退魔師の受難と二刀流のあやかし

依月さかな

退魔師と二刀流のあやかし

 ずっと秋晴れだった空が、この日に限っては厚い雲に覆われていた。

 休日だというのに今にも降り出しそうで、気分まで滅入ってくる。


 今日は日参していた友人の家ではなく、クラスメイト――三重野みえの紫苑しおんの家に来ていた。

 予想よりも彼女の家は大きく、家のそばには銀色の乗用車が一台停まってある。紫苑しおんの両親は海外赴任中で留守だという話だったし、この車の所有者は日本にいない両親なのだろう。さすがに海向こうの国にまで車を持っていくのは不可能だもんな。


 インターフォンを押すと、機械越しに「はーい」という声が聞こえてくる。

 聞き覚えのない声だった。どうもおかしい。先に来てるはずの友人の声ではないし、知り合いの妖怪たちのものでもない。


 かちゃりと音を立て、玄関の扉が開く。

 家の中から出てきたのは見知らぬ男だった。身構え、観察する。


 日本人らしかぬ、肩に触れるほどの金髪が目についた。癖っ毛なのかあちこちはねている。鋭い印象の瞳は只人ただびとではあり得ない若草色だった。

 髪と瞳の色を除けば、男はそのへんにいる人間だった。紺色のジーンズとパーカーを着込んでいる。成人した大人といったところか。

 だが、いくら身なりは普通を装って化けたって俺にはわかる。こいつからは妖怪——あやかしの匂いがする。


 だからと言って、なにかをしようという気はない。友人と約束したんだ。この月夜見つくよみ市に移住したからには現地のあやかしに危害を加えない、と。


 紫苑しおんはあやかしの片親をもつ、いわゆる半妖だ。友人の雪火せっかはあやかし相手に薬を振る舞う仕事をしている。だからあの二人のまわりには自然とあやかしが集まってくる。

 たぶんこの男も紫苑しおん雪火せっかに縁のあるあやかしなんだろう。


 ——と、俺としては穏便に接するつもりだったのだが、どうやら向こうは違うらしい。

 めちゃくちゃ俺を凝視してきたかと思えば、鋭い睨みをきかせてくる。なんでだ。まだ俺は喧嘩を売ってないし挑発もしてないぞ。


 実を言うと、数日前は雪火せっかの家であやかしと喧嘩したばかりだ。だからもう月夜見つくよみのあやかしとやり合うつもりはない。約束を破ってばかりだと、今度こそ信用を失いかねない。

 この男の態度は正直言って気に食わないが、ここはまず自分の要件を言うことにしよう。


「すみません、三重野みえのさんいますか?」


 さすがに初対面の相手にクラスメイトの女子を呼び捨てにするのはどうかと思った。

 俺的には丁寧に聞いたつもりだったんだが、ますます男の顔つきが険しくなる。なんでなんだ!? いきなり「いますか?」って聞いたのがまずかったのか?


 そう思っていたら、今度はぎろりと睨まれた。


「その銀髪、その燃えるようなくれないの瞳。てめえ、さては京のあたりであやかしを無差別に葬り去っているって有名な退魔師だな!?」


 なるほど、それで睨んでいたのか。

 退魔師はあやかしを退治するのが主な仕事だ。俺の正体を見抜いていたのなら、そりゃ敵視して当然だろう。

 特に以前住んでいた京都で、俺はあやかしを片っ端から退治していた。悪い噂も立つだろう。だからと言って、こんな九州の地までそんな黒い噂が広まっているとは思わなかった。あやかし独自のネットワークでもあるんだろうか。


 一方的な敵意を向けられているというのに、我ながら呑気だとも思う。

 のんびり構えていると男の輪郭が溶けた。あやかしが幻術を解き、真の姿をさらしたのだ。

 

 癖のある金髪と若草色の瞳は変わりない。彼は前合わせのある和装を着込んだ男に変化していた。

 頭の上には髪と同じ色の丸い獣耳が見える。そして腰のあたりからは同じ金毛に覆われた、長くて丸い尻尾が——、って、ちょっと待て。

 まさか、この男って。


「何しにきやがった!? いくらてめえが腕の立つ退魔師だって言っても、うちの可愛い身内を傷付けさせねえぜ。覚悟しやがれっ」


 男が手のひらを握り込んだ瞬間、鈍く光る妖刀が現れる。柄の部分が緑色の武器だった。その得物は刀とは言いがたい形状をしており、細い鎖で繋がった二対一体の鎌だった。そう、二刀流だ。

