エレベーターで、温泉に。
@ramia294
その日は、疲れていました。
無理難題と
一人暮らしビジネスマン。
とてもさみしいビジネスマン。
疲労困憊でボロボロの僕が、古びたマンションに帰って来た時には、日付が変わっている事をスマホが教えてくれました。
エントランスから、小さなエレベーターに乗り、8階のスイッチを押します。
この時は、押したつもりでした。
疲れとは、怖いものです。
僕は、エレベーターの中で寝てしまったのです。
ハッと気付くと、階数を示す数字の右肩には、小さなサイズの数字がちょこんと。
指数表示機能があるのかと、感心していました。
しかし、小さなマンションにそんな物、必要でしょうか?
エレベーターの扉が開くと、まるで雲の上にいるような景色です。
『ここは、屋上?』
もちろん、そんな事ないはずです。
一歩、一歩、探るように歩いていくと、水音が、聞こえます。
『小さな噴水でもあるのかな』
このマンションの大規模修繕は、修繕積立金が貯まらず長年やっていません。
設備が追加されたとは、訊いていません。
疲れた日の視界の様な、白く
大きな石が積み上げられた壁面の中。湯気が
「そういえば、お風呂は、まだだった」
僕は、服を脱ぐと、大きなお風呂に飛び込みました。
とても良い湯加減。
疲れなんて、吹き飛んでいきます。
突然、パタパタと音がすると、女の人が走って来ました。
僕は驚きましたが、しっかり後ろを向き、身体を隠す事は忘れませんでした。
僕は、変態さんではありません。
「入っちゃったんだ。これは、失敗したわ」
男の人の裸に興味が、あるのでしょうか?それとも、変態さんでなければ、お風呂屋さんのお嬢さん?
どちらか、分かりませんが、女の人が残念がっていました。
「ごめんなさい」
女の人が言いました。
よく見ると、綺麗な人。
こんな方が、変態さん?
さらに、よく見ると、肩から小さな翼が。
お風呂屋さんのお嬢さんで、変態さんで、天使さんかもしれない女の人は、説明してくれました。
ここは、癒しの湯。
現世で、過労死した人が、あの世に行く前に、心にまで
「亡くなった方専用なのよね。でも、あなたは生きているわ」
何でも、居眠りした僕をてっきり死んだと思い込み、この『魂の癒し温泉』行きのエレベーターをマンションのエレベーターに繋いでしまったようです。
彼女は、自分を天使だと言いました。
「そうですか。間違いでしたか。では、帰ります」
僕が、そう言って立ち上がろうとすると、
「ちょっと待って。ここにレディがいるのよ。あなた変態」
お風呂屋さんのお嬢さんの変態さんの天使さんから、それは、それは、心外お言葉。
間違ったのはあなたでしょう。
「仕方ないのよ、天界でも過労死対応部門は新設なの。天使の数が足りないの」
「それは、たいへんですね。出来ればタオルをお借りしたいのですが」
お風呂屋さんのお嬢さんの変態さんの天使さんは、僕にタオルを差し出しながら残念そうに言いました。
「ごめんなさい。このお湯に、いちど浸かった人は、生きていないと判断されるの」
「?」
お風呂屋さんのお嬢さんで、変態さんで、天使さんの…。
つまり彼女の説明によると、生きているのにこのお湯に浸かったために、僕の肉体は、魂を封じ込める力が無くなり、無理矢理戻しても簡単に魂が抜けてしまいます。
クシャミひとつ、小石につまづく程度のショックでも抜けてしまうらしいです。
現世での生活に支障をきたします。
「この際だから、あの世に行っちゃう?私が交渉して、破格待遇で行けるようにするわよ」
もちろん、即、断りました。
僕の寿命は、まだ残っているようです。
なんと
とにかく、酷い話です。
「そうね。では、天使になる?見習いからだけど。それなら魂を肉体に封じ込める力を持てるわ。正確には、人間のふりが、出来るわ」
ということで、僕は、天使になりました。
もちろん、見習いです。
寿命の残っている人間の生活ももちろん続けます。
肉体が起きているときは、上司のパワハラに耐える勇敢なビジネスマンとして時間を過ごします。
肉体が眠っているときは、お風呂屋さんのお嬢さんで、変態さんで、僕の指導員の天使さんのセクハラ発言に耐えながら天使修行です。
どうして、たいへんな生活を続けるのかって?
だって、お風呂屋さんのお嬢さんの変態さんの天使は、とってもキュートです。
僕は、人間なので、恋をします。
魂が、肉体を離れている間は、幸せいっぱいです。
恋するビジネスマンには、人間と天使の二刀流なんて、へっちゃらです。
終わり
エレベーターで、温泉に。 @ramia294
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