闇の力

「ちょちょちょ、人目が!」


 少女――神楽杏にいきなり抱きつかれたわたしは、おろおろしながら彼女に抗議した。周りの好奇の目が痛い。一般オタクのみなさんがうれしそうにこっちを見てるよ!

「ああ、ごめんよ。その黒髪のサイドテールがあまりにも魅力的で……。確かにこんなところで抱きつくのは人目につくね。喫茶店にでも移動しようか。ここは秋葉原だし、そういう店には困らないだろう」

「や、メイド喫茶とかはちょっと……」

 一度行ったことがあるが、まさに今さっきの神楽かぐらあんずがしたように抱きつかれてぐちゃぐちゃにされたので、二度と行かないと決めている。

「大丈夫、普通の喫茶店もたくさんあるからね」


 ということで嫌々連れてこられたのは、よく地下アイドルやバーチャルユーチューバーが運営と揉めていることで知られる喫茶店だ。なんでこんなところを選んだ?

「パフェとか食べたくないかい? いや、ボクが食べたいんだ。付き合ってほしい」

 異様に積極的……。

「まあいいけど……」


 そうして運ばれてくる季節のパフェ(秋なので桃がメインのやつである)とアイスカフェオレが2つずつ。わたしのようなぼっち少女には経験したことない展開だ。

「んーおいしい、桃がみずみずしくて甘くて、でも甘すぎない」

 確かにこれはおいしいかも……。生クリームやアイスクリームの味が桃の風味を殺さないように工夫されている。掘り進めると桃のゼリーが出てくるのも嬉しいところだ。カフェオレでときどき口をリセットしながら食べるといい感じだ。


