ミーシャはそれでも詩を書く

kayako

その詩に意味はあったか

 

 ミーシャちゃんは、かわいい子でした。

 とっても利発で、文字をおぼえるのも早く、5つのころから詩を書いていました。

 ミーシャちゃんのまわりには、やさしい人がたくさんいました。

 詩人のパパに、ハープを弾くママ。

 おばあちゃんはお花が大好きで、昔からお庭できれいなお花をいっぱい育てていました。

 お絵かきが大好きなお兄ちゃんは、床に広がるほど大きな絵をいつも描いてます。

 そんなお兄ちゃんが大好きで、甘えん坊の弟。

 近所には、ミーシャちゃんの詩が大好きと言ってくれるおともだちが、大勢いました。



 ミーシャちゃんはそんなやさしい家族やおともだちに囲まれ、ずっと楽しく暮らしていました。

 でも、ある朝のこと。



 突然、剣や斧を持った怖い人たちが、ミーシャちゃんの家にずかずかと踏み込んできました。

 みんなおそろいの金のふち取りのついた立派な服を着たその人たちは、『ゆうしゃ』とその仲間だそうです。

 すごく重そうな黒いくつで、『ゆうしゃ』たちはお兄ちゃんの描いていた大きな絵を踏みにじり、パパとお兄ちゃんに剣を突きつけました。

 お兄ちゃんが一生懸命描いていた絵をぼろぼろにされ、弟は泣き叫びましたが。

 『ゆうしゃ』たちはそんな弟もようしゃなく殴りつけ、それきり弟はしずかになってしまいました。

 ママとおばあちゃんが弟を抱きしめ、『ゆうしゃ』たちに叫びましたが、『ゆうしゃ』たちは構わずパパとお兄ちゃんをむりやり、家から連れ出しました。


 パパとお兄ちゃんは、『ゆうしゃ』たちと協力して『まおう』を倒しにいかねばならないそうです。

 ふたりともそんなにからだが強くないから、『まおう』とは戦えないと言っていたのに。


 ママは必死で抵抗しましたが、そのとき、『ゆうしゃ』のかまえた剣の先が光ったかと思うと、ママの右手が吹き飛びました。

 昨日まで流れるようにハープを弾いていた手が、ぐちゃぐちゃになって床に散りました。

 さっきみんなでおいしいおいしいと食べたばかりの、あたたかいポトフと一緒に。



 こうして、パパとお兄ちゃんはいなくなりました。

 『ゆうしゃ』たちにはむかった罪で、家じゅうが好き放題に荒らされました。

 パパの書いた詩も、ママのハープも、お兄ちゃんの描いた絵も、おばあちゃんの育てていた花も、みんなみんなぼろぼろにされていきます。

 『ゆうしゃ』たちによると、ミーシャちゃんたちの家族はみんな、『まおう』にくみする者なのだそうです。理由は、戦いに行くのを嫌がったから。

 パパもミーシャちゃんもみんな、だいじな詩は魔法の水晶玉に封印していましたが、その水晶玉さえもぜんぶ壊れてこなごなになるまで、こん棒で叩きつぶされました。

 弟のかわいい歌声もだいじに録音していた水晶玉でした。お休みの日にみんなできくのが、家族の楽しみだったのに。

 ミーシャちゃんも、自分の書いた詩を目の前でビリビリと破られました。

 その上だいじなワンピースさえむりやり脱がされ、隠しもっている石板や水晶がないか調べられました。魔物を召喚する呪文がないかとかを確かめるのだそうです。



 『ゆうしゃ』たちが帰ったあとは、嵐が去ったあとみたいでした。

 叩きわられたハープを前に、ママはぼうぜんと座っているだけです。

 それでもおばあちゃんは立ち上がり、ママと弟の手当てをしてくれました。

 亡くなったおじいちゃんと一緒に育てた花さえ、踏み荒らされてめちゃくちゃになってしまったのに。


 泣きじゃくるミーシャちゃんの頭を撫でながら、おばあちゃんは言いました。

「どんなに壊されても、好きな詩を書き続けるんだよ」と。



 そんなおばあちゃんの言葉を胸に。

 ミーシャちゃんは涙をこらえながら、詩を書きました。

 壊れかけたペンで、破れた紙切れに、詩を書きました。



 数日後。

 今度はおともだちが、家族と一緒にミーシャちゃんの家に駆けこんできました。

 『まおう』が来るから、逃げなきゃいけないそうです。

 ママはあの日から、壊れたハープの前でぼうっと座ったままです。

 そんなママや、怪我をした弟を連れて、ミーシャちゃんとおばあちゃんはほんのわずかな荷物だけを持って家を出ていかなければなりません。

 ミーシャちゃんはおともだちのママや老人たちと一緒に、馬車で逃げることにしました。

