第3話

 聞き慣れない部屋の名前に私が首を傾げた。


 「モミジの間?」


 あぁ、と頷いて、ミスターがすぐに説明を始める。


 「さっき言ったあ会って欲しい人がもうすぐ来る頃だからね。」


 私は今まで、いつもツバキの間で会っていた。


 …とは言っても、会ったことがあるのは何かの検査のためにお医者様と出会った一回ぐらいだけれど。


 ツバキの間は一組の赤茶のソファーが机を挟んで向かいあっているだけで、黄色っぽい白い壁と天井、そして木の地面に囲まれたあまり大きくない部屋だった。


 「大丈夫だよ。朝ごはんはまたあとで、すぐに食べれるから」


 また私の沈黙を読み違えたミスターは、少し心配そうな顔で、モミジの間につくまで私を見ていた。


 ツバキの間の扉を開けて中に入ると、目をつぶりたくなるほど眩しかった。


 私が何人いたら届くんだろうと考えてしまうほど高い天井。


 そしてそこからぶら下がる大仰なシャンデリア。真っ白な壁に跳ね返って走れるほど広い部屋全体を明るく照らしている。


 細長い六角形の机の上にはきれいな花が生けてあり、背の高い黒い椅子ははところどころ金色の刺繍が施されている。


 奥に見える大理石で作られた大きな暖炉ではパチパチと火が燃えているおかげで部屋全体が温かい。横を見ればテラスもある。


 本日二度目の絶句です…





 客人を椅子に座って待ってしばらくがたった。小1時間ほど、上座で本を読むミスターの顔を見ていた。


 長いまつ毛が伏せられて、言いようのない美しさが溢れている。


 飽きる気配はなかったのだけれど、ギッと小さい音を立てて大きな扉が開き、赤い髪と猫耳が特徴的な女性が入ってきた。


 長い髪の毛は少し癖がついている。


 「出迎えもないなんて、悲しいです」


 優しくゆったりと喋り方、滑るような歩き方、ほのかに赤い唇が作る緩やかな曲線。彼女の全てから、育ちの良さが感じられる。


 パタンっとミスターが本を閉じ、代わりに手を私の向かいの席に差し出した。



 「それについてはすまないね。ローシャはここに座っておくれ」



 ローシャと呼ばれた女性はさらりとお辞儀をして、指示された通りに席に着いた。


 黒色の蝶と花が刺繍された黄色い着物が一瞬、ふわりと広がる。


 「直前に連絡したのに、長い道のりをありがとう。」


 ゾクリとした。ミスターがローシャに向ける声がおかしいのだ。


 私に話しかけるときと口調も速度も同じ。しかしどこか、とても冷たく感じる。


 「いえいえ、私もそろそろ年頃ですから、願ってもないお話ですよ。ところで今日はお忙しくなるでしょうし、前置きはやめましょう。」


 ローシャがこちらを見た。ミスターを見るときとは違い、穏やかさのかけらもない視線。体に穴が空きそうだ。


 机に肘を付き、見定めるような目で私をなめまわす。


 一文字に結ばれた口が開いた。その声は彼女の目と同じように冷ややかで、刺々しい。


 「で、あなたがルルね。早い話、私がこれからあなたの家庭教師なるものになるわ。」

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