破滅の刃、名探偵と言うなかれ

夜野 舞斗

散歩をしていただけなのに

「いやぁあああああああああああああああっ! だ、誰かっ、助けてっ! 誰かぁっ!」


 最近、少々体重が気になって、学校に行く前に散歩をすることが習慣になっていた。今日もまた朝の空気が気持ち良い。そう思い、深呼吸をしたところで人の悲鳴が響き渡る。

 公園の中には、戸惑って動かない人ばかり。こういう時に僕が動くしかないと、公園の中を走っていく。血が放つ鉄分のような臭いを辿りながら、被害者の元へとたどり着いた。

 被害者、僕より少々年を取っているであろう二十代の女性が噴水の前で膝をついて、腕を抱えている。手で腕にある傷口を抑えているが、血は止まらない。手が紅色に染まっていく。


「大丈夫ですか? ええと、あっ、そこの緑の服の人! 警察に! 髭もじゃのおっさんは救急車に連絡してください! 急いでっ!」


 取り敢えず、被害者の女性が腕から血を流して泣いているのを確認し、一息ついた。不謹慎かもしれないが、生きていることには間違いない。死体ばかり見ている人にとっては、こうやってぎゃんぎゃん泣いてくれてるだけでも安心するものがある。

 すると、皆も集まってきてくるから指令を出した。「誰か」とお願いするのはダメだ。「誰か」ではなく、いいと思った人の特徴を口にして選んだ方がいいのである。

 本来なら怪我をしている人がいるのだから、言われずとも素早く動けよ、と言いたくなるものの仕方がない。人って、いざとなる時動けない。何かをしようとする前に頭が固まって、脳が指令を送ってくれなくなる。助けた方がいいと分かっているのに、動かないのだ。

 だったら、緊急事態に慣れている人が率先して動いた方が良いに決まっている。僕は動きついでに、彼女の腕を斬り裂いた犯人について尋ねていく。


「こんな時にすみません……誰に襲われたか、分かりますか?」

「そ、それが顔は見てなくて……ジャンパーを羽織っていたのだけは確認できたけど……そうだ。犯人は急いでトイレに入ってったわ」


 彼女は公衆トイレを指差した。すると、今まで動かなかった男性の一人がそちらへと駆けていく。


「あっ、もしかしたら武器を持った人がいるかもしれませんっ! 気を付けてください!」


 いちいち言わなくてもと疎まれるとは思う。だが、僕は注意をしておいた。後悔をしても遅い時があるから。人が傷付いてから、後悔なんてしたくないから。

 確認は彼等にお願いして、僕は彼女に更なる情報を聞き出そう。


「どういう風にやられたかとかは言えますか? もし、覚えるならでいいです。後で実況見分する際役に立ちますし」

「随分と……慣れてるのね」

「はい」


 一応、殺人事件に巻き込まれることが多いトラブル体質を持っている。探偵の真似事をしたくなくても、対処がうまくなってしまう。

 彼女は一息入れた後に語った。


「で、いいかな?」

「いいですよ」

「犯人は二刀流だったの……!」

「へっ!?」

「二刀流だったのよっ! 気分転換に歩いてたら、いきなり襲ってきて、一本目の尖った刃みたいなものは避けたんだけど、二本目の長い刃物みたいなものに当たって」


 二連続攻撃にやってきた、とのこと。

 ちんぷんかんぷんだった。

 犯人が何故二本も凶器を携帯しているのかがそもそも謎だ。通り魔事件であれば、普通は一本刃物で襲うだけ。わざわざ二本も装備して、それだけ人を傷付ける快感を得たかったのだろうか。

 通り魔のやることは納得できない。そう考えるしかないのか。

 僕が理解しようと困惑していたところで、トイレに行っていた人が戻ってきた。


「トイレに二人いた! ジャンパーを被った男だ。女子トイレの方には誰もいなかったみたいでな」


 ジャンパーの男は迷惑そうに「俺は何もしてないッスよ!」と叫んでいる。その割には服が水でびしょびしょだ。何をしていたのか。

 そのやり取りについては連れてきた男が説明してくれた。


「ああ、こいつ連れてくる時に水道で手を洗ってたみたいで……で、刃物は何処なんだ? まさか、トイレで流したのか?」

「知らないッスよっ! 人が斬られたことすら、今知ったんですって!」

「何で人が斬られたって知ってるんだっ!」

「捕まえる時に話してたッス! 言いがかりはやめてくださいッス。その前に刃なんて持ってないッスから」


 その時、ジャンパーのチャックが怪しく煌めいた。ジャンパーのチャック……尖らせるのは難しいな。

 それ以外に何の怪しい要素もない。被害者の女性は「この人……かどうかちょっと分からないです」と困惑している。

 