「ちょっとは笑顔になってくれたかな?」

 パフェに集中力を奪われていると、(自分も集中してパフェを食べてたくせに)杏がそんな感じで話しかけてきた。食べ物に釣られてしまった……。

「ま、まあ……」

 納得しがたいのがわたしである。


「で、あなたはなんのつもりなんですか?」

 エインセルも久々に出てきた。やっと会話できる感じになった、という安堵というよりも苛立ちが声から察せられる。

「いやあ、ほんとはリデルにほとりさんを行動不能にしてこいと言われてたんだけど、こんなかわいい女の子と喧嘩するなんて実際ありえないでしょ」

「リデル?」

 知らない名前だ。

「こっちの世界のテロリストですよ。魔物を《召喚》している張本人です」

 極悪人だった。

「いやそれは……、まあいいか。そうだったんだけど、ほとりがかわいくてやる気なくなっちゃった」

「ほとりさん、油断しないでください。口ではなんとでも言えます」

「むう、信用ないなあ……。当たり前か。じゃあいろいろ情報をあげるよ。これで信用してくれとは言わないけど、足しにはなるだろう?」


「まずは、闇の魔法について。闇の魔法は空間魔法だ。周りの空間の魔法を封じてしまう。そして、その空間にいる生命体の魔力を少しずつ吸収することができる」

「性格の悪い魔法ですよ。だからこちらの世界では厳しく規制されているのです」

「でも、エインセル、キミは持っているはずだよね、闇の魔法を無効できる属性――光の《魔宝石》を」

「ええ、そうですよ。使い手はいませんけど」

「ほとりさんに使わせればいいじゃないか」

 黙って話を聞いていたら、唐突にこちらに話題が向いてきた。えっ。

「でもわたし、炎だし」

「ほとりさんの魔力なら問題なく扱えると思うよ」

「一人で複数の《魔宝石》を扱うなんて、前例がありません」

「大丈夫だよ。ほとりさんは、光の魔力も、何ならエインセルが持ってる他の《魔法石》も扱える」

「どうしてそんなことがわかるの?」

「それはまだ内緒。でもわかるんだ」

 えー……。


「そして、実験の場もあるよ。次の《魔物》が出現するのはいまから2時間後。場所はここ、秋葉原」

「私もまだ掴んでいない情報を……!」

「そうじゃないとお土産にならないからね。ボクはほとりさんに協力したいんだ」

 本当に、敵のはずなのに異様に協力的である。わたしに惚れたから、で片付けていいんだろうか……。


「ボクも《魔物》と戦う。ボクは闇の魔法少女になるから、ほとりさんは光の魔法少女になってほしい。さっき言ったとおり、炎の魔法少女じゃ一緒には戦えないからね」

「そうやって裏切る気ですか?」

 エインセルはまだ神楽杏のことを信用していないようだ。

「そんなことはしないよ。わざわざそんなことをしなくても、倒したいならさっきやってるからね」

 悲しいけどたぶんそうなんだろうな……。

「じゃあ一緒に戦うことにする。そうするしかなさそうだし」

「ありがとう、ほとりさんはエインセルと違って物わかりがいいね」

 物わかりがいいわけではなく、どうしようもないだけである。



 ――2時間後。

 炎の魔法少女フォルムになったわたしは神楽杏に連れられて、路地裏に来ている。人影はないが、そんなに奥深くに来ている訳ではないので人が通りがからないかは少し不安である。予定通りエインセルから光の《魔宝石》を受け取って、光の魔法少女になる予行演習も済ませているので、今日のわたしは二色魔法少女である。

 杏によると、今日出る《魔物》はウシ型で、氷属性の魔法を使ってくるらしい。ネズミの次にウシというのは、なんとも安直なことである。今回は楽勝らしいので、コードネームは特につけられていない。

「きた!」

 予定通りの場所に、予定通りのタイミングで現れるウシ型の《魔物》。わたしを見つけるやいなや、拳大の氷のつぶてをこちらに撃ってきた。

「《燃えさかる火炎フィアンマ》」

 このくらいの氷魔法を蒸発させるのはたやすい。


「きょうはボクもいるよ」

 闇の魔法少女の杏がわたしの後ろから出てきて、闇の領域を展開。半径15mほどの範囲が薄暗くなり、わたしの魔力も吸われていくようになる。

 《魔物》が動揺して杏の方に氷魔法を撃とうとするが――

「無駄だよ。闇の領域の中では、氷の魔法は使うことができない」

 魔力は発散し、魔法は消えてなくなってしまう。


 このままでは、わたしの炎の魔法も使えないが。

「ほとりさん、光の魔法少女に変身です!」

「言われなくても」

 黒と赤を基調とした炎の衣装から、薄い黄色を基調とした光の衣装に切り替わる。ミニスカセーラーだった炎と違って、光は落ち着いた雰囲気のあるドレスである。露出が控えめなので安心感がある。

 光の魔法少女になったことにより、闇の領域に魔力が吸われることがなくなった。

 闇の領域を展開している杏と、魔法が使えなくておろおろしているウシの《魔物》。そして、フリーのわたしという状況である。


 《魔物》もすぐに体重を生かして物理で戦えばいいことに気づき突進してくるが、もう遅い。

「《浄化の光プリジア》」

 闇の中でも輝くまばゆい光が《魔物》を包み込み、消し去ってしまった。光の魔法、実際に使うのは初めてだけど、一撃必殺とはすごい威力だ。


「やったね」

「今回は半径1kmが焦土にならずにすみましたね」

「うん……」

 前回も相当余裕を持った勝利だったが、今回は《魔物》に何もさせない完全勝利だった。これが闇の魔法……。もしも杏がこれからも手伝ってくれるのなら、今後の《魔物》との戦いは楽になりそうだ。


「ところでほとりさん、一つお願いがあるんだけど」

「なに?」

「ほとりって呼び捨てにしてもいいかな?」

「うん。杏」

「ありがとう、ほとり」

 などと友情を深めていたところ。


「誰だ!」

 突然杏が声を上げた。杏の視線の先を見ると、走り去る少女が。

「あれ、うちの中等部の制服……?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

一人五役魔法少女 いかずち @Ikazuchi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