The Dearest Days

芦葉紺

終焉

 一月はあなたと出会った月。

 二月はあなたを好きになった月。

 三月はあなたが初めて笑った月。

 四月はあなたと桜を見た月。

 五月はあなたが眼鏡をかけ始めた月。

 六月はあなたと雨に濡れた月。

 七月はあなたと長引く梅雨の終わりを待った月。

 八月はあなたと海に行った月。

 九月はあなたと恋人同士になった月。

 十月はあなたと初めてのキスをした月。

 十一月はあなたの秘密を知った月。


 十二月は、あなたと、お別れする月。


 あなたと出会ってから、わたしの一年はあなたに染め上げられてしまった。

 それはきっと幸福なことだ。でも、あなたがいなくなったあと私は一年中桜が咲くたびに、梅雨が来るたびに、海を見るたびに、あなたを思い出して泣いてしまうんだろう。


 小さい頃は一年が今よりも長く感じていたものだけれど、大人になった今、一年は振り返ってみればずいぶん短い時間で。

 あなたとの想い出も、ずいぶん短い間のことのように思われる。


 あなたに会いたいと、すぐ隣にあなたが眠っているのにふと思う。


 十二月三十一日。今までは見るともなしに歌番組を流し夜更かしした日だけれど、今日は違う。

 次に朝日が昇ったら、あなたは私の隣からいなくなる。


 大切な人はみんな、わたしを置いていく。別れにはとっくに慣れ切ってしまったはずなのに、頬を涙が伝う。

 離別は、運命だ。


 朝に弱いあなたを起こしておはようのキスをする。

 あなたが好きな茶葉の紅茶を淹れて、フレンチトーストを焼く。


 ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ特別な朝だ。これからも普通の日が続いていくんだ。そう思いたかったけど、ポットを持つ手が震えたしフレンチトーストは少し焦がしてしまった。二人分のお皿を出してくるときなんか、これが最後だと思うと泣いてしまった。


 それでもあなたはいつもと同じ笑顔を見せるから、余計に辛かった。


 あなたと出会った駅に行って、まだまだ咲かない桜並木に行って、たくさん写真を撮った。

 帰り道はあいにくの雨だったけど、あの日と違って傘があった。


 そして、夜が来る。

 わたしたちは小さなかばん一つでヨーロッパのどこかへ向かう国際線に乗り込む。


 離陸してみるともう戻らなくてもいいと思っていた地上が少し恋しい。

 だ円の窓から見る夜景はとてもきれいだけど、どこまでも透明なあなたの横顔はそれよりずっときれいだった。


 これは永遠に続く自転への、わたしたちのささやかな抵抗。


 対流圏の真ん中で、最後のキスをしよう。

 わたしたちの十二月を、体に刻み付けるためのキスを。



 十二月は、あなたと、お別れした月。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

The Dearest Days 芦葉紺 @konasiba1002

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