『脳髄の旅』

石燕の筆(影絵草子)

第1話 ピエトロに捧ぐ

ある高速のサービスエリアで拾った男は全身傷だらけ。 汚い縫いあとが身体中にみみず腫れのように走っている。


聞けば臓器を売り歩くから、仲間内からは『肉屋』と呼ばれてるらしいが、ピエトロという通り名がついているらしい。

そうなるとこやつの脳ミソは、どんなになっているか、無性に私は見たくなった。


ピエトロは無口なやつで、面白がって軽く叩いたりつねったりするといやがるので退屈な旅には持ってこいだった。 かつてサーカスの軽業師をやっていたらしく身のこなしは猿のようだった。 私はいつ死んでもいいと思っていたが、いい相棒ができたのでもう少し長生きすることにした。



ピエトロの身体は特殊な身体でなぜか内蔵をとってもまた同じ場所に失った臓器が再生する仕組みになっていた。 どんな仕掛けがあるのだろう。 それはわからない。 ただ、なぜか脳ミソだけは売らないらしく、聞けば脳ミソは取り出すのに頭蓋を開かなくてはならないので面倒という理由らしい。



開いてみれば簡単で、ドアを開閉するぐらい簡単だった。 しかしながら、ピエトロの頭は、普通に開いたのでは開かない。 夢想の極致に達しなければ開かないのである。 そしてようやく開いたときには百年の歳月を使い果たしていた。 日本大陸は破断し、ばらばら死体のように個々が独立している。


どこもかしこもが、暗黒街のように荒れ果てた無法者の巣である。 老体に鞭を打ち、私は今も探している。 ピエトロの脳ミソは、いまだ見つからない。 砂塵吹き荒れる砂漠のような海馬をさまよう。


時に、意識の外では、 目の前に白衣を着た何人もの同じような医者たちが無表情で案山子のように立ち尽くし、 根っこが生えるのではないかと思うくらい微動だにせず、 黙々と男のデータをとっている。

バインダーにはさまれた汚れ無き少女のように白いケント紙には、 『変化無し』 とある。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『脳髄の旅』 石燕の筆(影絵草子) @masingan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る