津の目を見れないまま俺は教室へと足を踏み入れ、自分の机へと向かった。彼女に歩み寄ってるのではない、と訴えるためでもなかったが、少々大げさな動きで教室後方へと足を向けた。

 島津の視線を感じる。

 教壇に近い窓枠の辺りで、それ以上質問を重ねるでもなく、俺の動向をうかがっているようだ。

 忘れ物など取りに来なければよかった、と俺は思った。明日提出の簡単な宿題で、授業が始まる前の休み時間にでも片付ければ済むようなものだった。単に暇だったから取りに来ただけで、こんなことになるなんて。

 机の中に手を突っ込んだとき、島津が言った。

「沢村君って、なんか楽しいことある?」

「へ?」

 視線が合った。

 実際の距離よりずいぶんと近くに眼があるように感じた。

 互いに互いを視線で把握しあっている、という感覚があった。

 振り払って、

「あるよ、いくらでも。ゲームやってるときだって、テレビ観てるときだって――」

「ほんとに楽しい?」

 からかっているようには見えなかった。むしろ切実なものをひしひしと感じた。

「おまえはつまらないのか?」

 人生が、とまでは言わなかった。ふっと絡み合っている視線がゆるんで、その隙に引き出しの中のプリントを取り出し、肩からおろした鞄に詰め込む。

 敢えて顔を向けないようにして鞄を背負いなおし、じゃ、と声をかけて入ってきたのとは違う島津から遠いほうのドアへと歩き出した。

「――面白いよ!」

 背後から島津の声。

 そのあとも何か続いていたようだったが、ドアを開け、閉める程度の音にも搔き消されるほどで、聞き取れなかった。


 などと、冷静クールを取り繕っていたが、内心は心臓バクバクだった。

 なにやってんだよ俺、バカか、俺! 可愛い女子とふたりっきりで喋る機会があって、しかもあっちから話しかけてきているのに、なにやってんだよ! 無関心なふりなんて ※ イケメンだから通用するんだよ、おまえなんかもっとグイグイ押してなんなら一緒に帰る? とかフレンドリーに行くべきだったろ、そんなんじゃおまえ二十歳はたちすぎても童貞のままだぞっ!!

 俺の自己反省会に反応したわけではないだろうが、頭上でカラスが間の抜けたカアという声を上げた。

 そして俺は立ち止った。

「おい、何の用だよ」

 振り返ると、電柱の陰から白一色のセーラー服姿の少女が現れた。

「あら、気づいてた?」

 おどけた言い方に毒気が抜かれそうになったが、ほぼ実践経験はないとはいえ、俺も一介の忍び、そういう手法やりくちだろうと油断はしなかった。

 ロング茶髪に真っ白な肌、眼と口は必要以上に大きく、けれど化粧諸々を落としたらすごい美少女であることが予想できた。

「……なんだよ、その恰好かっこう

 けれどまるでコスプレにしか見えない白一色のセーラー服なんて、ましてちょっと動けば下着が見えそうな恰好なんて、忍者としてはありえない。が、

「おまえ、同類だろ?」

「歩き巫女、三津池みづち、参る!」

 言うなり、姿が消え、次の瞬間には目の前に彼女のつむじが見えた。俺は躰を折り、初撃を避け、次いで来るだろう攻撃を予想して背を逸らした。

 そのまま彼女の手の中の鈍く光るものを蹴り上げ、バク転の要領で距離をとった。

 ミヅチ、と名乗った女は、追撃するでもなく肩をふるわせていた。

「あーん、避けた、蹴った、痛いー!」

「ええ~……」

 俺は頭の隅でこれが罠だという可能性を考慮しつつも、おずおずと彼女へと歩み寄った。本泣きだった。ドン引きだった。

「お、おまえ、歩き巫女っていったよな、俺の同類だよな?」

 先ほどの瞬歩しゅんほといい、手にしていた苦無くないといい、そこに疑いの余地はなかったが、それでも頭が理解を拒否していた。

「僕の婚約者フィアンセを泣かさないでほしいな、沢村君」

 恐ろしいまでの殺気を感じて、俺は思わず歩き巫女をかばうように声へ相対した。

 勿論、いまの言葉が本当・・・・・・・・なら、おかしな行動をしていることには気づいていたのだが、本能的に躰が動いてしまったのだ。


 臨戦態勢というふうでもなく、ごくごく自然体で島津が立っていた。


        *


「ね、面白いことはたくさんあるだろっ!」

 島津の剣撃をかろうじて交わして、俺は叫んだ。「俺の純情を返せ!」

ってないものは返せないな」

 銃を持つ手を叩いて飛び上がり、火花を散らすアスファルトを視界の片隅で捉えながら(ひえー、おっかねえ)空蝉うつせみで彼女(彼女?)の背後へと回る。

 が、後頭部だと思ったそこには教室で見たのと変わらない吸い込まれるような笑みがあって、銃の先は俺の腹へと押しつけられていた。

 銃声。

 一瞬の間のあと、島津が大声で笑った。心底可笑しいとでもいうように。

「……すごいな、沢村君! 忍者ってのは銃も効かないのかい?」

「んなわけあるか、すげー痛ェぞ、ふざけんな」

 間違いなく銃弾は俺の腹に喰い込み、しかも先っぽは確実に内臓スレスレまで届いている。

 ふ、と島津から威圧的なオーラが消え、

「今回はここまでにしようか、島津君」

 俺が攻撃をしかけないことを確信しているかのように島津は背を向け、まだしゃくりあげているミヅチの肩を抱いた。

 背中越しに島津は言った。

「僕はいわゆる変性女子というやつでね、男性器も女性器も……勿論、おっぱいも本物だよ。それに両方イケる口だよ」

「……!」

 肩越しにこちらを見て、妖艶な笑みを浮かべた。

「だから、君の純情を奪ったっていいんだ、ほんとは。次の機会を楽しみにしてる」

 チャオ、と片手を上げ、俺は去っていくふたりを茫然と見ていた。


 これが、ようするにすべてのコトの始まりってやつだ。

 続きは、また別の機会にでも――。

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