世界舞台裏劇場 ~神のおわす舞台裏~
彰名
第1話
ブラウン管でできた正方形の箱には、見所のない映像が映し出されている。他の箱庭の様子を映し出す、この舞台裏における唯一の娯楽。人間の言葉を借りるなら、ライブビューイングというやつだ。
「……相変わらずつまらないなぁ、私ならもっと派手で魅力的な舞台にできるのに。あの老いぼれ創造神が早く引退して、私に箱庭の所有権を譲渡してくれないものか……」
だけど最近の箱庭はどれもこれもつまらない。型に嵌り切っているというかなんというか…脚本も、演出も、役者(キャスト)も、何もかもパッとしないのだ。他の神々はよくこんなつまらない舞台を延々と見続けられるものだ……感性が既に死んでいるのかも知れないな。
ここは人間たちが呼ぶ所の、神の世界。全ての世界・物語はこの世界で創造神によって作られ、娯楽として他の神々の見世物となる。観客のいなくなった舞台……箱庭、とこの世界では呼ばれている……は破壊神によって、跡形もなく壊される。そして創造神はまた、新しい箱庭を作り出す。そうして、この世界は何千、何億年も廻り続けている。
かく言う私も、箱庭の持ち主にして物語の作り手、創造神の1人だ。つい最近創造神の養成学校を首席で卒業し、補佐神をスキップして自分の箱庭を持つことを許された、言わばエリート創造神さまだ。
ただ、今は箱庭の中の物語を進める手を止め、他の創造神たちの箱庭で繰り広げられている物語を、ブラウン管越しに覗き見ている。何か刺激になるものがあるか、とほんの少しだけ期待したのだが……ダメだった。老いぼれの凝り固まった舞台はやはり参考にならないね、時間のムダだった。
ドンドンドン !ドンドンドン !
私がため息をついていると、部屋の扉が強く叩かれる音がした。ノック、という感じではなさそうだ。私が入室を許可するより先に扉が開けられ、音を立てた者が入ってきた。
「創造神様 !第三幕の脚本はまだ書き上がらないのですか !」
「劇場の外で、次回作を待っている神の皆様がクレームに集っています !」
「せめて !せめて次回公演の日程だけでも我々にお伝え下さい !」
悲鳴にも似た声をあげて詰め寄って来たのは、創造神の補佐を担当する新米神たちだった。いやまぁ、私も創造神歴で言えば彼らと同期ではあるのだけれど。やれやれ、またうるさいのが増えた…。
「あのねぇ君たち、私がどうしてこんな劇場の地下、暗くて狭苦しい空き部屋に篭っているのか、分かって言っているの ?」
「「「原稿に詰まった貴方を逃がさないようにするためです !!」」」
私がため息を一層大きくしてから聞くと、補佐神たちは声を揃えて理由を答えた。
そう、私は今、脚本執筆に煮詰まっていた。エリート創造神たる私にとって初めての、スランプというやつだ。
面白い脚本が全く、何も、思いつかない。手がかりすらも掴めない。それで他の箱庭に遊びに行って、インスピレーションを養おうとした所、補佐神たちに見つかってこの独房のような空き部屋に押し込められたのである。当初、部屋には机とペンとインクしかなかった。食事は3食毎日与えられるから、軟禁状態ではあるのだが……仮にも上司に対する扱いなのかと疑ってしまうね、全く。
「そう、私は今、空前絶後のスランプに陥っている !面白いものが何一つ書けない、駄作小説家も同然 !ならばもう少し、私をいたわり、創作意欲をかき立ててくれるような環境を用意して然るべきではないかね、君たち ?」
「急に芝居がかった口調になるのやめてください、神生(じんせい)最大にムカつきます。前回公演からどれだけ時間が経ったと思ってるんですか ?約半年ですよ、約半年」
「我々は他の創造神様にもお仕えしている身でありますゆえ、貴方にばかりかまけている時間はないのです。喋っている暇があったら、脚本を書いてください」
「うっ、厳しい言葉の嵐…ここに私の味方はいないのか……」
三人の補佐神のうち二人が鋭い言葉の数々を私に浴びせてきた。彼らとしては、私が書けなかろうと自分たちの業務に支障をきたさないのであれば構わないのだろう。
すると、残りの1人の補佐神がため息をつきながら口を開いた。
「いつまでも次回作を先延ばしにしていると、箱庭の所有権を他の創造神様に奪われてしまいますよ ?」
「!」
私はその言葉を聞いて背筋を伸ばした。他の創造神に箱庭の所有権を奪われる。それはすなわち、私が作った世界を好き勝手に使われるという事だ。三流の物語を完結させるためだけに。
「それだけはダメだ。嗚呼、何があっても阻止せねばなるまい。わかったよ諸君、原稿はちゃんと書くからせめて私の自室に帰らせてくれないかい ?そろそろふかふかのベッドが恋しいんだ、本当に」
ようやっとやる気を出した上司に、補佐神たちはほっとしたようだ。だが、私の自室に戻りたいという言葉を聞いた瞬間、一瞬だが確かに表情を凍らせた。
何かやましいことでもあるのか…… ?まさか、私が軟禁されていた約半年の間に、部屋を売り払われたとか ?
