もうひとりの魔法少女

 初めての戦いから一夜明け、土曜日の朝がやってきた。きのうは長い一日だったなあ……。家に帰ったら謎生物がいて、魔法少女になって魔物と戦闘。あまりに現実味がない。夢だったんじゃない?

「おはようございます。私は夢じゃありませんよ」

 本来の口調で話すようになったエインセルが否定してくる。本来のキャラに合うようにか、銀髪ツインテールで敬語を話すキャラクターのフィギュアに乗り移っている。

「だよね」


 寝起きに誰かと話すなんていつぶりだろうか。一説によると朝に人と話すことは健康にいいらしいので、よいことだ。まあ普段は朝じゃなくても人と話さないけど。

 コーヒーを淹れながら、朝ご飯用に買い置きしている菓子パンを用意する。大事な成長期の身体にこの食生活はどうかとも思うのだけれど、これ以上手間をかけようとすると逆に朝食抜きになってしまうのだ。ものぐさな自分が恨めしい。


「ほとりさん、本日の予定はいかがですか?」

 チョコスティックをはむはむしていたらエインセルが話題を振ってきた。

「んー、特にないかも。暇だからバイトを少しやるかも」

 実は休日に予定があった試しはない。


「それなら、お仲間を探しに行きましょう。昨日さくじつほとりさんにお渡しした炎の《魔宝石》のほかにも、氷、風、雷、光の《魔宝石》が残っています。先方が作る《魔物》もどんどん強くなっていくでしょうから、こちらも戦力を増強すべきです」

「でも、人を探す方法が皆目見当もつかない」

「そこは私にお任せを。魔力が高い人はこちらで探せます。最初に探したときはほとりさんの魔力が目立ちすぎて他がよくわかりませんでしたが、今ならほとりさん以外でサーチできそうです」

「じゃあ、お願い」

「バイトのほうはよろしいのですか?」

「貯金あるから大丈夫」

 日本円の貯金ではなく、進捗の貯金である。日本円の貯金もあるけど。あらかじめたくさん仕事をしておいて、ちょっとずつミーティングで報告しているのだ。

「それならサーチしてみましょう。えーと、これをこうして、こんなもんかな。サーチ発動、えいっ」

 そんな感じのノリなんだ……。

「なるほど、魔力反応を見つけました。今度は東側ですね。さっそく行きましょう」



 ――ということで電車に30分ほど揺られ、秋葉原にやってきた。わたしのような人種には、渋谷よりか遥かになじんだ街だ。どうせ来るなら売らないといけないゲーム持ってくればよかったかなあ……。

 秋葉原まできたのはいいし、エインセルのおかげですぐに魔力持ちが見つけられるのもいいのだけれど。どうやって声を掛けることになるんだろう……。

 エインセルの先導で電気街口から出て、中央通りの方に向かう。渋谷に行ったときと同じく、この浮いているフィギュアは一般人には見えていないようだ。便利な仕組みだね。


「むうん、このあたりだと思うんですけど……」

 末広町付近まで来たところで、先導していたエインセルが足を止めた(浮いているが)。

「このあたり?」

「そうだと思うんですけど、わからなくなってしまいました……」

 そう言いながら周りをきょろきょろするエインセル。


「きみ、かわいいね」

 立ち止まっていたら声を掛けられてしまった。ナンパ?

「ごめんなさい間に合ってますこっち見ないでください」

 反射的にそう答えてしまったが、よく見たら相手はわたしと同じくらいの年齢の女の子だった。ただちんちくりんのわたしに比べるとだいぶ大人っぽい感じで、金髪の髪が腰まで伸びている。土曜日だというのにセーラー服を着ている。私立?

「いや、そんなんじゃないから。安心して」

 キョドってたら冷静に諭されてしまった。いやでも突然話しかけてきたそっちが悪いと思うよ?


「なにかご用ですか」

「用ってほどでもないんだけどね。こうすればわかるかな」

 そういった瞬間、少女の服装が黒を基調としたひらひら服に変わる。炎の魔法少女の衣装に似ている? 魔法少女?

「逃げて!」

 エインセルが叫ぶ。えっ。

「わかってくれたかな? 白凪ほとりさん。なに、今から事を構えよういうわけじゃないよ。そこのフィギュアの子も、安心して」

 そう言いながら少女は元の服装に戻る。どうしてわたしの名前を知っているの?

「ほとりさん、この人は危険です。今のは闇の《魔宝石》の変身です」

 闇の《魔宝石》ってことは、やっぱりこの子は魔法少女!


「安心してって言ってるじゃないか。挨拶しに来ただけだよ。ボクは神楽かぐらあんず。ボクのところにもそこにいるフィギュアの子みたいなのが来てね、闇の魔法少女になったんだ。この世界にもうひとり魔法少女が生まれたらしいと聞いたから、魔力を出してここに誘導したってわけ」

「ということは、味方?」

「そんなわけはありません、闇の《魔宝石》はボクの世界でさえ厳重に管理されているはずのものです」

「うーん、そうだね。ボクにこの魔宝石を渡してきたやつは、世界を滅ぼす手伝いをしてほしそうだった。《魔物》の活動を妨害してくる魔法少女がいるだろうから、普通の属性魔法をシャットアウトできる闇の魔法で抑えてほしいって。でもね」


 杏は一呼吸置いて、いきなり抱きついてきた。えっ。

「ほとりをひと目見てそんな気はなくなっちゃったよ! なんてかわいいんだ! いい匂いもするし!」

 やっぱりナンパだった!

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