白衣の死神
夕幻吹雪
第1話
シミひとつない白衣を羽織りその男は今日も、メスを揮う。
人々を苦しみから救うために。
夜の闇のような髪に色素の薄い瞳。どこか儚く静謐な雰囲気を纏う彼の胸元には銀色に輝く十字架があった。
「夜神先生、おねがいしまーす」
「……うん。今行くよ」
銀の背表紙の本を携え、
ここは東京にある
「今日のオペは………」
「やがみ先生、こんにちは!」
車椅子に乗りながら屈託のない笑顔を少女は向けた。
「やあ、こんにちは。みさきちゃん、体の方はどうかな?」
目線を合わせるようにかがみ僕はみさきちゃんと話をする。
「うん!とっても元気だよっ」
彼女はついこの間難しいオペをしたばかりだ。運ばれてきた当時は死にそうなほど蒼白だった顔色も年相応の明るい色になっている。
「先生のおかげです……!本当にありがとうございます」
ペコリと上品なお母さんが深くお辞儀をした。
「いえ、私は何もしていませんよ。みさきちゃん、貴女が良い子だから主が救いの手を伸ばしてくださったんですよ」
よしよし、と頭を撫でればみさきちゃんは嬉しさ半分恥ずかしさ半分といった表情ではにかんだ。
「ふふふ。先生は本当に信心深いですね」
私の隣りにいる看護師の古賀さんがそういった。
そっと胸元の十字架を握り、はい、と答える。
すると、ねぇねぇやがみ先生、と白衣の裾を引かれた。
「先生はかみさまを信じてるの?」
不思議といった感じでみさきちゃんが首を傾げた。
ちょっとみさき、とお母さんがすみませんと謝る。
「はい。僕は神を信じています」
「見えないのに?」
「主は見るものではなく感じるものであり、我々の目に写して良いものではないのです」
ふーん、とみさきちゃんは目を瞬かせいった。
「いつか会えるといいねっ!」
そして満面の笑みを浮かべた。
その夜。
黄金に輝く月を背景にビルが立ち並ぶ東京を男は見下ろしていた。風が吹きコートは翻り口元を覆うマフラーはまるで生き物のように靡いていた。
ふと、頁をめくる手が止まった。
フッと男は目元を緩ませパタン、とその本を閉じた。
「………ア、アァァァァァァッッッッ」
広い部屋に悲鳴が上がる。声の主は大企業取締役久瀬征也だった。
「……そんな声を出すな」
書斎の机に腰掛け男は久世を刺したメスを気怠げに下げる。男の左手には銀色の銃が握られていた。
「……な、なぜ、俺を………ッ」
床にうずくまり刺された左肩をおさえながら久世は男に問いかける。
「お前は誰だッ!?」
「俺だよ、久世征也」
机から腰を上げ久世に近づく。月明かりが照らし出し男の全貌を明らかにする。その姿に久世は驚愕の表情を浮かべ絶句した。
「……………や、夜神先生」
「ん」
男――俺が返事をすると同時きらり、と胸元の十字架が光った。
「何故、先生がこんな事っ。先生は医者である前に敬虔なクリスチャンではありませんかッ!」
久世はそう疑問を訴えた。ため息をつき俺は気怠げに応える。
「そう、俺は神を信じている」
病院の中で見るあの聖職者ぜんとした静謐で穢れのない雰囲気から打って変わって、今の夜神はどろどろとした退廃的な空気を纏っている。
「………なら」
「俺には臓器が必要なんだ」
ぽかんと久世は間抜け顔を晒した。
「………………は?」
「お前、闇金なんだってな。その体で一体どれほどの人を傷つけた?」
「なに、を」
カツン、と一歩踏み出す。ビクッと久世の体が反応した。
「お前いなくなろうと誰も困らないだろうな」
ゆっくり、ゆっくりと。獣が獲物を捉えるがごとく、慎重にけれども逃げるすきを与えず俺は近づく。
「………ぁ、……ぁぁ……」
