ハタチの君は悪魔じゃない
七瀬渚
『ハタチの君』と『実年齢の私』の話
初めましての方は初めまして。
知っている方はいつもお世話になっております。
改めてまして、七瀬渚と申します。
エッセイを書くのはかなり久しぶりだと思います。むしろ文章を書くこと自体が結構久しぶりなので、出来るだけわかりやすくなるよう気をつけて参りたいと思います。
内容が重いことを始めにお伝えしておきます。精神疾患の話とか入りますので。
また、こちらはあくまでも私が現時点で実感していることであり、医学に精通した人間が書いている訳ではないことをご了承頂ければと思います。
実際、自分に起きている症状については自分なりに調べることがありますが、一患者に出来るのはそれが精一杯でございます。
さて、このエッセイですが、奇妙なタイトルだと思われた方もいらっしゃるのではないでしょうか。
『ハタチの君』とは一体誰のことか。
それは私の中にいると思われる推定20歳の人物のことを指しています。
正確には20歳前後くらいのもう少し広い範囲の記憶、それに伴う感情などを担当しているようにも思えますが、わかりやすく『ハタチの君』と表現しておきます。
実は私は、数年前にこの『ハタチの君』に関するエッセイを書いたことがあります(投稿したのは別の小説投稿サイトです)
そのとき私は、彼女のことを『悪魔』と呼んでいました。
もう若いとも言えない年齢の私に、睡眠を削り、食事を削り、人間関係さえ遮断してまで創作活動を打ち込ませようとする悪魔。当時の私にはそんな認識だったのです。
ここからは今エッセイを書いている私を『実年齢の私』と呼ぶことにします。
『ハタチの君』は若さゆえなのか「なんでもできる! やってやる!」みたいな気持ちがとても強く、良く言えばストイックだが無理をすることに躊躇がない危なっかしさと紙一重である。
やたら思いっきりが良く、大部分を感性を頼りに生きている。
感情の起伏が激しく、嬉しいときも落ち込むときも全力だが落ち込むときの方がより全力と思われる。カッコつけてるけど本当は自分に自信がないのだ。創作活動もスランプになど陥れば大変。「出来ない訳がない、出来ない訳がない」となかなか事実を認めたがらない。休むことを勧められてもすぐには言うことを聞かない頑固さがある。
だけど例えアスファルトような頑丈なもので抑え込んでも突き破って這い上がろうとする雑草のような一面もある。
一方、実年齢の私はゆるい性格である。せかせかするのが苦手で、のんびりまったりが大好きである。
少し冷めているところもあり、称賛も共感ももしかしたら最初からそんなに期待していないかも知れない。何故なら大人が褒められる機会など滅多にないし、他人の全てに共感することは不可能と、この年齢に至るまでの道のりで理解したからだと思われる。
客観的視点で物事を見ることを大切にしている為、大体の話は冷静に聞けていると思う。多様性に対する関心が強く、いろんな考え方があることを常に理解していたいと思っている。
……と、こんな感じで『ハタチの君』と『実年齢の私』の特性をおおむね把握してはいます。
ただ、以前『ハタチの君』を悪魔呼ばわりしたエッセイからしばらく経った頃。
どうも彼女の存在が気にならなくなったんですよね。意識しなくなっていきました。
忙しかったからなのか、状況が変わっていったからなのか。自分の内面にフォーカスすることが減っていきました。
その為、私は次第に『ハタチの君』のことを単なる思い込みの産物と考えるようになりました。
おそらく考え過ぎだったのだ。自分の中にもう一人いるだなんて。確かにそういう人がいることは知っているけど、自分にそれが起きているという実感はイマイチ弱かったのです。
だいたい、何故20歳くらいというほぼ具体的な年齢までわかっているのか奇妙だったし、あまり考えたくないと思うようになりました。
名前があるならおそらくコレ、というのがあるのですが、あまり名前呼びを繰り返していると、それこそ本格的に彼女の人格が確立されてしまいそうで怖かったのです。
気のせいならそれでいいという思いでした。
たまに心理テストなどで「二面性」とか「多重人格のような」とか出てくるとドキッとはするのですが、「まさかね」と思っていたので軽く受け流していました。
しかし時々、自分の体が自分のものではないような気持ち悪さを感じることがあり、体調が不安定になる頃、その頻度はますます増えていきました。
そういえばこれに近い感覚は幼少の頃にもあったと思われます。「現実味がわかない」とか「自分が自分じゃないみたい」と今なら表現するかも知れませんが、言葉の引き出しが少なかった幼い頃の私は「何故生きてるんだろうと思う」確かそんな表現をしていたと記憶しています。
彼女の存在を再認識したのは実は割と最近です。