 間違いない。この男の正体は鎌鼬かまいたちだ。


「ちょっと待て。俺は妖怪退治にきたわけじゃない」

「うるせえ! その見なりは有名だぞ。最強格の鬼、酒呑童子の血筋でありながらオレたちあやかしを屠り続ける半妖の退魔師!」

「いいから人の話を聞け————!!!」


 鎌鼬は素早いことで有名だ。

 ひゅっと風を切る音が聞こえてきて、内心俺は焦った。

 どうやら今回も穏便に事を済ませられそうにもない。突進してくる鎌鼬の男、その瞳に宿る殺気は本物だ。


 金属同士がぶつかり合う激しい音が耳につく。

 俺も自分の妖刀を出して、鎌鼬の刃を受け止めた。このまま何もしなかったら、命が幾つあっても足りない。


 鎌鼬の男は身軽く後方に飛び退いた。

 会話をするつもりはないらしく、鋭い切っ先を俺に向け構えている。まさか、鎌鼬がこうも話を聞かないあやかしだとは思わなかった。想像してたのと違って、気性が荒い。


 男の全身から立ち上る殺気を感じた。抜き身の刀のようにますます鋭くなるそれに、俺は内心ため息をつく。


 相手はそれなりに経験を積んだあやかしだ。かつて対峙した夢喰いあやかしよりも、妖刀の振るい方は鋭いしキレがある。油断すれば俺の命だって危ないだろう。


 俺は刀を構えた。鎌鼬の男が地面を蹴って突進してくる。

 自分から仕掛けるつもりはない。防御だけに徹するつもりで、男が仕掛けてくるであろう第二撃に備えた。


 刹那。


雨潮うしおくん、叔父さん! 家の前で何やってるのっ、二人とも!!」


 聞き覚えのある、鈴の音のような高い声が辺りに響き渡った。


 ドアが開きっぱなしの玄関へ視線を投げかければ、紫苑しおんが立っていた。

 いつもの制服姿じゃない。白のブラウスとベージュ色のシフォンスカート。その上から淡い水色のエプロンを身につけていた。たぶん料理の途中で飛び出してきたんだろう。


 一番見られたくないところを見られてしまった。

 俺はまたやらかしてしまったのだ。他人の家の前でまた喧嘩してしまった。しかも気になる存在になってきた女子の家の前でだ。今度こそ、俺は嫌われたかもしれない。


 しかし狼狽えたのは俺だけではなかったらしい。鎌鼬の男がおろおろと両手を上げた。

 二つの鎖鎌は手の中からするりと抜け、霧散していった。


「いや、紫苑しおん、オレはお前を守ろうと思って……」

「守るってなに? 雨潮うしおくんは同じクラスの友達なんだよ?」

「――へ? 同じクラス?」


 若草色の瞳が丸くなる。男がきょとんとして俺に視線を向けた。

 この様子なら、少しは話を聞いてくれそうだ。たぶん紫苑しおんに怒鳴られて、少しは頭が冷めたんだろう。


「俺の名前は雨潮うしお千秋。お前の言うように退魔師なのは本当だが、この街で無闇に妖怪を退治はしないと約束している。ここに来たのは——、」

「わたしが呼んだの。アルバくんや友達みんなを招待して、お昼をごちそうしようと思ったの。すごくお世話になってるからお礼したかったのよ。なのに、ゆずるおじさんときたら! どうせ、ろくに雨潮うしおくんの話を聞かなかったんでしょう!」


 途切れた言葉を間髪入れずに紫苑しおんが引き取っていった。

 おとなしい性格だと思っていたのに、今日の彼女は少し強気だ。相手が身内の鎌鼬、おそらく母親の近親者だからだろうか。

 声高々に説教している姿は新鮮で、我を忘れて聞いていた。

 とにかく、嫌われたわけではないらしい。たぶん。



 それから昼食後。

 紫苑しおんの父から与えられた三重野みえの譲葉ゆずりはという名のこの男が、彼女の母の兄にあたることを聞いたのだった。

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退魔師の受難と二刀流のあやかし 依月さかな @kuala

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