大量の汗が久世の全身をつたい床に滴る。
「ならその臓器………」
ニタっと笑い久世にメスをふるう。
「俺にくれよ」
ザシュッッッッ。
鮮血があたりに散った。
今日の狩は、控えめに言って最高だった。大企業の取締役の臓器はどれも一級品と言っていいものだった。
「もーー、先生ったらこんな派手にやっちゃって」
あとからきた看護師の古賀と一緒に久世の解体作業を行う。
「んーー?そんなに派手じゃないだろ」
メスを入れ慎重に臓器を取り出す。夜神先生、と古賀がいった。
「先生は神様を信じているんですよね?」
臓器を受け取り彼女はクーラーボックスへと入れていく。その顔には不思議、と書かれていた。
「ああ、もちろん」
ちらりと彼女へ目を向け狂気じみた笑顔を向ける。
「神が誰も救わないことを信じている」
そういえば一瞬呆けた顔をしたあと古賀はアハッと甲高い笑い声を出した。
「アハハハハハッ。本当に先生っていい性格してますよね~!」
ニュルッとナース服の下から黒く先の尖った尻尾が現れる。
「だから、契約しちゃったんですけど~♡」
ニマニマとその愛らしい顔をどす黒く染め笑う。
月の光がより一層差し込み解体の終わった久世の体を照らす。臓器という臓器。骨、皮を失った久世の体は肉塊と化していた。
「ふぅ~~。今日も無事終わりましたね」
「これでまた、患者を救うことができるな」
十字架に手を当て祈りを捧げる。
「天におわす偉大なる主よ、貴方に最大の感謝を捧げようか」
月明かりの中血濡れた部屋で祈る姿はさぞ美しく見えるだろう。
「この男に救いの手を差し伸べられなかったこと。そのおかげでまた明日も苦痛に迷える子羊を救うことができます」
うーん、と僕の可愛い悪魔が伸びをする。そして、もういい?とでも聞くように首を傾げた。
立ち上がり書斎机の上に置いた銀の背表紙の本。
「これで明日も患者さんを救えるね、先生?」
「ああ。そうだね」
ふふっ、と彼女は笑った。
「
でも、と彼女は続ける。
「そんなところも最高に愛してる………♡」
「僕も貴女を愛していますよ」
そして熱烈なキスを交わした。
人を救うために人を殺す。それは矛盾に満ちている。だが、救われるべき人が救われずに救いようのない
時代が違えば、殺しさえ讃えられるのだから。
どれだけ祈ろうと神は救いの手を差し出してはくれない。そしていつも、祈りは打ち砕かれ絶望だけが胸に残る。
だからこそ、僕は神を信じる。
どれだけ祈ろうと叶いはしないと。神などこの世にいないのだと。
そう、証明するために。
「ああ、神よ。今宵も貴方への
「ねぇ、神?今日もニンゲンを見捨ててくれてありがと………♡」
僕は、医者でありクリスチャン
俺は、暗殺者であり悪魔崇拝者。
「そして貴方は二重人格者っ」
僕は今日も人を救い続ける。
俺は今宵も人を殺し続ける。
「何が正解で何が真実か、決めるのは自分だよ」
僕は微笑んで言う。
「生と死」
俺は嗜虐的に笑い言う。
「善と悪」
彼女は嘲笑って言う。
「神と悪魔っ」
それらは相容れぬものでありながら紙一重の危うさを秘めている。
この世の物事は全て表裏一体でありそこに明確な区別など存在しない。
なぜって?
それらの区別をしたのが人間だからだ。
心のなかで俺はほくそ笑んだ。
「じゃあ、帰ろうか」
「お腹すいたね~」
僕と彼女は言葉をかわす。そして久世の住む高級高層マンションから飛び降りた。
二人の影は東京の摩天楼、その奥に隠れる夜よりも濃い闇の中へと消えていった。
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