VS 二刀流
ぎざ
鑑定士フオフ VS 二刀流
深い森の奥深くで皆とはぐれてしまった。
僕は鑑定士、フオフ。
鑑定士とは、アイテムや周囲を鑑定するスキル『鑑定』だけが取り柄の非戦闘ジョブ。
いや、これは僕の『鑑定』スキルによって浮かび上がってくる"何か"なのかもしれない。
わかりやすい魔物の足跡はない。
それどころか、森の木の幹には魔物の爪痕一つも無い。
傷一つない木々。この森が一体"何"に管理されているのかを知るのに等しい。
試しに僕は、この森の木の幹に傷を付けてみた。
手持ちの短剣で小さく。傷を。
その傷は、つけてから数秒後、あっという間に消えた。
この森は、生きていた。
いやいや、生きているとか、そんな詩的な表現じゃ無い。
尋常じゃないスピードで森は"ある瞬間"を維持しているようだった。超回復なのか、時間停止なのか、あるいはそれに類する何か。大精霊の魔法に匹敵する何か大きな、大いなる力が働いているのかもしれない。
きっとここに、たとえ魔物がいようとも、その魔物が爪痕を残そうとも、足跡を残そうとも、その爪痕や足跡は跡形も無く消えてしまう。
ここに爪痕や足跡が残っていないことが、イコール魔物が生息していないことの証明にはならないということか。
シャアアアアアアア
突然、剣と剣をすりあわせたような音がした。
森で?
剣と言えば、僕のパーティーの同行者、ブレイドさんだけれど。
「ブレイドさ……」
んじゃなかった。
振り返ると僕の目前には刃幅の広い剣がギラッと光って見えた。
リビングスカル。通称、ガイコツの魔物。僕の背丈くらいの大きさのガイコツが立っていた。手にはなんと幅広で湾曲した
レベル23。不死属性。
圧倒的な攻撃力。素早さはそんなに早くないが、僕の戦闘レベルでは絶対に太刀打ちできない。すぐさま逃げろ!! と脳が身体に危険信号を出した。
逃げる!
僕は脱兎の如く、森を駆けだした。
相手の素早さはのろい。僕程度の脚力でも逃げきることはできる。
強い敵には立ち向かわなくてもいい。
怖い敵には歯向かわなくてもいい。
逃げられるのならば逃げるべし。
それが非戦闘ジョブのみで魔物に出会ったときの対処法。
それでも、僕にもできることがあるのではないか?
記憶の中で父の冒険譚がよみがえる。
一流のトレジャーハンターである父を。
頭の中でブレイドさんの言葉が繰り返す。
僕と同い年であり、僕よりもたくましく世界を旅する彼を。
『鑑定』スキルでは、確かに戦うことは出来ない。
でも、それでもできることがある。
戦闘の突破口を見つけることが出来るかもしれない。
攻略の糸口を見つけることが出来るかもしれない。
動きがのろいリビングスカルの行動を遠くから観察した。木々に隠れながら。注意は怠らない。
普通、リビングスカルは武器を持たない。ただのガイコツの魔物だ。
どうしてこいつは剣を持っているのだろう。
リビングスカルの弱点は、魔力の枯渇。負の魔力が死人のガイコツを人のように動かしているため、魔力が尽きるまで骨は人の形を維持するからだ。骨をいくら砕こうが魔物は死なない。故に不死。
ただ、"人の形を維持する"ためにその魔力を使う。魔力を無駄遣いさせて機能停止させる。その上で骨自体にダメージを与えることは有用だと思う。
魔力で動く魔法生物の弱点は皆同じ。あとはその魔力の属性、魔物の身体を構成する物の材質を観察しようか。
骨はあまり日光が当たっていないようだった。骨の維持に魔力をあまり使っていない? この森は背の高い木々に覆われている。そのおかげで日光は遮られている。骨は日光と風雨でひび割れて劣化する。ここは深い森の中なため、どちらもあまり期待できない。骨の強度はあまり劣化していないだろう。
彼の持つ剣に注目した。
幅広かつ湾曲した薄い剣。海賊がよく使用する軽くて使いやすい剣だ。筋肉があまりなくとも振り回せる剣。ガイコツの魔物には一切筋肉が無いけど……、普通に振り回せているみたいだ。
ただのリビングスカルだったら、もしかしたら僕でも対処できるかもしれないけれど、あの二本のカトラスが凶悪だ。僕の腰には護身用の短剣ひとつ。海賊よろしく、剣のやり合いで勝てる見込みはゼロに等しい。
こういうときに、ブレイドさんがいてくれたら……!
