第一幕 乙女の潜入③
◆◆◆
夜中を待って、
屋根裏の使用人部屋にも、ホールの大時計の
マッチを
(閉じこめておくとしたら、人目につかないのが
一階は食堂やサロン、ホールといった客用の場所と、
難しい顔で見取り図としばしにらめっこしていたが、息をつくと、それをたたんでしまいこんだ。
(時間はあるんだもの。今夜から一つずつ
消えた
だがここまできたらやるしかないのだ。何かつかんで帰らなければ、
(それに、その令嬢がお気の
「悪は
(さあ、それじゃそろそろ──)
いざ探索に、と
どこか──そう遠くないところで物音がしたのが聞こえた。有紗ははっとして息を殺し、耳を
屋根裏にあるのは使用人の部屋と物置くらいだ。メイドの
(逆側の階段を下りてる……?)
屋根裏に
けれども今の足音は西側に下りていった。そちらからも不浄には行けるがだいぶ遠回りになる。こんな夜中にわざわざ選ぶとは思えない。
(なんだか匂うわね)
自分以外に活動している者がいることに興味を引かれ、有紗は静かに部屋を出た。
見失わずに済んだのは、その人影が
廊下の奥にある扉の前で人影は立ち止まった。開けようとしているのか、カチャカチャという金属音が闇をぬって
(
三階があやしいと感じた時点でとうに有紗も確認済みだ。ただ、あの扉の向こうに何があるのかまではわからない。
(まさか、わたしと同じで消えた令嬢を捜しているわけがないし……)
──カチン、と小さな音がした。
人影が扉を開けて中へ入っていくのに気づき、有紗は思わず口を押さえた。
(鍵をこじ開けた!)
もともと鍵を持っていたとは思えない。それなら最初から使っていただろう。
注意深く近づき、扉の向こうをうかがう。気配がないのを確認してから扉の向こうにすべりこんでみると、短い廊下があり、また扉があった。簡単に出入りできないよう二重扉にしてあるのだ。そして、二つ目の扉も鍵がこじ開けられていた。
(もしかして、この人……)
意を決し、扉の
近くの棚に置かれた大きな
おそらく他の棚にも同様のものが収められているのだろう。ここは館の宝物庫なのだ。
そんな場所に夜中に
(やっぱり、
部屋の奥から物音がしている。お宝を物色しているのだろうか。後をつけられたとは思っていないようで、こちらに気づいた様子はない。
ほのかな灯りの中で影が動くのを、有紗はうろたえながら棚の
(どうしよう!? 薬で眠らせて
「何をしている」
突然声がして、
背後に誰かいることにまったく気づいていなかった。血の気が引くのを感じながら有紗は振り返った。
ランプの灯りに照らし出されたのは、若い男の顔だった。
鼻筋が高く、作り物のように整った
「何をしているのかと
声も氷のように冷たかった。その冷ややかさにも
「ち……違うんです。わたし、あの……尾行してて──」
「動くな」
そんなものを向けられたのは当然ながら生まれて初めてだ。このままでは
青年がわずかに
「動くなと言ったのが聞こえなかったか?」
「ひっ! う、動いてませんっっ!」
動きたくても動けないのにと、必死に言い返した時だった。
「──そんなに怖い顔しないでよぉ。この子が
すぐ
まさかと思いながら見ると、そこにいたのはよく知った人物だった。
「ミツさん!」
黒のワンピース姿のミツが、
青年のほうも彼女を
「ごきげんよう、烏丸の
(烏丸の……旦那様!?)
では、この青年が烏丸家の当主なのか? あの
あんぐりと口を開けて固まる有紗をよそに、二人の間には
「取引の前に一仕事というわけか。
「盗人だなんて、ひどいんじゃない。お宝探索家と呼んでよ。あちらの旦那のこともそんなふうに言っちゃ気の毒だよ」
「
「あらいやだ。仕事はちゃんとするったら。そんなに怒らなくてもいいでしょ? ここにあるお宝、どうせ烏丸家のものじゃないんだし。眠らせとくくらいなら少し
ふざけたように言いながらも、銃口を向けられていることに
しかし青年の構えに隙は
「指輪を渡せ」
「ふふ。どうしようかねえ」
もったいつけるように笑い、ミツが
小さな布袋だった。見せつけるようにして中から取りだした指輪におどけた仕草で
「……そこの君」
「わ、わたしのことでしょうかっ」
「そう、君だ」
「ななななんでございましょうっ?」
「すぐに出ていってくれ」
(ええ、言われずとも!)
ますます
しかし退散しようと後ずさりかけた瞬間、すばやく首に腕が回された。ピッと空気を
「ひぇッ」
「残念ねえ。悪いんだけど、もうちょっと付き合ってくれる?」
悪びれない調子で笑うと、ミツは青年に目をやった。
「さあて。さすがの旦那も、罪もないメイドを見殺しにはしないでしょ? あたしだってそんなことしたくないし。ちょーっといいものをくれたら、それを持って
逃げ出すための
(じ、自分でなんとかしないと! なんとか……落ち着いて考えるのよ!)
二人の会話から推察すると、双方は何かの取引をしようとしていたようだ。それにはミツが持っている指輪が関係しているらしい。青年が指輪を手に入れたがっているのは明らかだった。けれどミツが裏切ったのかなんなのか、取引がうまく行かなくなってしまっている──というところか。
(あの指輪が鍵なんだわ。ここで当主さまに
すばやく計算し、有紗はそっと視線を動かす。
自分を
彼女の意識は青年のほうに向いている。人質の少女に
(
頃合いを計り、太い針を握った指を両手でつかんだ。
(今だわ!)
指輪を持った手に有紗が飛びかかるのと、青年がはっとして
「
「この……ッ、
逆上したミツに
「離せって言ってるんだよッ」
「嫌っ! そっちが離して!」
指輪が自分の
(やったわ! これで烏丸侯爵に恩を売れる──)
すぽっ、と指輪が指にはまった。
「……えっ?」
意識が薄れていく。ミツの
(何、これ……)
たまらず床にくずおれ、視界がぐるりと回った。
激しい物音と怒号が飛び
青年がこちらをのぞきこんでくる。
それまで表情を見せなかったのに、なぜだか今は驚いたような顔をしていた。
「なぜ……君がここに──」
上ずった声が耳をかすめたのを最後に、あたりは真っ暗になった。
桜乙女と黒侯爵 神隠しの館と指輪の契約 清家未森/角川ビーンズ文庫 @beans
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