Awake

# misery side



ベイカーが帰ったあと

ミザリーは一人ソファーに沈んでいた


半年前、ミザリーが機械の身体として目覚めてから

ベイカーはミザリーの身体のことを調べていた


それも今日で一通りは終わったようだった

仕組みや構造は培った知識によりベイカーでも理解できる部分が多かったがネックな部分はやはり動力となる部分の事だった


なんでも心臓に当たる部分

〈ブラックボックス〉とベイカーは呼んだ

そこに動力の秘密があるらしいが、下手に手を出せるような箇所ではないと


今は後回しにすることにした

と言うよりそうするしかなかったらしい



今日も、外へは出なかった


目覚めてからのミザリーは外出もせず

他の人々との交流を絶っていた


理由は明白だ


機械の身体になってしまった彼女を

村の人々が受け入れてくれる保証なんてなかった


義手や義足ならまだ理解はあるだろうが

全身となると、とてもじゃないが理解を望めるものではない



ベイカーが村の人々にミザリーは三年前に大怪我をしてしまってずっと家で療養していた


と触れ回っていたらしくこの家にミザリーがいることを不思議に思う人はいないようだった


死んだと言う噂もあったらしいが

あの騒動の中では人の生き死にを明確に

誰もが認識しているはずもなかった


アリス・リードウェイが姿を消したことも

ベイカーが同じく、ミザリーが良くなったけど看病疲れしたアリスは王都のほうに慰安がてら旅行に行ったと触れ回り事なきを得ていた


何の気なしに三つ編みをいじる

ミザリーのヘアスタイルは奇抜で

向かって右側は肩までの長さだが

左側は腰まである長髪を逆さに撫であげ、首元で三つ編みに編み込んである。


服装などにはてんでこだわりを持たない彼女の唯一のこだわりだった


その三つ編みをプラプラと揺らしてみる


金色の髪を見ていると思い出すのは同じ金色の髪をした母の事だった


なぜ母は生命を落してまで私の魂を呼び戻したのか


私が母を庇ったのは間違いだったのだろうか


それでも後者の問い、ミザリーは母を庇ったことに対しては間違いだとは思わなかった


だけど、前者の問いに対してはミザリーが答えを出せるものではない



深く息をつき目を閉じた


ミザリーの身体には視覚・嗅覚・聴覚・触覚があり、声を発することもできる


眠ることもできる。


ベイカー曰く、どれも機械学的には難解なことであり動力的な事などに関しても謎しかない


それら不明瞭な点に関しては

「悪魔の魂」という不明瞭な要因を答えにするしか現状ないらしいが


もしかしたらその四感や眠るといったことは

ミザリーの生前の経験則や習慣に基づいたものかも知れない


という事だ。


『……訳わかんないわね』


独りごちた後、ミザリーは聞こえてくる時計の音を数えながらソファに身体を預け眠りについた





その数時間後…





不意に目が覚めた


だが朝が来たという訳ではなかった


なんだかザワつく、異様な雰囲気がする


目を細める、暗さに目が慣れて部屋の中のものが鮮明に映り始める


意識を耳に集中させる、聞こえてくるかすかな物音は風だろうか


いや


【ィ……ァ…】


かすかな悲鳴のようなものが耳に入った



『っ!?…』


ソファから飛び上がり、近くにある両開きの窓を押し開ける


そこからは普段ならば村の灯がぼんやり映るだけのはずだった



違った



うっすらと紅く光っている


見える村からは火が立ちのぼっていた


『…火事?』



ミザリーは良く見ようと窓の外に上半身を乗り出した


その時、気付いた



(屋根の上になにかいる…!?)



ミザリーの家は屋根に雨用に僅かな傾斜がついているもののほぼ四角のシルエットの家だった


だがミザリーの足元に落ちている家の影は歪な形に歪んでいた



気付いたときには遅かった


確認するため顔をあげようとした


その影は窓から身を乗り出していたミザリー目がけて飛び降りてきた



〈ガッ!!〉



頭の上にモロに落ちてきたそれの重みでミザリーは前に転げるように窓の下に落とされた


窓からの高さこそないが、虚をつかれ思考が一瞬止まる


瞬間の停止の後


我に返ったミザリーは一歩目前へと踏み出し、背後にいるそれから距離をとった


低い姿勢のまま振り返る


そこには猿の顔のような、二足で立つ羊の身体のような姿の悪魔が首を傾けてこちらを見ていた


『…はぁ…はぁ…』


思わず呼吸が荒くなる


見たところ、身軽そうには見えるが

腕は人と比べると太く、異様に太い血管の中を血液が脈打っているのが見てとれる


あんな腕で殴られでもしたらひとたまりもないだろう



(…逃げられるだろうか…?)



