第一幕 乙女の潜入②
「──ここじゃないか?」
道路から林の中へ脇道が
「ちょっと待ってろ。
「あっ、いいの! すぐそこみたいだから歩いていくわ」
車をバックさせようとする馨を
もし何かの
「そうか?
有紗も続いてドアを開ける。
「わあ、寒い」
「うん。冷えるな。はしゃぎすぎて
「わかってます。子どもじゃないんだから」
「子どもだよ、俺にとっては。──ほら」
小さな
「あとな、これも持っていけ」
「えっ? なあに?」
ごそごそと馨が引っ張り出したのは大きな
「
「お
驚きように満足したのか、
思いがけない
「
「ハッハッハ! それは無理だ! 俺は
「ええ、わかってる!」
抱き上げてくるくると勢いのまま何度か回ると、馨はようやく有紗を地面に下ろした。
「楽しんでこいよ」
笑顔で見つめてきた叔父の優しいまなざしに、
「ありがとう。叔父さま」
こうして見守ってくれる人がいるから
馨に別れを告げると、有紗は
背後でしばらく自動車のエンジンの音がしていたが、やがて遠ざかっていった。叔父に秘密がばれなかったことにほっとして、
林に囲まれているせいか、雪が解けずに残っている。いくつも
(……
冬期
『烏丸家といえば、京都の
『式神を使って婦女子を
『そうそう。烏丸
『西洋のお
口々に
(そんな怖い方の弱みなんて、どうやって
林が
目の前に、どっしりとした
黒く
(お屋敷からして早くも怖い……っ!)
屋根に留まった
『姉さん、本当に友達の別荘に行くの? 何かあったんじゃないの?』
ふと、出かけ
いつもと様子が違うのを
ここで
(玲ちゃん、ごめんね。お正月を一緒に過ごせなくて、わたしも
心の中で弟に
◆◆◆
使用人のお仕着せは洋装だった。ここでは女中ではなくメイドと呼ばれるらしい。
襟と
すんなりと
この黒鳥館には今、年末年始を過ごすため
(問題は、どうやって烏丸侯爵の秘密に
メイドという立場上、当主の
「あっ、ねえ、手空いてる? 雪かきしてるんだけど手伝ってくれない?」
メイド仲間のミツだ。一足先に屋敷に雇われたという彼女は、有紗よりもいくつか年上の、話し好きな人だった。
「えっと。あんた、名前なんて言ったっけね。ごめんね、あたし忘れっぽくって」
けらけらと笑う彼女に、有紗も笑顔で応じた。
「新入りの
「あさこ? ああ、思い出した!
けたたましく手をたたくミツに、有紗は笑顔のまま、うんうんとうなずく。
潜入する
「そういえば、今なに見てたの?
不思議そうに言われ、どきりとする。二階をうかがっていたのを見られていたらしい。
「いえ……、当主さまは全然お部屋から出ていらっしゃらないみたいですけど、閉じこもって何をなさってるのかしらと思って」
「ほんと、変わった
「雪で
「そりゃこうなるってもんだよねえ。招待するんなら
「そうですねえ」
笑って相づちを打ちながら、有紗はふと
(確かにそうだわ。わざわざ帝都から離れたところにお客人を集めるのは、何か特別な理由があるんじゃないかしら)
一帯には多くの別荘があり、こんな雪の季節にも訪れている政財界人はいるらしい。馨の取材先もそうだ。しかし烏丸侯爵は変わり者で知られた人物だったはずである。帝都ならともかく、こんな
「ミツさんは、もう当主さまにお会いになったんですか?」
さりげなく探りをいれると、彼女は顔をしかめて首を振った。
「ううん。だって部屋から出てこないんだもん」
「どんな御方なんでしょうね。わたし、怖い噂を聞いたことがあるんですけど……」
「あ、あたしも聞いた! あやしの術を使うとか、財産を食いつぶす勢いで宝石を買い集めてるとかいうやつでしょ? なんでもその術のために宝石が必要とかで、すごい
ひっ、と有紗は固まった。
(ま、ますます怖いんですけど……っ!)
当主の人となりを探るつもりが、余計に
「──ああ、そこのメイドさん」
ふいに男の声が降ってきて、震えていた有紗は我に返ってそちらを見た。
玄関ホールから二階へ延びる階段の踊り場に、若い男が立っている。
濃いグレイの
彼は階段を下りてくると、気さくな様子で話しかけてきた。
「部屋まで
二人のメイドを
「かしこまりました。すぐにお持ちいたします」
さっとメイドの顔に戻り、有紗はうやうやしく答える。ミツも
「新しく雇われたメイドさんかな。四年前にはいませんでしたね」
呼び止められ、
「はい。三日前からお
「三日前か。だったら当然何も知らないでしょうね」
楽しげに笑った彼を
(この方は確か、
烏丸家とどんな関係の人なのだろう。思わせぶりな言葉も気になってつい見つめてしまうと、なぜか彼のほうもじっと見つめ返してきた。
「ちなみに──君はどういった
まさか客人である彼から突っ込んだことを
「え……と、
「ふむ、吉原男爵のね」
「……あの、何か……?」
もしかして
「ああ、失礼しました。四年前の使用人が集められているようなので、新入りさんが
照れ笑いもさまになっている。有紗は不思議に思って彼を見上げた。先ほどから何度かその単語が出てくるが、なんなのだろう?
「四年前と
「四年前にも同じ時期に宴が開かれたんですよ。この館で」
メイドの出過ぎた態度を不快にとった様子もなく、彼はあっさりと教えてくれた。
「毎年
「いや……、あの時以来ですね。同じ面々が集まるのは」
「ご友人様方のお集まりなのですか?」
「ふふ。そんな楽しい会合ではないですよ。言うなれば……」
「秘密の共有者たちの反省会──というところです」
(……秘密?)
急に接近されて
〝共有者〟の中には烏丸侯爵も当然含まれるのだろう。その秘密というのが何かの
驚きに気づいたのか、彼は意外そうな顔になった。
「その様子じゃ本当に知らないんですね。あの話、
「……? あの、何かあったのでしょうか? わたし、このあたりに来たのは初めてで」
伏見は傍の大きく開いた窓へと目を向けた。玄関前のポーチとそれに続く庭が見えている。
「四年前──ちょうどこんなふうに雪の積もった日でした。招待客の令嬢が
「消えた……?」
そう、と伏見が深刻な顔でうなずく。
「
有紗は息を
不気味な館に、不気味な噂のまとわりついた当主。怖い怖いとは思っていたけれど、まさか現実にそんな事件が起きていたなんて。
「じゃあ、その方は今でも……?」
「ええ、見つかっていません。四年経ってもね」
そこで伏見は、ふっと表情をゆるめた。
「おや、怖がらせてしまったかな。
「あ──いいえ!」
「そうですか? それならよかった。では、珈琲をお願いしますね」
また話し相手になってください、とにこやかに笑って、彼は階段を上っていった。
彼が階上に消えるまで頭を下げて見送ると、有紗は急いで厨房に向かった。
(間違いないわ。その
屋敷に入ったはずの少女が出てこなかったという、級友から聞いた噂話とも
(ひょっとして、その令嬢も烏丸侯爵の秘密を知ってしまったのかも。それで
有紗は足を止め、ごくりと
消えた令嬢は、まだこの館のどこかに閉じこめられているのかもしれない──。
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