君が好きなもの

かささぎ峠

君が好きなもの

「やばいっ!!新曲か"わ"い"い"っ!!」

 教室に入って来るなり、自分の席を通り過ぎて彼女──名畑陽なばたけはるは俺の元へ駆け寄ってそう言った。

腰まである黒髪を耳より少し上の高さで一つにまとめ、眉にかかるぐらいのぱっつん前髪で、まんまるの頬っぺたがチャームポイントの俺のかわいいの彼女である。

 その可愛らしい顔を限界まで緩め、小さな手を握り俺の机をとしとしと叩いている。そうしてしばらく「見た?見た!?ん~!!かわ、かわいすぎた!!」と唸っていたが、ハッと気づいたような顔をしスマホを取り出した。

「ねぇこれ!!コンサート、名古屋来るんだって!!昨日発表されたの!!ここに来るんだよ!!」

ずいっとスマホを俺の前に突きつけ、興奮そのままにそう言った。

画面には『カナデ 全国コンサート決定!! 』と大きく表示され、下へスクロールすると『12月12日 ナゴヤドーム』と書かれていた。

『カナデ』というのは陽がどハマりしているアイドルグループのことだ。12人の女の子で構成されていて、デビューしてまだ1年だが全国ツアーが行われるほど人気である。「かわいいからかっこいいまで全部揃っている」と陽が教えてくれた。

「おお、よかったな」

陽がカナデの熱狂的なファンだと知っていた俺は素直にそう言った。

「そう!!それでねチケット応募しようと思って、2人分申し込んでいい?」

「うん、そっちの方が当たりやすいんでしょ?ならいいよ」

「やったー!!」

コンサートがある度に同じ会話を繰り返している。教室でくるくると嬉しそうにはしゃぐ陽に俺は苦笑を浮かべた。



陽と付き合ってもう2年になる。中学2年の夏休み前に俺が告白して俺の幼稚園からの恋は実った。陽と同じ高校に行くために死ぬ気の努力でしたことはまだ記憶に新しい。

なんとか同じ高校へ入学することができた俺は幸せなラブラブな高校生活を夢見ていた。が、それは入学してすぐに打ち砕かれた。

そう、はるがカナデにどハマりしたのだ。

それからというもの俺達はデートらしいデートをしたことが無い。2人で出かけるといえばカナデのコンサートやサイン会などのイベントばっかりだ。「推し活!!」と陽はバイトまで始めてしまった。ちなみに俺はちゃっかりはる同じところで働いている。決してストーカーとかそういうのではなく、はるが誘ってくれたのだ。

そんなこんなで高校生になって陽と2人で楽しい甘いデートをするという俺の夢はまだ叶っていない。


12月12日。朝6時の電車に乗り、いつもよりかわいい陽に見惚れながらナゴヤドームに着いた。めったにしないメイクをして、モコモコのコートと赤と緑のラインが入ったプリーツスカートに身を包み、缶バッジを沢山つけたリュクサックを背負っている。

学校では見れない陽の姿を写真に撮りたかったが、陽は後でね、と言い足を止めてくれなかった。少し落ち込んだ俺の手を取りずんずん前に進んでいく。

だんだんと騒がしくなってきて、何事かと目を凝らしてみれば『グッズ売り場』というスペースの前に列ができていた。

「もう並んでる」

「もうちょっと早く来ればよかった……」

今度は俺が落ち込んだ陽を引っ張りグッズ売り場の列に並んだ。

3度目のコンサートにすっかり慣れてしまった俺は待ち時間を潰すべく「何を買うの?」と陽に聞く。

「ちょっと待って……あ、これ。このバツのついてないところ」

はるがリュクサックをごそごそと漁り、この間コンビニをはしごして手に入れたカナデのクリアファイルを取り出した。ファイルからA4サイズの『カナデコンサートグッズ一覧』という紙を出し広げた。グッズの写真が印刷され、いくつかには赤いバツマークがついている。

