金の刀と銀の刀 【KAC2022】-①

久浩香

金の刀と銀の刀

 気がつくと、僕は、鬱蒼とした樹々の中を歩いていた。

 自分がどこに向かって歩いているのかは全く解らなかったのに、体の方がその到着地点を知ってでもいるかのように、体の示す道標を外れて、引き返そうとか、脇道に反れようなんて事は、全く思いつきもしなかった。

 そして、それが間違いじゃなかった事の証のように、そこに生える幹で自分の体を支えながら、獣道のような道を下っていくと、紺色に光っている場所があった。


 それは、月光に照らされた泉だった。

 水辺には、幾つかの岩が積み上がっていて、その一つに、真っ白な肌に、濃い紫色の長い髪の綺麗な人が座っていた。

 彼女は、僕の視線に気づくと、こっちを向いて、水際までやってきた。


 その右手には金の、左手には銀の鞘の刀を持っていた。


「お前が欲しいのは、この金の刀か? それともこの銀の刀か?」


 悩むべくもなかった。

 僕は、何も答えずに、水の中に入り、彼女の両手首を掴んで、その人を水面に向かって押し倒し、奪った。


 ★


「それが、中二の時…14歳の誕生日に、僕が見た夢だよ」


 八凪やなぎ槙雄まきおは、自分の別荘に招待した、会社の後輩の渋川しぶかわ拓真たくまが、和泉いずみ百合ゆりの献身的な奉仕に悶える様を見ながら、一人掛けのソファに深く背中を預けて、タキシードを着た和泉山吹やまぶきが注いだウイスキーを傾けながら、滔々と話していた。


「でも、それは、ただの夢じゃなくてさ。八凪家の嫡男としての試練とでも言うのかな。和泉家っていうのは、八凪家の分家の家系でね。僕の代の金の刀は山吹で、銀の刀が百合で、主従の誓の契りをどっちとするか、っていう卜定ぼくじょうだったようだけど、泉の精を犯したのは、僕が初めてだったみたいでさ。取り合えず、両方の刀の使い手として、二人ともと契る事になった訳だけど、お陰で、僕は両刀使いだよ」


そこ迄言うと槙雄は、少し自嘲気味に、ハハッと嗤い、グラスの中身を飲み干すと、空いたグラスをサイドテーブルに置いた。


「二人と契った時にね。また、夢を見たんだ。全くの赤の他人の男女が、それぞれ8人ずつになるように、一年に一人ずつ、こうやって、僕の印を注ぎ込み、山吹と百合の気で切り裂くんだ」


槙雄は立ち上がって、ガウンを脱いで山吹に手渡した。


「大丈夫。死にはしないよ。ただ、二人からの思念で命じられる指示に逆らえなくなるってだけさ。今迄にそうしてきた15人はみんな、山吹と百合の、忠実な下僕になって、八凪の家の為に働いてくれているからね。拓真くん。君が最後の一人さ。和泉家には、今年16歳になった娘がいるんだけど、来年の僕の誕生日には、彼女との初夜を迎えられるよ」

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