……いない人に助けを求めても仕方が無い。
シャアアアアアア
その音にはっと気づいた。
リビングスカルがすぐ近くまで来ていた。
集中していると周りが見えないことがある。
既に僕はその両手のカトラスの攻撃範囲にいた。
逃げろ!!
そのまま僕は後ろに後ずさった。
背中に固い感触。
木の幹だ! 運が悪い。
そう、僕はものすごい運が悪い。
二刀流の剣の軌道は左右から振り下ろされる。
後ろも逃げられず、前には魔物が。
左右からの攻撃に、僕は逃げることが出来なかった。
ザシュッ!!!
「あ…………」
腰が抜けてしまった。
尻もちをついた僕の頭のすぐ上を刃が通り過ぎ、木の幹の両脇にカトラスが、その刃の半分まで刺さった。
固い木の幹でこれだ。
僕の柔らかい肉なんて、一撃で真っ二つだろう。
「…………!!」
リビングスカルの動きがおかしい。
僕は腰が抜けてうまく立ち上がれない。そのまま恐る恐る、刃が刺さった木の幹のさらに後ろに後ずさって様子を見ると、魔物は木の幹からカトラスを引き抜くことが出来ないようだった。
この森の木の幹は回復スピードが早い。
食いこんだ刃を飲み込んでしまうほどに早いとは。
二刀流の弱点が見えた。
一見逃げ道がないかに思われた突破口。
刃が木の幹に食いこんで、魔物の両手を塞がれている。凶悪な二つの武器はどちらとも使えない。魔物は二つの武器を大事にしているのか、「武器を使わない」という選択肢に気付かないようだ。
刃を引き抜こうと必死なため、こちらを見ようともしない。完全に魔物の意識の外に僕はいた。
僕は短剣の持ち手を掴みかけて……やめた。
魔物の身動きが取れなくても、
この魔物と僕との強さの差は歴然だ。
たとえその二本のカトラスが無かったとしても、僕はその魔物には勝てないだろう。戦力差を正確に把握することは戦闘において重要だ。
リビングスカルは、僕を戦闘において圧倒するために武器を木の幹から取り戻す方法を優先した。
でも本当に彼にとって優先すべきは、僕を倒すために武器を手放すこと。それが最良の選択肢。
彼がその最良の選択肢に気付かないうちに逃げるのが良い。それが僕にとっての最良の選択肢。
ここは逃げるのが賢明な判断だ。
きっと父だってそうする。
一流のトレジャーハンターは、魔物に勝つために冒険をするのではない。
宝物を手に入れるために、宝物を持ち帰るために、必ず生きて帰らなければならない。
強さのない僕は、戦う相手を選ぶ必要があるのだから。
でも、ただ逃げたわけじゃない。
僕は確かに、この戦闘で得られたものがあった。この経験は僕の力になるはず。
僕は足に力が入ることを確認した。
大丈夫。走れる。
魔物が僕に注意を払っていないことを再確認して、僕は逃げた。
また同じ方法を使って二刀流の魔物から逃げられる保証は無いのだから。
僕にできることをしよう。
ひとまず、早くブレイドさんたちと合流しないと!!
森は深く、緑色で溢れていた。
周囲の痕跡から探すのは難しい。
声は届くだろうか。
果てはあるのだろうか。
希望は捨てない。合流して、生きてこの森から出る。
僕は鑑定士だが、まだこの夢は捨てきれていないようだ。
一流のトレジャーハンターになるという、夢を。
必ず、生きて帰るんだ。故郷に。
[VS 二刀流 完]
VS 二刀流 ぎざ @gizazig
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます