初めての戦い

 電車に乗って渋谷駅に来た。ぬいぐるみもついてきていたが、どうやら一般人には見えないようになっているようだ。

「こっちのほうみたいね」

 ぬいぐるみが先導してくれる。ハチ公口からセンター街(人が多すぎて厳しい)を抜け、住宅街のほうに向かっていく。

 あの露出度が高い服装に変身することになるのだから、人通りの少ない方向に行ってくれるのは歓迎だ。別にスタイルが悪いわけではないと思うんだけど、そんなの意識したことがないし……。


「この路地の奥に相手がいるわ。戦いになる前にちょっと作戦会議をしましょう」

「うん、今のままじゃ燃やすしかできない」

「実際のところそれでも勝てそうなのがなんとも言えないわね……。これから私はここを中心とした半径10kmのバックアップを取るわ」

「バックアップ?」

「そうよ。つまり、半径10kmのものはいくら壊しても元通りに戻せるということ」

「それなら全部消し炭にすればいい?」

 たぶんできないけど。

「物騒なことを言う子ね……。ええ、できるならそれでも構わないわ。今回の相手はそこまでする必要ないと思うけど……。

 それに、戦闘時間は1時間以内に抑えてね。バックアップには有効期限がある。1時間以上の戦闘になってしまえば、完全には元に戻せなくなるわ」

「というと?」

「長い間戦闘をしてしまうと、戦闘の序盤の影響がこの世界に残ってしまう。最初に全部消し炭にしても相手だけ生き残ったまま1時間経ってしまったら、戦闘が終わったあともこの周りは消し炭のままよ」

 それはたいへん。


「あと、今回の相手の情報を伝えておくわ。ネズミ型の《魔物》。属性は風。名前は特に決まってないと思うのだけど……、《アルジャーノン》とでも名付けておこうかしら」

「どうすればいい?」

「それこそ全部消し炭にしてもいいし、あなたの想像力に任せるわ。あなたの能力ならたいした問題にはならないでしょう」

 そんな適当な……。

「微妙だけど、とりあえずがんばってみる」


 これ以上のアドバイスはないのか、ぬいぐるみが黙り込んだ。わたしは魔法少女に変身する。やっぱり露出度高すぎじゃない?

 初めての屋外露出にちょっとくじけそうになりながら、路地をそろりそろりと歩いていく。行き止まりになっているところに、《アルジャーノン》はいた。

「!」

 手のひらに乗りそうなほど小さなサイズのネズミだ。ここが路地裏じゃなければかわいいと感じたかもしれない。

「このあたりのバックアップを取ったわ。遠慮なくやっちゃっていいわよ」

 ぬいぐるみからの戦闘開始のOKが出た。


 接敵エンゲージ


 《アルジャーノン》の動きを気にしながら、その周囲が火炎に溢れるようなイメージを練る。そして、放出。

「《燃えさかる火炎フィアンマ》」

 どこからともなく炎が現れ、あまり大きくもないネズミをすっぽりと覆ってしまった。相手が普通のネズミだったらもう絶命しているはずだ。

 だけど、《魔物》と呼ばれているだけのことはあって、一筋縄ではいかないらしい。《アルジャーノン》を中心に強風が吹いて、炎をかき消してしまった。

 そのまま《アルジャーノン》自身も風に乗って、建物の上に移動してしまう。風属性、さすがの機動力。わたしも風にしておけば電車で渋谷まで来なくてもよかったかもしれない。


 ただ、向こうから特に攻撃をしてくる様子はないので、移動先を読んで炎を置くイメージで配置していく。FPSでいう偏差撃ちだけど、狙ったところに炎を発生させられるぶんこちらのほうが遥かに簡単だ。

「キエエエエエ」

 見た目はほとんど変わっていないけれど、物理的ではない(魔法的な?)ダメージが蓄積してきたらしく、ネズミが悲鳴を上げる。

 確かにぬいぐるみの言っていたとおり楽勝かもしれない。


「キエッ」

 と油断していたのがよくなかった。《アルジャーノン》のほうから突風が吹いてきて、気づいたときにはわたしの頬に切り傷ができていた。真空の刃、かまいたちのような技か。

 これが戦い。黙って死ぬだけの《魔物》なんて、やはり存在しないのだ。

 ただ、風の魔法でできた傷はすぐにふさがっていった。その代わりに、すこし魔法のイメージを練りづらくなる。自動的に魔力を消費して傷が治った、と考えればよいのだろうか。


 また攻撃されると厄介だから、モグラ叩きのようなちまちまとした攻撃はやめて、大技で決めてしまおう。わたしを中心に、辺り一面がすべて燃え尽きるようなイメージを練る。半径10kmもの広範囲がバックアップされているのだ。遠慮する必要はない。わたしの能力でも、半径1kmくらいを焼き尽くすことはできそうなのだ。

 不穏な空気を察したのか、《アルジャーノン》が風に乗ってわたしから離れていく。そんなことをしても間に合わないよ。


「《噴火エンツィオーネ》」


 その瞬間、辺りが完全に炎に包まれる。いくら風魔法での移動が早くてもこれはどうしようもなかったはずだ。

 証拠に、わたしの隣にぬいぐるみが現れた。


「すごい火力ね。《魔物》が一瞬で溶けてなくなったわ。初めての《魔物》退治おめでとう、そして、ありがとう」

 ぬいぐるみはそう言いながら人型に形を変える。140cmあるかないかの低身長。腰までかかる長い銀髪をツインテールにまとめている。フリルのたくさんついたかわいらしいドレス。わたしの好きなアニメの世界から出てきたような出で立ちだ。これがこの子の本来の姿なのだろうか。その少女は、これまでとは違って、敬語で語りかけてきた。


「白凪ほとりさん、このたびの魔物討伐、どうもありがとうございます。あなたにお任せしたのは、やはり正解でした。私の名前はエインセル。最初のフィギュア、次のぬいぐるみを操作していた本人です」

「成り行きでこうなったけど、アニメっぽくて楽しかった。やっと名前教えてくれたね」

「ええ、私の名前や本当の姿をお見せするのは、このタイミングがいちばんいいと考えていました。この世界に私の姿を投影するのは難しくて、長くはちません。なので、この世界のものに乗り移る形で意思疎通を取っていました。――焼け野原で話をするのもなんですね、まずはバックアップを復元しましょう」

 エインセルがぱちんと指をならした瞬間、住宅街は本来の姿を取り戻した。通行人に見られるとつらいので、わたしも変身を解除する。


「あらためてお願いがあります。今回の戦いで危険を感じることがあったかと思います。今後戦う《魔物》はどんどん強くなっていくでしょう。それでも、この世界のために戦いを続けてはくれないでしょうか?」

 そんなお願いは、されるまでもない。わたしの、アニメくらいしか楽しみのない灰色の世界が、魔法少女という絵の具で色づくのであれば。

「もちろん」

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