話が上手く伝わらなかったとき、身近な人の前で「誰もわかってくれない! みんな私の話を聞いてくれない!」などといった発言をしたのがキッカケでした。この感情は結構若い頃から何度も経験しているものではありました。
相手はとても冷静であり、「今話を聞いているよ」「責めている訳じゃないよ」「みんなって誰のこと?」などと訊いてくれたので、会話の途中で割り込んできた感情が現在の自分のものではない可能性に気付いたのです。
「割り込んでくる」と表現すると本当にしっくり来ます。今更なんですが。
どうりで私は失敗が多い訳だ。後先考えない発言をしたり、上司の前で年相応とは言い難いはしゃぎ方をしたり、大体後になって何故あんな振る舞いをしたのか訳がわからなくて戸惑う。そのとき関わっていた相手にどう説明していいかわからない。何故なら自分でも自分に何が起きたのかわからないからである。
いつもと違う私の様子に相手が驚いているのが視界に入っていてもコントロールが効かないのである。そのとき『実年齢の私』は為す術もなく傍観する立場となっている。
やはり20歳くらいだとしか考えられないのは、割り込んでくる感情がちょうどその頃の出来事とリンクしたものばかりだったから。
まあ、ハタチと言ってももっとしっかりした人は沢山いると思うんですよね。彼女の場合はハタチと言えども精神年齢が幼いのであろうという推測が出来ました。
かつて彼女のエッセイを書いていたことを忘れていた私は、もっと幼い子どもなのではないかと考えたくらいです。本当に子どものような泣き方をするし、反抗期のようにやさぐれることもある。
彼女がそうなってしまった理由は私もある程度は理解しています。
20歳と言ったら、PTSD(心的外傷後ストレス障害)であることが発覚した歳(当時の担当医の説明によると複雑性PTSDのことを指しているようだった)
念願の職種に就いてまさにこれからだったはずの彼女は、病気の症状に悩まされて、周囲に迷惑をかけることを恐れ、夢を断念せざるを得ませんでした。
他人事のような言い方ですが、とても無念だったことでしょう、と思います。
そうやって何年も創作活動から離れていた私が再びやってみようと決意したのですから、もしかしたら彼女も立ち上がらずにはいられなかったのかも知れません。
一度死んだような思いをした人間は、「もう失うものなどないから前進あるのみ」とばかりに体を酷使しがちです。彼女の創作活動への姿勢はまさにそれでした。
だけど『実年齢の私』はそういう訳にいかないのです。生活だってもう自分だけのものではなくなっていて、私が倒れれば困る人がいると予想できます。
やるべきことをやりたがらない彼女に「我儘言わないで!」と怒りを覚えたことが何度もありました。
我儘というのはきっと彼女が一番聞きたくない言葉だったでしょうけどね。
彼女への見方が変わっていったのはいつからだったでしょう。
ここ、というキッカケがあったというよりは徐々に彼女の特性や願望を理解していき、向き合い、出来るなら支え合う必要があると思うようになりました。
冷静に考えてみれば「我慢しなさい! もう〇〇歳(※実年齢)でしょう!」と言ったところで彼女は困るだけなのです。20代なのですから。
『実年齢の私』がかつて彼女にスケジュールぎっちぎちのハードな創作活動を強いられてつらかったのと同じように(正確に言うと、この体を使って彼女がメインで活動していた時期もあったように思います)
お互いにここはキッチリして、ここは好きにしていい、というものを決めていくようにしました。
派手好きな彼女が派手なメイクやネイルをしても私は止めません。もとより私も、TPOさえわきまえていれば誰がどんな格好をしたって良いではないかという考え方なので、そこはあまり気になりません(たまに「おぉ……」とは思いますが)
若い子向けの雑誌を買っていたって別に良いのです。誰もそこまで気にしちゃいません。
創作活動に打ち込む時間はしっかり確保して、彼女の心の安定を図っています。彼女は暇が嫌いなのでなるべく退屈な時間を作らないようにしています。
一方で彼女に理解してもらいたいのは、やるべきことはしっかりやることです。
生活の上に創作が成り立っていることを繰り返し伝えていきました。そこは主に『実年齢の私』が担当していくことになると思うので、私にも生活の為に動く時間を頂戴と言ってあります。
あと食事と睡眠をしっかりとってほしいと言うこと。
あまり神経質になり過ぎることはないけど(キッチリ決められるのが苦手なので)、体は一つしかないから出来るだけ大事に使おうという約束です。
彼女に叶えたい夢があるのは知っていますが、夢は今この瞬間に叶うものではなく、ある程度の時間が必要になります。力尽きたら出来なくなるよと説明しました。
こうやって解説すると、まるで『実年齢の私』ばかりが『ハタチの君』の面倒を見ているように聞こえるかも知れませんが実はそうでもありません。