 おともだちのパパや、若い男の人たちはいません。みんな、『ゆうしゃ』に連れて行かれてしまったから。



 でも、逃げようとする人たちがたくさんいて、馬車はなかなか動きません。

 ミーシャちゃんがふとふりかえると――

 みんなの家があった方向から、ごうごうと天まで届く赤い炎が見えました。

 みんなの悲鳴が、凍てついた空気を裂いていきます。

 もう、お兄ちゃんの絵も、おばあちゃんのお花も、パパの詩も、ママのハープも、弟の歌声も――

 どれひとつとして、戻ることはないんだ。

 ミーシャちゃんは何となくそう思いながら、それでも馬車の隅で、詩を書き続けました。



 半日たちましたが、馬車はまだ動きません。

 夜空からは空飛ぶ竜の唸り声が聞こえて、その音がどんどん近づいてきます。

 みんな、馬車で逃げるのをあきらめ、外に出て走り出しました。

 ミーシャちゃんも、目をさまさない弟をおんぶしながら、必死で走りました。

 その時、ミーシャちゃんたちのすぐ後ろで、流れ星のようなかたまりが炎に巻かれながら、落ちてきました。

 誰かが叫びました。「炎星術が撃たれた!!」


 みんな震えあがりました。

 炎星術といえば、ミーシャちゃんたちのような普通の人たちには使えない魔法です。

 魔物の群れをやっつける時にしか、使わないそうです。


 何人ものからだが、吹き飛ぶのが見えました。

 ママの手首と同じように、たくさんの人や馬のからだが、空に散っていきます。

 いっせいに騒ぎ出し、炎とは反対の方向へ逃げようとする人々。

 おばあちゃんやママたちとはぐれないようにしながら、雪崩のような人の波にもみくちゃにされながら、ミーシャちゃんも必死で走りました。

 走って、走って、走りました。

 その間にも、ミーシャちゃんの周りには、炎に巻かれた流れ星が、次々に落ちていきました。

 人も、森も、家も、大地さえも、どんどん砕け散っていきます。





 気がついた時、ミーシャちゃんの周りで動くものは、何もなくなっていました。

 森に逃げていたはずなのに、あたりは一面、真っ黒な原っぱになっています。

 そこらじゅう黒い煙におおわれ、すごく嫌なにおいがたちこめています。

 焼けた道路にたくさん散らばっているものは、炭のようなかたまりばかり。

 おともだちの姿は、どこにも見えません。

 一緒に逃げていたはずのおばあちゃんもママも、どこにもいません。

 背中におぶったはずの弟のからだは、何故か重みが半分ぐらいになり、すっかり冷たくなっていました。




 たった一人になってしまったミーシャちゃんは、思いました。

 あぁ。わたしの詩を楽しんでくれた人たちは、みんないなくなってしまった。




 ミーシャちゃんは、とぼとぼとあてもなく歩いていくしかありませんでした。

 足は棒のようになり、お腹はペコペコで、背中の弟からは嫌なにおいがしています。

 もう、詩を書く気力さえもありません。

 しかし――

 やがて目の前に、緑色のゴブリンの群れが現れました。

 ゴブリンたちは大喜びでミーシャちゃんを食べようとします。

 彼ら魔物にとって、人間の女の子は大好物なのです。

 ミーシャちゃんには全く分からない言葉を口々に叫びながら、魔物たちは襲いかかってきました。



 もう、食べられてしまったほうがいいかも。

 ミーシャちゃんは思いましたが――



 でも、そんなゴブリンたちを止めたのは、同じ魔物のオークでした。

 ふさふさした立派な体毛と大きな槍を持つそのオークは、騒ぎ立てるゴブリンたちを叱り飛ばすと、ミーシャちゃんの背中からそっと弟を抱き上げました。


「かわいそうに。

 おれたちには、このぐらいしか出来ない。

 せめて、ここに埋めて祈ろう」


 オークは人間の言葉で話すと、弟を埋めてお墓を作ってくれました。

 いなくなってしまった弟に、オークと一緒に手を合わせながら、ミーシャちゃんは不思議に思いました。



 ――このオークは『まおう』の手下で、人間の敵のはず。

 あの炎の術を撃ったのも、多分『まおう』の手下で……

 ううん、分からない。あの術を撃ったのは、どっちなんだろう?

 それに、『ゆうしゃ』たちはわたしたちに酷いことをしたのに、どうして、『まおう』の手下が、優しくしてくれるんだろう?

