とりとめのない話
かこ
それ、よく聞かれますよ
先日、仕事を受けたばかりの依頼主が雑誌コーナーを占拠していた。雑誌のコンセプトに合わせ、ドアップから立ち姿まで、角度や表情を変えてその顔ばかりが並ぶ。二つ、三つの表紙がかぶるのは見たことがあるが、数えたくないぐらいにはある。女性誌だけかと思えば、男性誌にもちらほらと。右から左まで
あの顔に苦手意識を抱いている自分はうんざりとした。たまたまコンビニで昼飯を買おうとしたら、これだ。無性にこってりしたものが買いたくなって豚トロ丼を手に会社に帰る。
隣の座る後輩の
今をときめくジェンダレスモデル、恐るべし。
「おかえりなさい、先輩。おいしそうな匂いですね」
「ただいま、後輩。なんか洒落たもん見てるな」
「敵情視察みたいなもんですよ」
「依頼主を敵と言うな、敵と」
目も合わせずに交わされる会話は気心が知れたものだ。残業が続けば、遠慮も気遣いも見栄もなくなるもんだ。お互いひどい顔をして仕事をしているのだから。
此度の仕事は表紙で流し目を繰り出すモデル、IORIのオフィシャルサイトのデザインだ。ナチュラルでかっこよく、なおかつ冷たい感じにならないようにという要望に合わせて、透明感を全面にアピールした。
それなのに、ダメ出しを食らい続けている。ボタンが見えにくい、ほしい情報を見ようにも探しづらい。そうかと思えば、写真は他のがいいと思うんだ、ピュアな感じの、という要望に修正案を送れば、また違うところのダメ出し。最初にまとめて書いておけよと画面を殴りたくなるぐらい、メールのやり取りをしている。IORIが指摘していない所がまた面倒なのだ。言葉選びが独特の感性でいらっしゃるマネージャーがやれゴージャスな感じにしろ、このページはもっと艶やかさを押してほしい、色っぽいけど上品な感じにしてほしい、等々、こちらが頭を抱える案件を平気でふっかけてくる。
もうやだ、という不満と一緒に甘辛い豚トロを胃の中に収めていった。
「GOサイン出ました?」
倉崎の雑誌をめくりながら訊かれた言葉に、飲み込んでから返事をする。
「んにゃ、さっきメール送ったばっかりだから、まだ気付いてもないだろ」
何のGOサインかなんて決まっている。先方の納得できる出来になったかどうかだ。
「先輩」
「なんだ、倉崎」
「先輩は二刀流ですか」
「血迷ったか。頭にウジが沸いたか、目が腐ったか」
「あれ、地雷ですか」
腐った魚の目が初めてこちらを向いた。意外そうに目を見開いている。
そういえば、倉崎から見た目に関して物を言われたのは初めてかもしれない。本音がぽろりとこぼれるまで仲良くなったと考えるべきか、よほど彼女も疲れていると考えるべきか。
まぁ、それはいい。やれやれと首をふりながら自分のゆずれない物を示す。
「顔でいじられるのは、ごめんだ」
「最近、はやりですよ。癒し系年下子犬男子」
「いや、それ結局、男子だからな? 女顔とは別次元だからな?」
「癒し系年上狼女子目指せばいいじゃないですか」
癒し系はわかる。年上もわかる。狼女子とはなんだ。肉食系女子か。いやいやいや、俺は断じて女子を目指したことはない。
「かなり可笑しくないか、それ」
鏡を見なくともここ一番のげんなり顔で倉崎を睨み付けた。自分の顔を変えるつもりもないので、メールよりやっかいな案件だ。
倉崎はといえば、想像した人に言われたくありませんねーと頬杖をつきながらぼやき、当たり前のことを聞き返す。
「じゃあ、先輩は普通に女子が好きだと」
「……喧嘩売ってんのか、我」
「センパイこわぁぁい」
力ない笑い声に、コイツ疲れてんな、と判断して、はいはいと話を切り上げた。
豚トロ丼はもう冷めかけている。
「IORIさんってどっちが好きなんでしょうね?」
「は?」
今は特に、聞きたくない名前を倉崎が繰り出した。喧嘩を売るような口調で返したが、お構いなしに倉崎は続ける。
「これ、インタビューが組まれてるんですよ。IORIさん、二刀流ってよく言われるって書かれてて、あの人の場合、どっちが同性愛になるんでしょうね?」
返事をするのもバカらしくて、肩をすくめて豚トロ丼を頬張る。恋愛するのも気力と時間がいるのだ。仕事に根こそぎいろいろな所を削り取られている人間としては、至極どうでもいい。
倉崎は雑誌をめくる。飽きずに口を開くのは、話をしたいわけではなく、ただ言いたいだけなのかもしれない。疲れは思考や遠慮もどこかに放り投げてしまうのだろう。
「先輩とIORIさんが付き合ったらどっちが彼氏で、どっちか彼女かわかりませんね」
その場合、自分が彼氏になるわけだが、IORIが男の場合、彼も彼氏になるわけで……彼氏彼氏って呼ぶことになるのか? それとも専用のコトバでもあるのだろうか。いや、知りたくもないんだけど。
「倉崎、プリンやるから、黙ってろ」
余計なことを言われる予感がしたので、糖分を倉崎に渡す。
ダイエット中なんですけどぉと言ってはいるが、死んだ目がきらきらとしたものに変わっているから喜んでいるのだろう。脳に糖分を補給しろ、そして配慮を呼び戻せ。
そう願いながら豚トロ丼をかきこむ。
IORIは彼氏でも彼女でもOKということは、恋愛対象の幅がそうとう広くなるのではないかと思い付いた。
仕事に必要ないことを考えるぐらいには頭がイカれているのは確かなことだ。
とりとめのない話 かこ @kac0
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