「……非常に申し上げにくいのですが……本公演の赤字で背負った借金で、ほぼ全ての家具を差し押さえられてしまいまして……貴方様の部屋は今、もぬけの殻でございます」
補佐神の1人が、言いづらそうに事実を突きつけた。……この場合は部屋が残ってるだけマシ、と笑えばいいのだろうが……。
「……。マジ ?」
「「「マジです」」」
スランプ状態で情緒不安定な私には、若者言葉で聞き返すしかできなかった。補佐神たちは、若者言葉で返した。
元・マイルームに空き部屋から運び込んだ机や布団などなどを補佐神に設置させた後、私は再び1人で原稿に向かっていた。他の箱庭の様子を映す箱は片付けさせた。
しかし……うん、やはりスランプに変わりはない。何も思いつかない。このままでは小壺に入れた新品のインクが干からびてしまう。
何か、ほんの少しのきっかけさえあればぶわぁーっと物語が舞い降りてくる気がするんだけどな……。
コンコン。
マイルームの入口たる玄関の扉が、軽くノックされた。
こんな時間に……この舞台裏において時間の概念はあってないようなものだが……誰だろう ?私はペンを机に置いて立ち上がり、玄関の扉を開いた。
目の前には、黒い長髪を下ろし、白く上品なワンピースに青いカーディガンを羽織った若い女性の姿があった。
「これはこれは、珍しいお客様だ……【創造神Y】。私に何か御用かな ?」
我々創造神に固有名はない。世界の箱庭を生み出し、管理する者は匿名であるべし、とかなんとかいう古き神々の教えに基づき、イニシャルで呼び合うのが通例だ。アルファベットやギリシャ文字、様々なコードネームが使われる。
養成学校を首席で卒業した私に与えられたイニシャルは「A」。全科目の成績がA++だったことに由来するとか、しないとか。
そして、私の目の前にいる創造神Yのイニシャルの由来は、彼女が管理する箱庭がTRPGの世界観の一つとして普及している世界における、作者のペンネームに由来するらしい。
「そろそろ原稿に行き詰っている頃かと思ってね、
創造神Yはくすくすと笑いながらこちらを見つめ、許可してもいないのに私の部屋に上がり込んでくる。私が尊敬する数少ない先輩神の一人だ。丁重にもてなそうと紅茶と茶菓子を探したが、キッチン用品も諸々差し押さえられたのを思い出した。
「それはそれは……ご心配に及ばずとも、今に貴女の箱庭を超える舞台を生み出して見せますとも」
「それは楽しみ……随分と殺風景な部屋なのね、ミニマリストだったかしら ?」
「えぇ、昨今の現代社会を舞台とした箱庭で流行っているようなので取り入れてみたんですよ。私の箱庭も、似たような世界を舞台にしていますから」
創造神Yからの指摘を華麗に躱し、私は白紙のままの原稿用紙を引き出しにしまった。
「ふうん……っと、雑談をしている時間はあまりなかったのだわ。本題に入るわね。第二幕に出てきたあの幽霊の子……肉体は残っているの ?」
「零也くんのことですか ?ええまあ、箱庭の過去の時間軸から持ってこられなくもないですが……」
「あの子の身体、ちょっと貸してほしいの。次の公演の登場人物の外殻にしたくて」
零也くんの身体を創造神Yの公演の登場人物の依代に……か。そんなに見た目が気に入ったのだろうか。一応、彼はあの箱庭で生まれ、死んだ人物だから厳密には私の管轄外なんだが。
「分かりました。時間がある時に回収させましょう」
「お願いね。あと―この子も。第三幕以降に登場させる予定なんでしょ ?」
創造神Yは続けて、一枚の写真を私に見せてきた。そこには、黒髪をツインテールにして真っ黒な瞳をきらきらと輝かせ、アイドルのような衣装を身にまとった少女が映っている。
「おっと、その情報はまだ公にしていないのですが……どこでそれを ?」
「ふふふ、秘密♡ 長く創造神をやっていると色々な権限を行使できるのよ」
