如月くんは二刀流を継がなかった。

倉沢トモエ

如月くんは二刀流を継がなかった。

 如月くんが実家の二刀流を継がなかった。


 理由はおもにあの大病のせいだったのだが、優しい兄弟も姉妹もあり、父上は弟子にも恵まれていて、こう申してはなんだが、療養に専念できよかったというところである。


「そんなことがあったのだから、今後は〈二刀流〉という言葉に神経質になるんだろうかと自分でも思っていたんだが、」


 縁日の日、やや顔色のよい如月くんが、ふらりと現れた。


「それがとんでもない。〈二刀流〉と聞くと、いてもたってもいられないんだよ」


 稽古は控えるように医者から言われている最中ではないか。


「御心配にはおよばない」


 からり、と笑って、


「あちらだよ」


 指す方を見れば、神社の境内では、玩具売りが竹光で二刀流の見世物。


「どうも、世の中には二刀流を名乗る者が少なくない」

「偽物を成敗するのかい」

「いやいや。観ずにはいられない、そんな心境なんだよ」


 病が理由とはいえ、さっぱりと自ら剣の道を断ち切った。

 おそらく尋常の心境ではないのだろうが、時は日暮れ、薄闇に包まれた巷に、丸いランプの灯りがひとつふたつ、赤いもの、青いもの。

 我々にも何やら、ものぐるおしいものが忍び寄ってくるようだ。


 射的の的の人形が二刀流を構えていた。


 また、近ごろは動物愛護の観点から行われなくなったようだが、の二刀流試合もこの時代にはあった。

 山の妖怪を捕まえて二刀流を仕込むのは、どうしたわけかと首をかしげたが、如月くんはいつもの笑い顔で見入っている。


 おどろき呆れたのは、ノミの二刀流試合である。


 ノミ飼いの親方がのぞき窓のついた箱を指して、しきりに呼び込みをしている。


「巌流島の! ノミの豪傑! ノミの豪傑!」


 二銭を払った我々は虫眼鏡を渡されて、ノミとノミとが二刀流で戦う闘技場を息もせず見守った。


「これはこれは、」

「おい、よしてくれよ。僕は継がなかったんだよ」


 ノミ飼いの親方は、二刀流を継がなかった如月くんの顔をどこかで存じ上げていたようで恐縮していた。


「きようび、どこもかしこも二刀流を見世物といたしますよ」


 さしずめ〈二刀流〉の収集家のようなたたずまいの如月くん、


「行こうか。あちらにもあるようだ」


 祭りばやしの太鼓を叩く、撥二本を構えた魚屋のせがれまでも、しまいには二刀流に見えてきたのだから、此の夕暮れ時は妙だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

如月くんは二刀流を継がなかった。 倉沢トモエ @kisaragi_01

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