好奇心は運命のカギ

かさごさか

いまが楽しければ、それで良いよ。と彼は言う。

 宮山みややまは真面目かつ不真面目な男である。


 小学校時代は皆勤賞だったが、授業中は基本的に時計の秒針を数えていた記憶しか無い。中学校時代はテストで好成績を残したが、一夜漬けばかりだったので高校受験には失敗した。ちなみに滑り止めとして受験していた所には合格した。

 子どもの時から表面的には真面目に見えるが、一枚皮を剥がせば他人に微塵も興味が無い怠惰な人間であった。なお、この一枚皮は薄皮なのですぐにクソみたいな人間性が露呈し、周囲の大人達が宮山に軽く失望していた。失望された所で宮山は他人に微塵も興味が無いので大したダメージにはならなかった。


 高校時代でも一夜漬けでテストに挑み続け、大学受験では第一志望校には受からなかったが、志願書を出しただけで合格すると噂の地元の私立大学にはなんとか入学した。

 華の大学生。実家暮らしなので、生活費的には割と余裕がある日々で宮山はとある問題に直面していた。


 暇すぎる。


 長期休暇となれば必ず配布されていた課題が無いことで、宮山は完全に時間を持て余していた。夏期休暇中は短期アルバイトの求人が溢れかえっていたので、気づけば新学期が目前に迫っていたが、春期休暇となれば状況は違う。


 短期アルバイトの求人が驚くほど少ない。都心であればそんなことはなかったのだろうが、宮山が暮らすのは地方の内陸部。少なくとも一家に1台、車が必須とされるくらいには田舎にホイホイと短期で雇ってくれる所などあるわけが無い。

 つまり、今の状況は宮山の誤算だった。現在、午後2時半。合法ニートよろしく居間のソファーに寝転びながらワイドショーを眺めていた。

 母は買い物に行ってしまったので話し相手もいない。いや、母親がいたところで話す内容などないが。


 無意味に過ぎていく時間に虚無感を覚えていた時、ワイドショーのコーナーが切り替わった。


『春の防犯特集!』


 春の防犯、特に空き巣対策に重きを置いた内容であった。どんな家が狙われやすいのか、どの部屋のどんな所から漁っていくのか、など専門家と元警察官が交互に解説していた。


『いやぁ、そんなとこまで見られてるんですか。スゴいですね〜』


と、司会者が渋い顔をしていたのを宮山はスマホ越しにちらと見て、すぐに目線をスマホに戻した。


『今は道具も進化していますからね。昔よりも〜』


 交互に映っていた人の顔が消えたのを視界の端に捕え、スマホから目を離す。テレビ画面に大きく映し出されていたのは、無骨なおじさんの指と金属の棒であった。

 スタジオの中央には錠が付いた小さなドアの模型が置かれ、テレビ画面の端には、『最新ピッキング技術』などという頭の悪そうなタイトルが表示されていた。


 それが、きっかけだった。


 きっかけとは些細なもの、がいつの世も定説である。

 宮山はモザイクがかかっている錠が鍵以外の道具で開く映像を見ながら、ホーム画面にある検索欄をタップしていた。


 ワイドショーが終わっても、母が帰ってきても、夕飯が出来たと呼ばれても口を半開きにしてスマホにかじりつき、宮山は久々に母から怒られた。それでも一心不乱にキーワード検索を続けた結果、彼の家にピッキング道具が届くことになった。もちろん、使い方も検索で得た情報を頭に叩き込んだ。テストで毎回、一夜漬けだったにも関わらず平均点以上を記録していたので記憶力には変に自信があった。覚えたところで、すぐに忘れるだろうという自信も持ち合わせていた。


 道具は揃った、知識も詰めた。残すは実践である。この時点で、宮山は危ない橋に片足を踏み出していたのだが、春期休暇に入って約二週間も家族以外の誰とも会話をしていない彼を止める者はいなかった。

 まずは自宅の玄関で実践しようと、まずは母の行動パターンを観察するところから始めた。学生時代にもテストを作る教師の傾向を分析して、重点を絞り問題集の答えを丸暗記して臨んだ。クラスメイトからは「努力の方向性が間違っている」だの「その発想と実力をまともに活かせないのか」だの言われたが、宮山にとってその場しのぎが出来れば充分だったので笑って聞き流すだけで終わった。