「なるほど。いいでしょう、ただ彼女の身体はもう少し必要になるので、役目が終わり次第貴女の所に送りますね」
「公演が決まったら招待券を送るわね。あなたの舞台の参考になるといいけど」
創造神Yは私の質問をひらりと躱し、頼み事を追加した後に立ち上がった。多忙な彼女のことだ、脚本作成または箱庭の再構築に戻るのだろう。風の噂で、元々彼女が作った世界にコズミックホラーな要素を加えた箱庭を新たに管理することになったと聞いたことがある。今はそれの準備に追われており、私への依頼もその一環、と言ったところだろう。
「ありがとうございます……ところで、ずっとお聞きしたかったのですが、何故その年代の彼女の姿なのですか ?」
私は彼女が去ってしまう前に、出会った時からずっと気になっていたことを尋ねた。
今の彼女の姿は、彼女の箱庭に必ず何らかの立ち位置で登場する女性を模したものだ。最初は妙齢の女性だったが、次は年端も行かぬ少女。最近は十代後半の少女の見た目になっている。
我々神という生き物は、必ずしも人間体である必要性はない。創造神は執筆と舞台運営さえできれば、霊体であっても構わないのだ。神性の低い補佐神などは、箱庭の住人である人間から自分と波長が近い者の肉体を依代にしているようだが。
私の場合は趣味で人間に近い見た目を取っている。白髪に銀色の瞳、男とも女とも取れないような肉体。もちろん全て自分で考えた。誰かのマネなんてナンセンスだ。
すると、創造神Yは振り返って笑って見せた。
「今の所この見た目の”彼女”は登場させない予定だから、よ。新しい箱庭では、昔の彼女に近い姿になってもらうつもりだけどね」
先輩創造神がいなくなってから、再び私は原稿用紙とのにらめっこを始めた。数少ない理解者との会話は確かに私の心を潤してくれた……のだが、相変わらず新作のアイデアは浮かばない。
机の前でうんうん唸っていると、部屋に私とは別の誰かの気配が増えたのを感じた。具体的に言うと、人1人分の体感温度が上がったのを察知した。
背後に現れたそれに目を向けると、少し古めの黒い外套に身を包んだ人物が立っていた。男とも女ともつかないその人物は、身の丈以上もある大剣を背負ってなお、平然とたたずんでいる。その大剣を振るって、数多くの箱庭を破壊してきたのだろう。
「今日は珍しい客がよく来るね。スランプ気味の創造神である私に用があるとは思えないけど?勲章複数持ちの破壊神さん?」
彼(便宜上そう呼ばせてもらう)の名は【破壊神】。役目を終えた箱庭を破壊し、次の新しい箱庭を創造するための材料を回収する役割を担う神だ。彼には私が初めて作った箱庭を彩るために力を貸してもらい、今でも協力関係にある。
私が声をかけると、彼はゆっくりとこちらに歩いてきた。
「別に……たまたま近くを通りかかったから、立ち寄っただけのことです」
「君、相変わらず堅いねぇ。私より100年以上もキャリアが上なんだから、もっと見下してくれても構わないのに」
「見下したらさらに上から見下してくるのが貴方でしょうに…」
私がおどけて見せるが、破壊神は無反応だ。近寄って、机の上に置かれた白紙の脚本を見つめてくる。目は見えないけど。
あの破壊神には自分を着飾る趣味はないだろう。仕事が趣味、と自分で言っていたくらいだから。だけどこうして、私の前に現れる時は人型に近い姿でいる。彼にも私と友好的に会話する気は少なからずある、と勝手に解釈している。
「今日はどんな箱庭を破壊してきたの?」
「影に近しい魔物と、陰陽術に似た超能力を得た人間が戦う世界です。箱庭そのものの寿命が近かったため、魔物を無限に増やし、人間社会を飲み込ませる形にて」
「さすが、勲章複数持ちは破壊のプロだね」
「仕事ですので」
私が称賛すると、破壊神は声色を変えずに淡々と返してきた。退屈な反応だなぁ、相変わらずの仕事バカっぷりだ。
すると、破壊神は外套の下から古い紙を紐綴じにした書物を机に置いた。
