呪医師(のろいし)キョウコの二刀流

山岡咲美

呪医師(のろいし)キョウコの二刀流

 住宅街にあるその小さな自宅兼診療所にはそこをたよって地域の人々が事あるごとにやって来る。


「あら、またなんですか浮木うきさん?」


 患者、浮木乙人うきおつひとの姿を見つめ、白衣を着たあごのラインくらいのショートカットの女性医師、野呂今日子のろいきょうこが赤いアンダーフレームのメガネをかけ少し困り顔で笑った。


「すっ、すんません、今日子先生、また腹が……」

 浮木乙人は太ってはいるが筋肉質の男だ、それが弱々しげに診察室の椅子に座っている。


「注意してくださいよ、食中毒だって十分大変な病気なんですから」

 野呂今日子は診断もそこそこに処方せんを書き始める、最近よく来るのでなれたものだ。


「すんません、俺、結婚するまでは結構頑丈な胃袋もってたんですが……」

 腹の痛みに耐えながら、最近やけに腹を壊すと困惑顔だ。

 

「どこか外で悪い物でも食べたんですかね?」

 野呂今日子は少し含みを持たせた言い方をした。


「え? どうしてですか?」

 浮木乙人は分かりやすい動揺を見せる。

 

「だって奥さんの妻子さんお料理上手じゃないですか、妻子さんの手料理でこんなにもお腹を壊すなんて事はないでしょ?」

 浮木乙人の妻、浮木妻子うきつまこは野呂今日子の高校時代の後輩だった、この住宅地の物件も彼女の紹介で借りたもので元診療所で少し古いが医療機器も残っていた優良物件だ。


「そっ、そうですかね……」

 腹の痛みのせいか別の何かかのせいか浮木乙人は顔が青い。


「そうですよ、だって同じ物を食べてる筈なのに妻子さんは無事で旦那さんだけ何度もおなか壊すなんて、おかしいですよ」

 野呂今日子は家の外に原因が有ると浮木乙人に伝える。

 

「そ、そうですね…………」

 浮木乙人は思い当たるふしがあるのか、黙り込む。



 二人の話が途切れ、沈黙が続く……。



「まあ、いつもの漢方薬を出しておきますから直ぐ治ると思いますよ、でも外での食事には十分気をつけてくださいね」

 野呂今日子は次の患者さんの事を思い、話を終わらせた。



「はあ、分かりました…………」



 浮木乙人は「トボトボ」と診察室を出て行った。



***



「乙人さんまた来たんですか?」


 診療所の開業時間が終わる頃、浮木乙人の妻、浮木妻子がやって来た。


「ええ、まあ……ね……」

 野呂今日子は少し困り顔でそう言った。


「乙人さん何か言ってました?」

 浮木妻子は悲しい顔でそう言う。


「いえ、なにも言ってはなかったわ……」

 野呂今日子は浮木妻子の事を想い取り繕う。


「今日子さん、いえ、呪イ凶子のろいきょうこ様……また呪いのお仕事お願いします」

 浮木妻子は静かに決意し医師、野呂今日子改めて呪い師、呪イ凶子に依頼をする。


「でも妻子さん……」


「お願いします凶子様!」


 浮木妻子は学生時代から言い始めると人の話は聞かない。


「……分かったわ、ある意味これも人を救う仕事、私の仕事だものね」



 彼女には二つの名前と二つの仕事があった。



***



 診療所の奥は彼女の住居となっている、そのキッチンで医師、野呂今日子としては不本意な仕事を呪い師、呪イ凶子は始めた、とりあえずメガネは黒ぶちにかえて気分を出す!


「医者としては受診料もらう時に心苦しいのよね、コレ……」

 呪い師、呪イ凶子は鍋の中に、トカゲの尻尾、ミミズの腸、マンドラゴラの根、ピーナッツ、アサガオの花を入れ「グツグツ」と煮て煮汁を取り出し、そして最後にアマガエルの涙を一滴ひとてき垂らした。


「はい妻子さん[ネクタイに「シュ」するだけで夫が浮気相手の家でご飯を食べたら安全にスゴクおなかの痛くなる呪いの香水]よ」

 かなりピンポイントをついた呪いの薬(香水)が出来上がったようだ。


 小さな香水の瓶にはピンクのリボンまでかけられ、呪いの薬とは程遠い呪い師、呪イ凶子(野呂今日子)の少女趣味が無意味にそそがれている。


「ありがとう凶子様」

 浮木妻子はそれを嬉しそうに受け取り大事そうに手の中に包んだ、何だかこの子の愛は痛い。



「そう……どういたしまして……」



 あの樽型マッチョにそんな価値が? と呪イ凶子(野呂今日子)は思った。



***



 彼女には二つの名前と二つの仕事があった。


 一つは人を救う医者、野呂今日子としての顔


 一つは人を呪う呪い師、呪イ凶子としての顔


 この二刀流は野呂今日子の医者としての心を激しく疲弊させた。





「今日は甘いもの食べて寝よ」

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呪医師(のろいし)キョウコの二刀流 山岡咲美 @sakumi

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