 ……もう、そんなこと、どうでもいいか。



 完全に気力を失ったミーシャちゃんは、そのままオークたちに連れていかれました。

 『しゅうようじょ』に入れられ、ミーシャちゃんはくる日もくる日も、魔物たちに怒鳴られ、働かされました。

 それでもあのオークはミーシャちゃんを気にかけ、毎日様子を見に来てくれます。

 時には、あたたかいポトフを持ってきてくれました。ママの作ったポトフと違って、じゃがいもが大きすぎてちょっとまずかったけど。

 詩を書く気力すらなくなっていたミーシャちゃんでしたが、オークに励まされているうち、次第に元気を取り戻していきました。



 そして彼女は気づきました。

 何もなくなっても、詩を書くことで、自分は生きていけるのだと。



 そして、オークからもらったペンと紙を再び手に取り、ミーシャは詩を書き始めました。

 いつか、家族みんなで読んだ詩を。

 いつか、友達みんなが楽しみにしてくれた詩を。

 ミーシャの書いた詩を、魔物たちはわけの分からない文字だと散々笑いましたが、それでもミーシャは書き続けました。

『しゅうようじょ』で出来たおともだちは、涙を流しながら詩を読んでくれたし。

 それにあのオークも、ミーシャの詩を、良い詩だと言ってくれました。

 言葉の意味が半分ぐらいしか分からなくても、何かが伝わってくるのだそうです。

 だからなのか。最初はミーシャの詩を笑っていた魔物たちも、次第に彼女の詩を楽しみにするようになりました。



 でも、やがて『まおう』と『ゆうしゃ』の戦いは、非常に激しくなり。

 『しゅうようじょ』にいた魔物たちも、次々と戦いへ駆り出され、帰ってこなくなりました。

 そして、ついにあのオークも、戦いに出ることになってしまいます。

 オークを行かせたくない。ミーシャはそう思いました。

 詩を読んでくれる人たちを、これ以上失いたくない。行かないで。

 ミーシャはオークのふさふさの体毛にしがみつき、泣き叫んでお願いしました。

 それでも、オークは彼女の頭を撫でながら、言いました。


「どんなに酷いことになっても、それでも詩を書き続けるんだよ」


 かつておばあちゃんがミーシャを励ました言葉と、同じ言葉を残して。

 オークは戦場へ向かいました。




 オークが戻ってくることは、ありませんでした。

 それでもミーシャは詩を書き続けながら、オークの帰りを待っていましたが――




 その日。

 東の空が、見たこともないほど真っ赤な光に包まれました。

 魔物たちも、人間たちも、みんな恐れおののいています。

『ゆうしゃ』か『まおう』のどちらかが、禁断の魔術を使ったのだそうです。

 それは、決して誰も使ってはいけない魔術でした。何故なら、一度でも使えばこの星自体が壊れてしまうからです。

 あっという間に空を真っ赤に染めた炎は、やがて地上全部を覆い尽くし。

 多くの魔物や人間たちの悲鳴が、砕けた大地に吸い込まれていきます。

 ミーシャの詩を読んでくれたおともだちも、魔物たちも、みんな。

 そして勿論ミーシャも、炎に呑まれました。



 ――でも、最期まで彼女は、詩を書き続けました。

 紙もペンも、自分の身体さえもが散り散りになっても、それでも彼女は詩を書き続けました。







 気がつくとミーシャは、何もない真っ黒な空間にいました。

 頭上のはるかかなたには、ちりぢりになっていく無数の光が見えます。

 あぁ、わたし、死んだんだ。

 あの光は、砕けた星のかけら。そう気づくまでに、時間はかかりませんでした。

 ふわふわした黒い空間を少し歩いてみると、やがて、ぼろぼろに焼け焦げた姿の女の子に出会いました。

 真っ黒な炭のような何かを背負った女の子は、ミーシャに尋ねます。



 ――あなたが詩を書くことに、意味はあったの?



 女の子はうつむいたまま、ミーシャにさらに問いかけます。



 ――どんなに詩を書いても、壊された。

 どんなに詩を書いても、焼かれ、破られ、捨てられた。

 詩を楽しんでくれた人たちはみんな、いなくなった。



 そうだね、その通りだった。

 ミーシャは思います。



 ――あなたの詩を覚えている人は、もう世界に、誰一人いない。

 あなたがどれだけ一生懸命に詩を書いても、その詩を誰も覚えていない。

 あなたが詩を書いていたことさえ、もう誰も知らない。

 あなたの詩は、この世界に、何も残さなかった。

 それでも、あなたが詩を書き続けたことに、意味はあったの?



 その女の子に、ミーシャは答えました。



 ――意味なんか、ないよ。

 意味なんか、なくてもいいの。

 わたしは、詩を書くことで、生きられたから。



 女の子は顔をあげます。

 その子は、家族も友達も全てを失い、絶望にくれていた時のミーシャちゃん自身でした。



 ――何も残らなくても、星自体が消えてしまっても。

 わたしは、詩を書き続けることで、生きられた。

 詩を書き続けることで、幸せを感じられた。

 だから――



 そう言って、ミーシャはミーシャちゃんを抱きしめました。

 二人の身体はやがて一つになり、暗闇の中の光に変わっていきます。




 ――でも。

 本当は、もっともっと、書き続けたかったな。

 もっともっと、みんなに読んでもらいたかったな。

 それが出来なかったのは、どうしてなんだろう?


 ――そうだね。

 本当に、どうしてだったんだろうね?




 光となったミーシャは、壊れた星の無数のかけらとひとつになり。

 大きな光の流れに包まれ、やがて静かに消えていきました。




 おわり


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