フォークもナイフも、二本あるとちょっと安心

ちろ

フォークもナイフも、二本あるとちょっと安心

「なぁ、ムサシさんよ。お前の食べ方、ちょっとおかしくないか?」

「いきなり何を言うんだ、コジロー。俺の食事作法は正常だ。変なところは無い」

「そう? なんか違和感があるんだけど……」

「気のせいだ。細かい男はモテないぞ」

「そうかなぁ……」


 剣術家・ムサシとは、船島ふなしまという土地で知り合った。


 当時は決闘をするほど仲が悪かった我々だが、なんやかんやあって、今は割と仲良しだ。


 具体的には、週一で食事をしている。結構楽しいので、そろそろ週二に増やそうとも思っている。


 そういう仲だ。


 今日は新鮮な魚を仕入れることが出来たので、ムサシを自宅に招いてみた。


「あ……分かった。ようやく分かったぞ、違和感の正体が」

「うるさい。食べながらおしゃべりをするな。子供じゃあるまいし……それより、鉄火丼てっかどんお代わり」

「別にいいだろ。せっかくの食事会なんだから、お喋りくらい許せよ」

「ダメだ。口に食べ物を入れたまま話すのは、マナー違反だ。お母さんに習わなかったのか? それと、鉄火丼お代わり」

「ウチは自由主義だったからな。そんな風習は存在しなかったよ」

「そうか。まぁ、それぞれの家庭にはそれぞれのルールがあるからな……あのさ、鉄火丼お代わり」

「じゃあ、違和感の話を――」

「うるさい! 鉄火丼お代わり!」

「お前、お代わりが欲しいだけだろ……」


 コイツ、マグロがめちゃくちゃ好きなんだなぁ。


 もう鉄火丼、四杯目だもん。


 そろそろ、マグロ無くなりそうだよ。


「ほら、お代わりだ。お望みの鉄火丼だよ。ご飯の量は、これくらいでいいか?」

「いいぞぉ。お前、意外と料理が上手いんだな。正直、感心したよ。くだんの決闘も、料理対決をしていたら、俺の負けだったろうな」

「そんなことをしたら、俺の圧勝だろ。お前、飯もまともに炊けないじゃん。卵とか、爆発させるじゃん」

「いいんだ。男は、とりあえずカップラーメン作れれば、生きていけるんだ。カップラーメンに、いろいろ詰まっているんだよ」

「ムチャ言うなよ……それじゃ、栄養バランスとか崩れちゃうだろ」

「いいんだって。たまに、人参をかじるから」

「やめろ。歯が折れるぞ。馬か、お前は」


 おっと……いけないいけない。


 このままじゃ、俺が気付いた違和感を有耶無耶うやむやにされてしまう。


 コイツ、都合の悪い話題はすぐに逸らそうとするからな。


 今日は引き下がらないぞ。


「あのさ……そろそろ、さっきの話に戻ってもいいか?」

「うん? 鉄火丼をもう一杯くれるのか? ありがとう」

「一度、鉄火丼から離れろ。次のお代わりは、俺の話を聞いてからだ」

「なら、早く話すんだ。鉄火丼のために」

「鉄火丼から離れてはくれないのか……」


 まぁ、ありがたいけどね、たくさん食べてくれるのは。


 料理した側としては、嬉しい限りだよ。


「いや、ほら……違和感の正体だよ。お前、右手で箸を持っているよな?」

「あぁ。そうだな」

「そして、左手にも箸を持っているよな?」

「あぁ。そうだな」

「……それって、どういうこと?」

「鉄火丼を、お腹いっぱい食べるためだ」

「いや、そうじゃなくて――」

「鉄火丼を、お腹いっぱい食べるためだ」

「いや――」

「鉄火丼を、効率良くたくさん美味しく食べるためだろうが!」

「待て待て。話を聞け。そして、鉄火丼から離れてくれ。頼むから」


 ムサシの奴、無理矢理にでも話題を逸らす気か?


 それとも、言葉が通じていないのか?


 頭をマグロに乗っ取られたか?


「普通に考えて、両手に箸を持つのはおかしいじゃん。絶対に食べづらいだろ。むしろ、食べるスピードが落ちるだろ」

「おい、コジローよ……忘れたか? 俺は二刀流の使い手だぞ。剣が二刀流なら、箸も二刀流と決まっている」

「決まってないよ。やめろよ、箸の二刀流とか。行儀悪いじゃん。ルール違反がどうのこうの言っていたのは、お前だろ?」

「いいんだよ。食事中のお喋りはNGだったが、箸の二刀流は許されていた。ウチはそういう家庭だったんだよ」

「ダメだって。やっぱりおかしいって。お母さんに何も言われなかったのか?」

「言われなかった! お母さんはいいって言った!」

「子供か!」


 なんということだ……我が好敵手に、こんなよく分からんこだわりがあったとは。


 拘りというか、ただの我儘わがままだけど。


 ただの駄々っ子だけど。


 見逃してやりたいが、さすがに箸の二刀流は許容できない……やっぱり、周りの人も気にしちゃうだろうし。


 っていうか、なんで今まで気付かなかったんだ、俺。


 もう何度も一緒に食事しているのに!