年長者が万能という訳ではないからです。
冷静に考えてみると、衝動買いをしやすいのは『実年齢の私』の方です。
一方、彼女は目的のものだけに一直線なので、余計なものを買い物カゴに入れることはほとんどありません。
これでは彼女が趣味に使うお金がなくなるな。
そう考えて、私も節約を意識するようになりました。
でも『実年齢の私』ばかり我慢していてはいつかきっと「何で私ばっかり!」となるんだろうなと予想して、たまには私好みのご褒美を買うこと(幸いドーナツとかで満足できます)、あとは公園を散歩したり風景の写真を撮る時間が欲しいと自分の気持ちも打ち明けました。
我慢し過ぎず、でも時には譲り合って、バランス良く……とまぁ、すぐに全部は上手くいかないのでしょうが、この頃はお互いのストレスを少しずつ軽減できているような気はします。
「誰にもわかってもらえなかった記憶」をしっかり持っている彼女は、ちゃんと話を聞いてあげるだけでも少しは安心するようなのです。
私はいくらか事実を知ってはいるんですけどね。わかろうとしてくれた人ならいたと思います。でもドン底の彼女には届かなかったのかも知れませんね。
私もこのエッセイを書きながら、自分の頭の中を整理している状況です。
私は実際のところ、自分がどういう状態なのかハッキリとはわかっていません。
以前の病院の先生がおっしゃるには、私の場合はいろんな症状が複雑に現れている為、これ、と判断するのが難しいそうです。
今までいくつかの病院に行きましたが、病院によって診断名も違っていたりします(トラウマを抱えているというところはだいたい共通していましたが)
なのでここでご説明した現象も受け入れて良いものかまだ少し迷いはあります。
だけど事実として起こっている現象に対して、カウンセラーさんなどの頼れる人に相談しながら、自分でも出来るだけ工夫はしていかなければと思っています。
このエッセイも終わりに近付いてきましたが、個人的な感想をここで失礼致します。
自分の症状について調べているときにある情報が目に入りました。
どうやら「別人格が現れるいう現象に憧れている人もいる」といった内容です(フィクションに出てくる人格が入れ替わるキャラクターのことではなく、現実に「自分もそうなってみたい」と思っている人がいるらしい、という意味です)
本当かはわかりませんが、もしそんなことがあるとするならば。
一個人の率直な感想としては、少しばかり悲しく思います。こういう症状は確かにイメージしづらいのかも知れませんが。
正直に言うとですね、『ハタチの君』は自由で斬新な発想をするので、感心することもあるんですよ。私にここまでの情熱はない。凄いなって。
でも私と彼女は、やむを得ない事情でこの形をとっていることに変わりはないのです。
複雑性PTSDは、当時の自分のキャパシティを大きく超えるストレスに何度も襲われ、痛めつけられたということ。
当然ながら、好き好んでそんな経験をした訳ではないということ。
逃げたくても逃げられず、助けてくれる人もいなかったということ。
今の私が平気なことでも、彼女にとってそれがトラウマと結びつくことなら、当時の恐怖心や不安がリアルに蘇り、実際に動悸や息切れを引き起こす。
少なくとも私にとっては、かっこいいものではないですし、楽しいものでもないです。
むしろ成仏できない魂を抱えているようで何とも複雑な気分です。
こうも後々まで響くトラウマなど、無いに越したことはありませんよ。
しかし私も、自分の誤った考え方に気付いたこともあり、このエッセイを書いています。
それはかつて彼女を悪魔呼ばわりし、悪者扱いしたこと。
上手くいかない理由の全てが彼女によるものではないのに、わかってあげられなかったこと。
味方をしてあげなかったり、無かったことにしたり、彼女にとって一番身近な年長者でありながら、ちゃんと話を聞いてあげなかったことです。
彼女が人生の負担の一部を引き受けてくれなかったら、今こうして生きていられたかもわからないのに。
『ハタチの君』へ、訂正してお詫びしたいと思いました。
君は悪魔なんかじゃありません。
酷いことを言って本当にごめんなさい。
これからはお互いも、そして自分自身も大切にしていきたいですね。
異なる価値観の者同士が分かり合うには、体力、気力が必要です。多少のぶつかり合いがあるかも知れませんが自分を責めないで下さいね。
何事も少しずつやっていきましょう。
このエッセイの投稿を機に、彼女と私の再出発とします。
お付き合い下さった皆様に感謝申し上げます。
ご覧下さりありがとうございました。
ハタチの君は悪魔じゃない 七瀬渚 @nagisa_nanase
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