「…箱庭から持ち帰ってきた書物です。別の箱庭から移されたらしい者が綴った日記のようで、箱庭の様子が細かく記されてあります」
別の箱庭から移された者…?ふぅん、私と同じことをしている創造神が他にもいたんだ、知らなかったな。ちぇっ、新しい試みかと思ったけど先神たちの二番煎じだったか。
「でも、なんでそんなものを私に?」
「……あなたが脚本執筆に苦戦していると、他の神たちが噂していたのを聞いたので」
「ふむ…ありがとう、参考にさせてもらうよ」
どうやら気を遣わせてしまったらしい。キッチンが残っていれば美味しいお茶を振る舞ったのだが、生憎と差し押さえられてしまっているため、補佐神から差し入れにと貰ったお菓子を手渡す。破壊神は受け取るのを躊躇っていたが、十数秒後に包み紙を開いて口にお菓子を含んだ。ほぅ、というため息が聞こえた。お気に召したようだ。
客人の反応に満足した私は別の箱庭の記録物に目を通す。ふむふむ…執筆者は私の管理する箱庭と近しい、現代日本出身の少女か。ある日突然別の箱庭に飛ばされ、そこにいた別の自分と入れ替わり、影のような魔物との戦いに巻き込まれた、と……。
世界観は明治後期から大正前期の日本に近いようだね。舞台は京都付近に作られた大都市、四方を高き壁で覆われた閉鎖都市か…。
少女が飛ばされた箱庭の世界観に関する描写に触れた瞬間、私に脳があれば天啓が下されたような衝撃が走った。
いわゆる、インスピレーションの爆発というやつだ。破壊神にはお礼を言わなければ。
「おぉぉぉ…きたきたきた、降りてきた…!そうだ思い出した、被検体05と06を箱庭に投じる前に、あの6人で何か別のことをやらせたいと思っていたんだった…!パラレルワールドなんて何番煎じかも分からないが、これは革命を起こせるに違いないぞぅ…!早速草案を書き起こして、新しい箱庭の所有権を要求せねば…!!」
私はインスピレーションの赴くままに筆を走らせ、脚本を書き上げていく。創造神の権能の1つ、高速執筆をフル活用しているため、みるみるうちに原稿が埋まっていく。嗚呼、これではインクが足りないな。補佐神たちに補充を頼まなければ。
「新作が思い浮かんだのですか?」
「あぁ、神代史上最高級の名作だ!あの子と彼は別々にするとして…うん、彼女はやはり参謀役が似合う……あの子にはこの箱庭でも癒しであってもらわねばな、固定ファンがついているようだから……そうだ、この時代設定であれば歓楽街もあって然るべきだろう、この際あの子にもそういう役割を与えれば…ふふふ、面白くなりそうだ!あとは彼と彼の戦いを最大の見せ場として……」
破壊神の言葉に簡単に応じつつ、私は執筆を進めていく。嗚呼、次から次へと展開が思いついていく…!この感覚は、最初にあれこれと箱庭の設定を考えていた時のそれと同じだ…!私には見える、新人エリート創造神たる私に与えられたオンボロな小劇場で、数少ない好事家の神たちがスタンディングオベーションで拍手喝采を浴びせる光景が…!
インクが完全になくなった瞬間、新作のあらすじと簡単な人物設定が完成した。私史上最長の長編舞台となるぞ、これは。
「ありがとう破壊神くん、早速これを提出して新たな箱庭を手に入れてくるよ!」
「はぁ……お力になれたのなら僥倖です」
私は書き上がった脚本と設定資料をカバンに詰め、六畳一間のワンルームを飛び出した。破壊神はその名に似合わぬ優しい声で、私を送ってくれた。
「さぁ、新たな舞台の幕を開こうじゃないか…!この箱庭の物語は、神代を揺るがす超大作となる!タイトルは―『帝都人鬼伝(ていとじんきでん)』!」
創造神は全神共通の権能の1つ、飛翔をもって神のおわす舞台裏を翔けた。新たな舞台の準備を整えるために。
世界舞台裏劇場 ~神のおわす舞台裏~ 彰名 @akina3115
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