「他に何か」

「それよりも体が寒い……何だろ。毒でも刃の中に入れられたかも」

「えっ?」

「何だろ。体が麻痺する感覚って言うのかな……寒くて寒くて仕方がないの」


 非常にマズい。劇物でも塗られていたら、厄介だ。とにかく早く救急車が到着しないかと待ち侘びていた。

 しかし、来ない。朝の通勤ラッシュに巻き込まれていると言うことだろうか。早くしないと彼女が……。

 そんな彼女の震えと同時に何かが落ちた。服から手帳のようなもの。彼女はすぐにこちらへ手渡してきた。


「だ、ダメかも……ここに一応、血液型とかは書いてあるから……」

「は、はい。救急隊員に伝えておきますが……大丈夫ですからね……」

「もし……私が死んだら、貴方は犯人を探してくれるのかしら、その時は名探偵ね……!」

「起きてくださいっ! 大丈夫ですからっ! 大丈夫ですか……!」


 彼女は目を閉じた。震えが収まって、動かなくなる。まだ息はあるのだ。

 これを殺人事件にしないためにも早く救急車よ、来ておくれ。

 探偵はこういう時、何もできない。探偵は、命を救えない。謎を解くだけの自分に腹が立った。

 僕がしたいのは、人を助けること。謎を解くこと。

 二刀流でいたい。殺人事件が起きるのだけを待っている最悪な探偵なんかに、謎を解くことしかできない探偵になんか、なりたくない。

 絶望最中、誰かが叫んだ。


「おおい、道を開けろっ! 救急車が来たぞっ!」


 彼女をすぐ引き渡せるよう、準備をしなくては。そんな時、人が大きく動くものだから誰かが僕にぶつかった。そのまま僕はバランスを崩し、女性を放ってしまう。女性は誰かが受け止めてくれたものの。

 僕はそうはいかなかった。

 ここは噴水前。体をその中へとぶち込んだ。一旦、頭を冷やす状況となり、その中で目にしたものがあった。

 ……真実が見えたっ!


※ここからが解答編です。


「おーい、大丈夫かっ!?」


 男に心配された僕はすぐさま噴水から顔を出した。びしょ濡れになった体を水から出し、女性が救急隊員に連れて行かれる姿があった。

 いけない。

 僕は制止を掛けた。


「待ってくださいっ!」


 救急隊員がこちらに「何だね」と目を向けてきたものだから、答えてあげた。


「彼女には今から警察の見分がありますから」

「この状況が分からんかね。怪我を治す方が先だろう?」

「では、その前に傷口をここで確認させていただけませんか? それで通り魔の事件は解決しますから」


 僕はそのまま運ばれている彼女の体を叩く。


「起きろ。この事件、アンタの狂言なんだろ?」


 険悪な雰囲気に包まれる。怪我人になんてことを言うんだとこちらが睨まれている。しかし、真相を明らかにしよう。しなくてはならないのだ。無実の人が疑われようとしている前に。


「最初にトイレへ逃げたってのもおかしかったんだ。二刀流で刃に毒を塗った犯人が返り血を拭うために逃げた。探偵漫画だったら、そりゃあ犯人を絞るためにそういう展開になるかもしれない。だけど、現実は違う。探偵漫画じゃないから犯人は逃げることに集中するはずなんだ」


 僕は探偵でないから、ピンと来た。彼女の証言には辻褄が合わないことが多いのだ。

 通り魔と言うのは犯人が分からないという利点がある。だから捕まりにくい。それなのに、どうしてトイレへ逃げる必要があるのか。

 僕は推理を続けていく。


「それにこの公園にいた人の数を見れば、分かるよな? 人込みの中でグサッと刺す。誰もいない場所でグサッと刺す。それならば、通り魔も自分の正体を知られず逃げれる。けど、こんな目立つ場所で二刀流なんてものを使うのは全く不合理的なんだよ。この人数が多いけど、人込みになっていないような公園。ここだったらランニングで走ってる人もいるし、すぐ捕まる可能性がある。小さなナイフだったら、刺してすぐに捨てられる。だけど、長い刃物だとグサリ。引き抜くのにも時間が掛かって、逃げられないし。そのままにすると証拠が残る」


 僕が推理を詰め込んでいると、とうとう彼女は起きた。被害者を自称する彼女は救急隊員を驚かせる迫力で返答した。


「適当なこと言って!? それは全部可能性でしょっ!? 本当に刃物でグサリってやられたのよっ! 被害者なのに何で責められる必要があるの!? いっつも責められてばっかりでうんざりなのよっ!」


 悪いが、証拠もなく責めている訳ではない。僕は一欠けら噴水から取り出した。噴水の中でこれを見つけたから、推理を披露したのだ。


「ガラスの欠片。これでアンタは自分を傷付けたんだ。で、水の中に隠した。噴水の中なんて誰もみないし、血さえ拭けば目立たない透明のガラスだから見つかることもないと思ったんだろう。僕の言ってることが可能性か、事実か傷口を確認すれば分かる」

「あっ……それは」

「アンタは目立つためだけにこの狂言を起こした、違うか。二刀流の通り魔と言えば珍しくて世間は震えあがるだろうな。被害者の自分がちやほやされると思ったんだな」


 彼女は去り際に罵倒された。


「ああ、もう、最悪! 最悪! 折角せっかく、人が痛い思いまでして目立とうとしてんのに! アンタばっか目立って……探偵のふりなんかして目立って鬱陶しいのよっ! 馬鹿野郎!」


 どうだっていいか。


「そう……か。じゃ、これは返しておくよ」


 僕は元気であろう彼女に手帳を投げ返してやった。彼女の手帳は少しだけ目を通していた。

 手帳の裏が少しベトベトしていた。シールらしきものが切り取られた痕が、今の惨状を物語っている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

破滅の刃、名探偵と言うなかれ 夜野 舞斗 @okoshino

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