 そして、やってきた絶好の機会。結果から言うと、宮山人生初のピッキングは成功に終わった。興奮と高く昇った太陽によって熱せられた頭を、やや強めの風が冷ましていく。

 暇でふやけた脳には強すぎる感動で宮山はしばらく鍵が開いた扉の前で立ち尽くしていた。近くで突然、唸り出したエンジン音に跳ね上がるほど驚き、逃げるように自室に駆け込んだ。そのままベッドに飛び込んで、手の中で宮山の体温と同化した道具を眺め、

「・・・へへ」

と小さく声を零した。


 数日後、宮山は古い木造アパートの前にいた。彼が生まれる前から存在していた其処は、屋根の一部が崩れ落ちており、現在は一人も住んでいない廃墟と化していた。周囲を軽く確認し、宮山はポケットから道具を取り出す。

 長年、放置されている廃墟、ましてや年寄りしか住んでいない路地の一画に防犯カメラなど設置されているはずもなく、この行為を誰かに見つかって通報される可能性は低いが早く終わらせてこの場を立ち去らねばという焦燥感が心臓を覆って機能を支配される。

 時間にして数秒、錠が開く音と共に宮山の心臓も解放された。確認のため、ドアノブを回して、ドアを開く。当たり前だが、蝶番を軋ませてドアは開いた。数センチだけ開けたドアを元に戻して、宮山はポケットに道具を押し込んだ。替わりにスマホを取り出し、地図アプリを開く。必要性は不明だが、『目的地を間違った人』風を装って通りへと足早に出た。


 その後、すっかり味を覚えてしまった宮山はとうとう人が住む民家の扉に手を出すことにした。下準備はいつもより入念に。地味な色合いの服をフリマアプリで購入し、一つ錠を開けるたびに捨てるを繰り返した。物盗りが目的ではないので解錠した後、扉を少し開けて行為の成功を確認をするだけで帰った。


 こうして、花の蕾が膨らみきった春の日に玄関の鍵だけを開けて回る不審者が爆誕した。


 宮山の不審な行動は新学期が始まってからも続いた。夏が近くなれば、玄関先まで足を忍ばせるようになり、夏期休暇の前には廊下まで侵入するようになっていた。

 大学生と不法侵入者。二足の草鞋を履く宮山は、これまで誰かに見つかったことはない。侵入した家で住人と鉢合わせしたこともない。錠を開ける手つきも慣れたもので、初めて自宅の玄関で試した時よりも格段にスムーズに開けられるようになっていた。


 そうした慣れが慢心を呼び寄せる。いつの世もそれが定説となっている。また、単発ガチャで高レアを引き当てる運はいずれ尽きるモノだと。


 真夏の昼下がり、宮山はフリマアプリで購入したキャップを目深に被って、すっかり手に馴染んだ道具をポケットの中で握りしめていた。

 今日は一戸建てのお宅にお邪魔しに来た。額の汗を拭うフリをしつつ周囲を確認する。可能であれば目的の家から物音がするか否かも確認したかったが、窓が閉め切られているのか、辺りから沸く虫の声しか聞こえなかった。おそらく留守だろう。


 宮山はその家の住人かのような自然な手つきで玄関を開ける。いつも通り、数センチだけ開けて誰も出てこないことを確信してから軽く頭を下げながら入っていく。染みついた礼儀はこんな時にも発揮されてしまうものだ。


 廊下を一往復したら帰ろうと歩みを進めた直後、宮山の足は止まった。


 階段を降りてきた少女と目があってしまったからだ。


 その後のことは良く覚えていない。気づけば自宅が目の前で、喉の奥から血の味がしていた。コンタクトが乾ききって外すのにだいぶ時間がかかってしまった。手が震え、しばらく止まらなかったので、それも原因の一つだろう。


 兎にも角にも、出会ってしまった。


 自室に駆け込み、汗で貼り付くティーシャツを脱ぎ捨て、半裸でベッドに飛び込む。ズボンのポケットから金属音がして肌に不快感が走ったので、取り出してティーシャツの上に放り投げる。

宮山は自身の熱を受け止め続けた道具ではなく、枕を抱きしめていた。そして、大きく深呼吸をする。当然、自分の臭いしかしなかったが宮山は顔に集まる熱を発散出来ないでいた。


 瞼を閉じれば真夏の日差しでダメージを受けたのか星がちらつく。その中で一等星の如く浮かび上がるは先ほど出会った軽装の少女。瞳を少しばかり大きく開き、驚いていた彼女を想い返し宮山は、

「・・・へへ」

と小さく声を零した。

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