死ぬときはひとりぼっち(2)

「宿題はやってきたか」と村上は吉田に尋ねた。


「もちろん。考えてきましたわ」と吉田は答えた。


一週間前の部会で今日のお題となる作品のタイトルは告げられていた。最初は吉田から発表をする。


21世紀末、地方の小さな町に老人が住んでいました。老人は90歳、平均寿命が伸びた21世紀末でも、いつ死んでもおかしくない年齢です。老人には家族がいません。友人もいません。一人で生活しています。老人は気が付きます。俺、死ぬときはひとりぼっちだな……と。


老人は思います。どうせひとりぼっちで死ぬならば、何をやっても同じだ。ならば人々の記憶に残ることをやって積んでいこう。しかしこの老人にいいことをやったりすごいことをやったり意外なことをやって人々の記憶に残るというのは無理な話だ。 こうなったら悪いことでも不名誉なことでも迷惑なことでも何でもやって人々に嫌われて恨まれて死んでいこう。


老人は自分の思いつく最悪なことを考えた。 東京に行って、電車や地下鉄で暴れよう。テロだ。 何をしていいかわからない。 何ができるか分からないけどとにかく東京で騒げばニュースになる。 田舎で何をしたってニュースにはならない。 東京のど真ん中で権力者たちがいるすぐ近くで何かすればどんな些細なことでも報道され自分の名前が日本中の人々の目につく。


こうして老人は東京に行った。東京に行ったものの何をしていいかわからない。 ポリタンクを持って地下鉄に乗り込んだ。 テロを起こすと言っても危険物を作る能力や、買う能力もない。糞尿を撒き散らすかと思ったが糞尿を集めたり溜めるのも汚くていやだった。何よりも衝動的に出てきたので準備する時間がなかった。


ポリタンクに少量の水を入れて、これが猛毒や爆発物だったとしたらどうなるかと想像する。 そんな想像をしながら地下鉄に乗った。


そこで老人の予想にしていないことが起きた。 本物のテロリストが犯行予告を出し、 そしてテロ事件を起こした。 東京のあちこちで爆発が起きた。 負傷者や死亡者も出た。犯人はいまだにわからない。 ポリタンクを持った老人の画像がネットで拡散された。 ネットでは犯人の一人ではないかという噂が立った。 こうして老人の期待どおりのことが本当に怒った。 日本中の関心がこの老人に集まった。


老人はこれからどうするかを考えた。 逃亡をするか、自首をするか。逃亡してもじきに捕まるだろう。 もしかしたら捕まる前に本当の犯人が見つかるかもしれない。 本当の犯人が見つかったところで自分はまた忘れされるだけだ。 捕まったところで長い取り調べの後に解放されて自分が犯人だと分かると忘れ去られる。 どちらにせよ再びひとりぼっちで死ねと言う未来が待っている。


老人は別の道を選んだ。 ロープを持ってビルの屋上に向かった。 都内の大通りに面する目立つビルだ。 老人はビルの屋上にロープをくくりつけた。そして群衆の注目を集めて死のう。インターネットで多くの人の注目を注がれながら死のう。老人は決意をして飛び降りた。しかし縛りが甘く、ロープが解けた。老人はビルの体は自然落下し、誰の目も届かないビルの隙間に着地した。老人は息絶えた。結局、死ぬときは一人ぼっち。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

タイトルしか知らない小説のストーリーを想像する会 九夏三伏 @NwxRFU

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る