ミザリーはほんの僅か視線を後ろに向けた


その時、それが一歩踏み出し右の腕を振り上げ、ミザリーの肩に振り下ろした


〈ゴギィッ〉


鈍い音と共に肩に衝撃が走る


『っっ!』


ミザリーはうつ伏せに倒された

顔が地面にぶつかり視界が途切れる



(っ!まずいっ…)



距離を取らなければ、逃げなければと地に腕を突き身体を起こそうとした背中にまたしても衝撃が走った


〈ゴシャッ〉


『っうっ…』


ミザリーの肩を踏み、肩甲骨の辺りを足蹴に地面に押し付けてきた


【ヴヴ…?】


それの口から地鳴りのような声が漏れてきた


不思議そうにこちらを見下ろしている



(起きあがらなきゃ…このままじゃ…)



肩から重さが無くなった


好機かと身体を起こそうとしたが違った



〈ドシャっ!!〉

〈ゴッ…!ゴッ…!〉


肩を踏みつけていた足を振り上げ

それは今度はミザリーの頭を踏みつけ始めた


何度も地面に頭を打ち付けられる

土が顔にこびりついていく


衝撃と共に視界が揺れ動く

脳裏にあの日が浮かぶ



(また…あの日が…くる…)



〈ゴッ…!〉



踏みつける足はまだ止まらない



母の顔が浮かぶ


母の笑顔が


母の声を思い出す



「ミザリー…あなたは強い魂を、優しい心を持った私の誇りよ…」


子供の頃、言ってもらえた言葉を

もう、戻らない母の言葉を


(なんで…こんな奴らに!)



もう何度目かも分からなかった

悪魔はまたも足をミザリーの頭に踏み出してきた





【っ!グァ…ヴ…?】


悪魔が呻きを漏らす


踏みつけようとしたその足を

ミザリーの右手が掴んでいた


『急に…ムカついてきたわ。…人がなにしたってのよ、なんでみんな哀しそうな顔してんのよ…アンタらのせいでしょ!!』


渾身の力を込めて


掴んだ足を思い切り押し上げた



〈ズシャァ〉



勢い余った悪魔は仰向けに倒れた


何が起こったのか理解できぬように仰向けで悶えてい

るそれとは逆に迷いのない動きでミザリーは立ち上がった



顔の土を拭うとその目には鋭い翠色の光が宿っていた



『悪いわね…今気づいたんだけど、私…』



〈ゴッ〉



起き上がろとする悪魔の腹を踏み、動きを抑えながらミザリーは冷ややかに言った



『痛みを…感じないらしいわ!』



腹を抑えつけていた足を振り上げ、お返しだと言わんばかりに今度は顔を踏みつけた


〈グシャッッ!!〉


ミザリーの身体は全てが機械でできているため、見た目よりかなりの重量がある


脚力も機械的なものなのか悪魔の魂に起因するものなのか

相当なものになっているようで、ピンポイントに顔を打ち付けられたら一溜りもないようだった


【ァ…ァァ…】


か細い呻き声を漏らしながら

身じろぎしていた悪魔は

やがて硬直したように固まり

全身が真っ黒に染まり始めた


そしてその黒が全身を覆い尽くした瞬間

割れて弾けて、消えた



『…悪魔が死ぬとこ…初めて見たわ…』



弾け飛ぶ様を見送ったミザリーは

振り返り村の方に目を向け


自分の右手を見つめる


(…守れる…)


鈍色の光が月明かりに照らされている

鋼でできた手を軽く開き



(村を…守る…)


固く握った



目を閉じ

一呼吸置き

目を開いた



翠色の眼光と金色の髪を揺らしながら

ミザリーは村の方へと駆け出した

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My Nightmare 燕尾あんす @ambience1227

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