「すご、これ作ってきたの?」

「うん、この間何買えばいいか分からんくなったから。集めたいグッズのまとめ表みたいなやつが便利って聞いたから。バツの着いてるのはもう持ってるから、今日はバツの着いていないやつを集めまーす」

「了解でーす」

そうしてとりとめのない話で時間を潰す。途中新曲のMVやら写真集やらを見せられはしたが、陽の写真を撮ることができ大満足である。

並び始めてから1時間半を過ぎた頃列が動き出したが、そこからまた30分ぐらい待ち、ようやくお目当てのグッズを買うことができた。

「さぁ、キーホルダーと写真、私の推しがでるか!?」

グッズを受け取りコンサートまで1時間以上あるので近くのカフェで朝&昼ごはんを食べることにした。注文を終えると陽は先程買ったグッズを開封し始めた。どうやらどのメンバーのものかはランダムらしく、緊張した面持ちでキーホルダーを取り出した。

「え、え、推し……やった!!やったー!!」

陽の顔にぱっと笑顔が浮かび、つられて俺も笑ってしまった。見て見てとキーホルダーをずいっと俺に突きつけてくる。

「運良いな。写真は?」

また同じように恐る恐るといった様子で写真を取り出した。

「くっ……かわいい、けど推しじゃない…」

今度は"推し"ではなかったようで見るからに落ち込んでいた。

「交換してもらおう」

陽はすぐに下がった目尻を鋭い目変え、写真を見つめる。

「え?交換?誰と?」

「このコンサートはカエデのファンがいっぱいいるんだよ?そりゃこの写真買った人もいっぱいいるだろうし、私の推しとこの子を交換して欲しい人もいっぱいいるでしょ!」

「な、なるほど」

注文した料理を早々に食べ終え、俺たちはまたコンサートホールまで戻った。

コンサートの開始時間が近づいてきたからか、先程よりも倍近い人が集まっていた。

陽は手に写真を持ってその人ごみの中に入っていく。慌ててその後を追い、陽に話しかけた。

「どうするの?どうやって交換するの?」

「まぁ見てなさい」

ふんすと鼻を鳴らし、目の前の写真を手に持つ人に話しかけた。

「すみません、写真交換探してますか?」

「ああ、そうです。かなちゃん探してるんですけど。あ、私はももちゃん持ってます。」

「え、ほんとですか!?私かなちゃん持ってます!ももちゃんと交換してくれませんか!?」

「是非お願いします!!」

あっという間に交換が決まってしまった。驚いていると陽がドヤ顔で俺を見てきた。

「すごいな」

「今日は運が良い!!一緒に来てよかったー!!」

「あ、俺のおかげか」

「私より10倍ぐらい運いいでしょ。コンサートも絶対当ててくれるしね」

ほくほく顔の陽に褒められて悪い気はしない。

「はい、これ。今日のお礼」

そう言って長方形の箱を手渡された。

「これなに?」

「ペンライト。コンサートで振るやつ。いつも一緒に推し活してくれてありがとね」

照れているのか、頬と耳が赤く染まっている。俺はあまりのかわいさに抱きしめたくなったが、公共の場なので自分の顔を抑えて耐えた。

「これは次も一緒にコンサート行こうってこと?」

落ち着きを取り戻した俺が顔を上げてそう問うと

「バレた?うん、また行ってくれる?」

とまだ赤い顔で陽が言う。

「……もちろん」


コンサートは大盛り上がりだった。定番の曲に新曲、トークタイムなど、会場にいるファンの皆さんはメンバーの姿に正に狂喜乱舞といった様子だった。隣の陽も同様だ。

まだまだ冷めそうにない陽のカナデへの熱量がなんだか愛おしくてたまらなくなった。

高校生らしいデートをしてみたい気もするが、このまま陽に振り回されるのもいいかもしれない。

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