左利きの彼女

つばきとよたろう

第1話

 小さい頃学校で左利きのクラスメートを見つけたら、ちょっと羨望の眼差しで見てしまう。左手で習字の筆や、筆記用具のシャープペンを操れればどんなに羨ましかっただろう。そんな子はクラスに数人もいない。隣の席の女の子がそうだったからクラスで珍しかったが、すぐに気付いた。


 おやっと最初は違和感を覚えて、左利きなのだと理解した。だが、その子は時々右手を使っていた。世の中の物は、大概右手に便利なように合わせてある。左利きは不便だ。矯正する必要がある。親か先生に言われたのだろう。あるいは兄妹だったのか。


 不器用に右手で筆記用具を扱う、その子を眺めているのは愛おしく思えた。しばらく右手で試していて、すぐに左手を使った。矯正もなかなか上手くいかない。試しに僕も左手で文字を書こうとしたが、一字書くのにも、とんでもなく時間が掛かって役に立たない。すぐに諦めてしまった。が、その子は諦めることが許されなかった。何度も屈折しながら、右手を利き手のように鍛えた。


 その甲斐あってか、学期末にはその子の右手も器用に動くようになった。どこか覚束ないが、それでもゆっくりと確実に文字を綴れるようになっていた。


 それから数年経って、その子と再会した。その間にクラスも分かれたし、学校も別々になった。小さな喫茶店に入って、アンティークな店内の中央の席に二人向かい合わせに座った。彼女は右手でコーヒーにミルクと砂糖を入れ、右手でカップを握った。左利きは矯正できたの? その事を聞くと、彼女は微笑んで面白い物を見せてくれた。バックから手帳を取り出し、両手に一本ずつボールペンを持って、同時に文字を書き始めた。侍の二刀流のようだった。



「なあ、桜井。お前利き手って、どっちだっけ?」

「どっちの手で箸持つんだよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

左利きの彼女 つばきとよたろう @tubaki10

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