第28話

 ラブホテルの一室で、僕と篠崎はベッドに腰をおろしていた。

「どうしたの?しないの?私の事好きなんでしょ?」

 篠崎はゴロンとベッドへと横になった。僕は篠崎の顔を見た。天井をぼんやりと眺めている。

「俺の事はどうなんだ?好きなのか?」

 僕は聞かずにはいられなかった。

 篠崎は「うーん」と少し考え「好きよ」と言った。

 篠崎が本心でない事くらいすぐにわかった。

「嘘つくなよ」

「清水君は、私にあなたの事が高校の時からずっと好きで、忘れた事はないですと言って欲しいみたいだけど、残念だけどそれは無いよ。私はあなたみたいに、何でも心の内で解決する人、今はあまり好きじゃないの。ただ、私の事好きなら、セックスくらい、いいかなって思うだけよ」篠崎は半身を起こし、僕を見つめ微笑んだ。

 僕は黙った。

「すぐ傷つくから苦手なの。繊細すぎるのよ。私あなたみたいな人を良く知ってるわ。いい事を教えてあげる。あなた私の事、一度だって好きになってなんかいやしないのよ。あなたの心が作った都合のいい私が好きなだけよ」

 僕はそれを聞くと頭に血が上り、立ち上がった。僕が5年間どんな気持ちでいたのか、あの苦しさが思い込みだなんて・・・。

 でも図星だった。

 篠崎はさも、つまらないものを見る目で僕を見た。僕が何度も思い出す目ではなかった。

「君の言う通りだ。ただ高校の時は君の事、好きだったと思う」

「私も・・・。嘘っぽいけどこれは本当よ。でも今はそうじゃない。人は変わるもの。あなたは変わってないけど、私は変わらなくちゃいけなかった。ずっとセンチメンタルに浸っている暇なんてなかったのよ。高校の時の私の気持ちなんてあまり覚えていないけど、でもね。あなた、一度だって私の事見てくれなかったのよ。それは凄く覚えてる。多分これからもそう。私たちはそういう関係から抜け出せないのよ」

「ああ」

「清水君、あなたには、本当に捨てれないものが他にあるんじゃないの?」

 ミサの笑う顔が心に浮かんだ。

「そうだね。篠崎、ありがとう。会えて良かったよ」

「そうね。もう会わない方がお互いのためだと思うわ。残念だけど・・・」

 僕は部屋から出る前に篠崎に言った。

「篠崎、あの日君が言った事だけど、人の夏は短い、子供に繋がなくちゃいけないって言ったよな。篠崎、夏が終わって秋が来ても冬が来ても、また春が来るよ。君自身にも春が来るよ」

「ふふふ」と篠崎は笑って「清水君にもね」と言って柔く笑った。


 ホテルから出ると日は暮れていた。僕は歩いた。何も考えずただ歩いた。まるで体が勝手に動いているようだった。僕の足が止まったのは、ある小さな狭い砂浜だった。月が出ていた。僕は何でこんな所でこんな事しているのかわからなかった。でも心にあった何かが取れていた。鉤針だ。僕は胸を触った。鉤針が取れ、篠崎の記憶が心の奥に沈殿し溶けていくのがわかった。


 5年間の苦い恋煩いが今終わった。


 その時、電話が鳴った。ミサからだった。

「もしもし」

「もしもし、私です」

「うん、元気にしてるか?」

「はい。先輩は元気なさそうですね」

「そうでもないさ。今は実家か?」

「はい、色々と相談しようと思ったんですけど、何も言えてません」

「なあ、俺には言ってくれないのか?」

「あまり迷惑かけたくなくて・・・」

「何言ってるんだ。言ってくれ。たまには俺にも迷惑かけてくれよ」

「先輩、私妊娠したんです」

「えっ」

 僕はスマホを思わず耳から外した。駄目だ。駄目だ。呆けてる場合じゃない。

 僕は「明日。駅のホームに9時に必ず来てくれ。直接話そう」と叫ぶように言った。

「わかりました」

 電話は切れた。

 すると、直ぐ様、電話が鳴った。ミサと思い急いで画面を見たら吉井だった。

「おぅ、どうだった?」吉井が伺うように言った。

「彼女が妊娠した」

「えっ、篠崎がか?」

「いや、玉野だよ」

「えっ、突然だな」

「いや、俺の勘が悪いだけ。いくらでも気付く場面はあったんだ。俺はずっと自分しか見ていなかった。なあ吉井、こんな俺が親になれるかな?情けないよ」

「清水よ。それでもミサちゃんはずっと側にいてくれたんだろ。情けなくても、勘が悪くても、そんな奴の側にさ」

「ああ」

 僕は、それがどこか当然のように思っていた。そんな事は絶対に無いはずなのに。

「人生は情けなくて、苦しい事の連続だよ。それでも側にいてくれる人がいるのは幸せな事だよ」

「ああ」

 僕の目に涙が滲んだ。ミサだって情けない時、苦しい時があったはずだ。俺は側にいてやれただろうか。

「篠崎の事は方がついたんだろ?それなら今はミサちゃんの事を考える時だよ」

「ああ、吉井ありがとう。今までごめん」

 僕の目から涙がドボドボと出た。

「親友だろ?」

「ああ、親友だ。さすが、バツ一の言う事は説得力がある。涙が出る」僕は照れ隠しに言った。

「うるせぇ」と吉井は笑った。


 今すぐミサに会いに行こう。


 僕は走った。今度は僕の意思だ。僕は走ってミサの実家へと行き、ミサに電話をかけた。するとミサが玄関から顔を出した。僕は急いで彼女へと駆け寄り「結婚してください!」と汗を流し、息も絶え絶えに頭を下げた。

 彼女は驚いたが「仕方なしですよ」と微笑んだ。

「鈍感で情けなくて、ごめん」僕は謝った。

「いいですよ」

「自己中でごめん」

「いいですよ」

「夢や希望を持てない奴だけど、ごめん」

「いいですよ」

「けれど、夢ができたよ。これから絶対に幸せにします」

「ありがとう」

                               

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君と夏の終り 北乃イチロク @rokurange

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