 気付くチャンス、いっぱいあったじゃん!


「おい、コジロー。お前、まさか呆れているのか? 俺の二刀流を、馬鹿にしているんじゃないだろうな?」

「いや、馬鹿にはしていないけど……」

「二刀流は便利だぞ。フォークを二本使えば、ゴロゴロした食材を容易に取ることが出来る」

「トングを使え」

「ナイフを二本使えば、紙も綺麗に切ることが出来る」

「カッターを使え」

「ストローを二本使えば、飲むスピードは二倍になる」

「一本でゆっくり味わえ」

「どうだ? いいこと尽くめだろ!」

「いや、代用できることばっかりじゃん……」

「なんだと!? もしかして、二刀流って……あんまり意味ない?」

「気付いたか、ムサシ」


 友人の間違いを指摘することは、あまり気持ちの良い行為ではない。


 でも、言わなければ。


 コイツは一生、二刀流に固執してしまう!


 食事をする度に、他人から笑われてしまう!


 あと、子供とかがマネするかもしれないから、良くない!


「だ、だが……! 俺は二対の箸を器用に使っている! 料理をこぼしたり、テーブルを汚したりすることはない!」

「たしかに、お前の二刀流は誰にも迷惑をかけていない。両手の箸を見事に使いこなす――その技術は、才能とも言える」

「なら、別に構わないだろう! 俺は二刀流を誇りに思っているのだ! やめるつもりは無い!」

「そうだな……そう思うなら、二刀流を続けてもいい」

「よし。なら――」

「だが、鉄火丼のお代わりはお預けだ」

「な、なにッ!?」


 心苦しい。


 こんな方法で――まるでペットをしつけるような方法で、友人の食事作法を変えようだなんて。


 あまりにも、心苦しいッ!


 だが、ここは目をつむろう。


 ……なんか、だんだんコイツが犬に見えてきた。


「食事マナーを守れない奴に、俺の鉄火丼を食わせるわけにはいかない。マグロが可哀相だ」

「くそぅ……鉄火丼を――俺の鉄火丼を、人質にするなんて……」

「お前だけの鉄火丼じゃないんだよ。さぁ選べ、ムサシ。鉄火丼か、二刀流か!」

「…………分かった。分かったよ。折れるしか、ないみたいだな」

「納得してくれたか……ムサシ」

「あぁ。俺は、二刀流を卒業する」


 ムサシは、左手の箸を名残なごりしそうに手放した。


 一瞬、大切なモノを失ったかのような、苦悶くもんの表情を浮かべていたが――しかし、すぐに。


 すぐに、晴れ晴れとした表情に変わった。


 苦難を乗り越えたかのような、スッキリとした表情に。


「コジロー……もしかすると俺は、二刀流に拘りすぎていたのかもしれない。自分を、二刀流という鎖に縛り付けていたんだ」

「そ、そうか……お前も、いろいろと不器用なんだな。新しい一面を知ったよ」

「剣が二刀流なら、箸も二刀流であるべき――そういう固定観念で、自らを束縛していた」

「そうだな。束縛は良くない。自由が一番だ」

「フォークもナイフもストローも、一本にしようと思う」

「いい心がけだ」

「鉛筆を二本同時に使うのも、やめよう」

「そんなことやってたのか……それ、字がグチャグチャにならない?」

「自転車に二台同時に乗るのも、やめよう」

「それは本当にやめろ。危ないから。命に関わるから」


 ともあれ、これでようやく、鉄火丼のお代わりを食わせてやることが出来る。


 安心して、食事が出来る。


 週一の食事会も、ますます楽しいものになるだろう。


 今度は、マグロの解体ショーにでも連れて行こうか。コイツなら、絶対に食いつくはずだ。


「ほら、五杯目の鉄火丼だ。マグロは、これで最後だからな。味わって食えよ」

「ありがとう、コジロー。……ちなみに、一つ気になっていることがあるんだが、聞いてもいいか?」

「ん? なんだ?」

「お前のその箸、特注品か?」

「あぁ。俺の愛用の箸だな」

「それ、長さ何センチ?」

「一メートルだけど」

「…………長くね?」

「え?」

「その箸、マナー違反じゃないか?」

「え――えぇッ?」


 あれ?


 一メートルの箸って、おかしいの?

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