第4話
私が固まっているうちに説明は進んだ。ミスターは相変わらず少し心配そうに私を見て微笑んでいる。
「改めて、私はローシャよ。」
ローシャが払った後ろ髪がさらりと流れた。
あまりにも艶々としているので高級な生糸がなにかで作ったウィッグと勘違いしてしまう。
「記憶喪失のあなたに、この世界について教えに来ただけよ。いくらミスターの子といえど、ランクはまだ低いんだから、馴れ馴れしくしたら許さないから。」
「あ、は、はい」
何もわからないままたどたどしく返事をする私を見ながらミスターが申し訳無さそうに笑った。
「私はもうそろそろ行くよ。あ、ランクについて教えるの忘れてたから、それも教えといてね。」
それだけいうと、ミスターは部屋を出ていった。
心細さが膨れ上がるのを感じながらも、私は足元まで伸びる黒髪と透け素材の上着が廊下の向こうに消えていくのを見ているしかなかった。
ミスターが出ていってからローシャは一言も喋らず、じっと私を見つめていた。
彼女を待っていた時間より長いんじゃないかというぐらい時間がたった頃、ようやく彼女が動き出した。
ガタッと軽く音を立てて立ち上がり、呆れたように首をふったかと思うと、扉に向かって歩き出した。
私も慌てて高い椅子から飛び降り、彼女の後ろをついていく。
「は?なんで付いてきてんのよ」
「…え?」
お嬢様らしからぬ声色で威嚇しながら、ローシャは蔑んだような目で見下ろしてきた。
「いやさ、なんでついてきてんの?」
いや…え???
どこかに連れて行ってくれるとか、なんか教えてくれるとかなんじゃなかったっけ…?
「だーかーらー」
おもむろに振り向いて、私と目が合うほど腰を曲げて彼女は怒鳴った
「私、今から帰るんですけど?」
…え?
「か、帰るんですか!?」
「そりゃ、長いこと待ってあげたのに何も聞いてこないだもの。私、こう見えても暇じゃないの。退屈してる時間なんかありゃしないのよ」
ルルはポカンとそこに立ちすくんだ。
何度もまばたきをしながら、やらなければいけないことを一生懸命考え、ようやく一つわかった。
「なにか聞けってこと、ですか?」
周りの理不尽さに怒りが沸々と湧き出す頭の中とは裏腹に、湿った声でそう言うと、今度はローシャがポカンとした。
呆れと困惑といら立ちが2対6対2混ざったような表情を変えようと、彼女は眉間に手をやった。
「あぁ…忘れてた。まだ何も知らないのか。」
ルルは状況を理解してもらえたことにホッとしながら、口をパクパクとさせて、今度は自分がついていけていないことに焦りだした。
「あ、あの…」
恐る恐るかけられた声を聞こえなかったのか、はたまた無視したのか、ローシャはぶつぶつと独り言をつぶやき続けた。
「ミスターも面倒なことを押し付けるなぁ…もうちょっとぐらい教えといてくれれば楽なのに……いや、やっぱ自分からは言えないってこと?」
めんどくさそうな顔をした後、呆れ顔をした。そして今度は苦々しそうに顔をしかめる。
忙しそうに百面相をしてたっぷり数分、ローシャがルルに向き直り、突然叫んだ。
「あぁ!もう時間ないじゃない!」
スラリと長い手が伸びてきたかと思えば、力強くルルの腕を握って引っ張りはじめた。
狐のように素早い身のこなしで走り出すローシャについていけず、ルルがころんだ。
大樹の下でまた会いましょう @Kuro-moti
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