二刀流

惟風

二刀流

 こんばんは。

 え? イヤイヤ、今日が初めて。

 普段からここの前の道をよく通っててさ、気になってたの。駅からちょっと離れてるのに、えらくオシャレな店があるなあって。

 マスターもお若そうに見えるし、やっぱり若者向けのお店かな? ちょっと場違いかしら。

 そんなことない? はは。ありがとう。

 おじさん、明日こっから遠いとこに行くことになって、最後の夜だしって勇気を出して入ってみたとこだから、そう言って貰えると嬉しいね。

 いやあ、思ってたより店内広いんだねえ。内装もシャレてる。まだ時間早いから人いないけど、もうすぐいっぱいになっちゃうんじゃないの? 平日はそうでもない? じゃあ気後れせずゆっくり飲めるかな。

 おじさん普段はこういうバーじゃなくて“飲み屋”って感じのとこしか行かないからソワソワしちゃうよ。

 あ、ゴメンゴメン注文ね。どうしようかな、えっとね、入り口にオススメって書いてあったマンゴーのやつ頂戴。

 いつもは一杯目がビールで、その後はずっと焼酎とかウイスキー飲んでるんだけど。

 今日はさ、ここで過ごす最後の日だから。いつもはしないことをちょっとしてみようかなって。


 ああ、甘いお酒も良いねえ。

 おじさん、お酒も好きだけど甘い物もそれなりに好きなのよ。二刀流、なんて今は言わないのかな。

 そうそう。プロ野球でよく聞くよね。ピッチャーもバッターもすごいなんて、天は二物を与えるんだなあ。本人もそりゃ努力してるんだろうけど、元々の才能が無かったら無理だから。

 まあおじさんもう四十も半ばだけどね。頑張ってるとこなんだ、新たな才能を開花させられないかなって。


 仕事? ああ、害虫駆除みたいなことしてて、今日そこ辞めたの。まだ次決まってないから実は無職。

 まあこの年までイロイロ頑張ってきたからさ。それなりにアテはあるから、あんまり焦ってないんだ。

 独身で身軽だし。

 うん、いや、女はいたよ。いたんだけど。ソレも今日いなくなっちゃった。

 金も仕事も才能もないおじさんについてきてくれるわけナイんだよね。

 いやいやいや、マスター謝らないで。自分から話したことだから。未練も無いの。強がりじゃないよ?

 ついでだし、最後まで聞いてくれる? あ、じゃあ次はジントニックお願い。


 おじさん仕事辞めたって言ったけど、全然円満じゃなくてわりと揉めてさ。

 二十年以上勤めてきたとこで愛着もあったんだけどねえ。長く働いてると、自分の限界ってのが見えてくるの。もうこれ以上、伸びしろ無いなって。

 このままやっていっても、いつか追いつけると思ってた先輩や追い越してやるって睨んでた同期に、いつまでもかなわないだろうなって。

 そしたら、部下とか後輩とかが向上心で目を輝かせてるのが羨ましいやらイライラするやらで。お前達もどうせいつか天井にぶつかるんだぞ、ってね。

 マスター見たところまだ二十代でしょ? だからまだピンと来ないかもね。

 それで、何か人間関係もギスギスさせちゃって。

 自分より上の世代は現場から退いて、若手育成なんつってたけど。そういうのには興味持てなかった。

 で、ふと、今やってることとは別の方向で自分の才能が伸ばせないかなって思いついたの。

 ホラ、さっきの野球選手の二刀流みたいにさ。

 攻めるが頭打ちなら守る方もやってみたらカッコいいじゃんって。

 そうそう、年齢を言い訳にせずに、思い立ったが吉日でチャレンジしてかないとね。

 でも、残念なことに職場からは総スカン。

 外法を使うなどまかりならん! なんて言葉遣いホントにする人初めて見たよ。上司なんだけどね。あ、元上司か。めちゃくちゃ怒られちゃった。

 え? 何の話かって? だから、おじさんの仕事の話。言ったでしょ。お仕事って。

 人間にとって害になるモノを退治したり、排除したりする業務。オバケとか妖怪とか魔物とか、世間一般では色々呼び方があるかな。

 でさ、その害になるモノを養殖して手懐けて、ソイツにおじさんの代わりに働いてもらえないかなあって思っただけなんだけどね。

 外法の意味? うんとね、髑髏とか使って色々する感じのコト。

 過去にもそんなことやろうとして失敗した奴等が大勢いたらしい。

 でもさ、やってみなきゃわからないじゃん?

 いくつになってもチャレンジ精神って大切だよ。マスターもそう思うでしょ?

 次は何を頼もうかな。オススメ他にある? あ、じゃあそれ頼むわ。


 ああ、コレも美味しいね。飲みやすいからハイペースで飲んじゃうよ。危ないねえ。

 それで、ケンカ別れするみたいに職場飛び出してさ。でも思いついたら自分のやり方で最後までやってみたくて。

 ちょうど、何年か付き合ってた女がいたから。ここの近くに住んでて。

 仕事クビになっちゃったーって言ったら、アンタの暴走にはもう耐えられないつって振られちゃって。もうコレでお別れなんだったら、最後にもらおうかなって。

 、後片付けしてきたとこなの。


 はー、さすがに飲みすぎたかな。おじさんこう見えて量はあんまり飲めないんだよ。

 色々ペラペラしゃべっちゃったなあ。聞いてくれてありがとね。そろそろお会計お願い。あ、こういうとこではチェックって言うんだっけ?

 もう、マスターそんな顔しないで。やだなあ、冗談だよ。今までの話ぜーんぶ冗談!

 オトコマエが台無しだよ? マスター、顔立ちだけじゃなくて頭の形も整ってて綺麗だね。

 もしまた縁があったら、よろしくね。

 じゃ、ごちそうさまでした。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

二刀流 惟風 @ifuw

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