二刀流の男

鯨ヶ岬勇士

二刀流の男

 男は焦っていた。彼は剣豪として名を馳せ、数多くの弟子を持った剣士だった。今日は一刀流の名手との対決。今後の剣客としての名声は今日で決まるだろう。


 これまで様々な剣客と戦ってきた。飛び道具を使う者、奇天烈な武器を使う者、はたまた大勢で一人に打ち込んでくる卑怯な者——そのすべてと戦い、戦法家としての知略と剣豪としての膂力を活かし、そのすべてに討ち勝ってきた。それにもかかわらず、男はひどく焦っていた。


「刀を忘れた」


 男は禅に基づく教えを説いたり、風景を描いてみせたりと多才な面を弟子たちに見せ、弟子たちは彼の一挙手一投足にどのような意味があるのかと考え、目を皿のようにして見ている。


「これから取りに戻ろうかな」


 無理だ。今回の決闘の先は離島で、船で戻るには時間がかかりすぎる。その上、実はすでに遅刻しているのだ。決闘の前に昼寝して、目が覚めたときには時間はとっくに過ぎていた。


 そのとき弟子には——なんて言ったか慌てていて憶えていないが——それっぽいことを言ったので、二度同じ手は通じないだろう。


「どうする」


 目の前に着々と迫ってくる島、遠目でわかる赤鬼のように怒った相手、後ろから突き刺す弟子たちの憧れの視線。もう逃げ場はどこにもない。覚悟を決めるしかない。


 船が島に着いたとき、男は船の櫂を二つ手に取り、両手に持って構えて見せた。


「二刀流、ここに完成したり!」


 自分は何を言ってるんだ。男は自分で言った出まかせに困惑した。


「何故、刀を持っておらん!」


 相手の顔は血管が怒張し、今にも爆発寸前だ。男は背中に流れる冷や汗を悟られぬように笑ってみせた。


「我、無刀の境地に達したり」


 本当に何を言ってるんだ。それなのに弟子たちは今もきらきらと輝いた目で男を見つめる。


「なんて凄いことを言うんだ!」


「師匠はやっぱり凄い!」


「刀を極めたものに刀はもういらぬということか!」


 弟子よ、それ以上喋るな。男の頭はもう真っ白だった。だが、これではもう後に退くことはできない。これで押し通すしかない。


 男の名は宮本武蔵——巌流島の決闘が、今、ここにはじまる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

二刀流の男 鯨ヶ岬勇士 @Beowulf_Gotaland

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説