翠さん

「え? 翠さん? 久し振り!」


 知ってる顔だった。

 俺の声を聞いて立ち止まった彼女は、そのままゆっくりと振り返る。その顔を見て、見知った顔だったので胸をなで下ろしながら数歩近寄って笑いかけた。

 彼女は数年前、急に音信不通になった友人だった。

 拉致されたとか、実家に帰ったなんて話から「背負っちまうぞおじさんに連れて行かれた」なんて馬鹿馬鹿しい都市伝説の仕業だっていう話まで出ていた。

 彼女とは二人で出掛けたりしていたし、友達以上恋人未満だって勝手に思ってたから、理由はどうあれ、そんないい感じの相手と急に連絡が取れなくなって数ヶ月ヘコんだりしたんだ。でも、こうしてまた出会えたことに浮かれて、後先考えずに声をかけてしまった。

 翠さんが俺のコトをめちゃくちゃ嫌っていて音信不通になってたらどうしよう……と不安だったけれど、こちらをゆっくりと振り向いた彼女の表情はとても穏やかなもので安心した。


「ああ、久し振り……」


「急に連絡取れなくなっちゃったから、ビックリしたよ。何してたの? 背負っちまうぞおじさんのせいだーなんてやつもいてさあ」


 俺の質問に対して、桜の花びらみたいに小さくて綺麗な唇の両端を持ち上げて曖昧に微笑んだだけだった。

 脈なしか? と思ってがっかりしていると、彼女は悪戯っぽく笑いながら口を開いた。


「背負っちまうぞ」


 その声はくぐもっていて、野太くて、まるで中年男性のような声だった。

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背負っちまうぞおじさん こむらさき @violetsnake206

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