第7話 私の答え


 教室に入ると真凜ちゃんは窓際の机に腰をかけて、星空を見上げていた。


 真っ暗な教室に月明かりが差し込んで真凛ちゃんをスポットライトのように照らしている。


 鼻歌を口ずさみながら夜空を見上げる彼女は、まるで別の星にいるお姫様みたいで綺麗なのにどこか崩れそうな儚げな雰囲気を醸し出していた。


 私は息を飲んだ。


 伝えるべきことはもうあって、胸の奥のキラキラが地上に出てきたくてうずうずしてるのが自分でも分かる。


 人生で最も考えた言葉を、私の人生で最も輝いてる人に伝えたい。


 それでも、この光景に釘を刺されたように見入ってしまったのだ。


 真凜ちゃんは目を瞑りながら体を小刻みに揺らす。


 机からはみ出てるすらっとした白い足が揺れるたびにスカートがヒラヒラ踊って意識を削がれる。 


 その一挙一動があまりにも美しい。


 人間はどうやら心から感心してしまうと言葉も出なくなってくるらしい。


 真凜ちゃんの紡ぐ旋律が、変化する。


 ……この曲は…………。


 まるで私の胸の奥に風が吹き抜けたようだった。


 目の前の景色が変わったかのように思えた。


 手汗が滲んで、ズボンをぎゅっと握る。


 そして、タイミングを見計らったように右目だけパチリと開けて私と視線を交わした。


 『分かるでしょ?』


 その自信満々な瞳から私は意味を汲み取る。


 その瞳はただただ綺麗で。


 きっと言葉なんか待ってない。


 私の決意を、意志の大きさを、答えを歌で伝えろ。


 だったら私はそれに全力で答えてみせる。


 心臓の鼓動が、リズムを刻む。


 真凜ちゃん、真凜ちゃん、真凜ちゃん。


 心の中で何回も笑顔がフラッシュバックする。


『ありがとう』


 誰にも気づかないような私の小さな小さな頑張りを、笑顔で讃えてくれた。


『助かったわ』


 大したことなんて全くしてないのに、心の底から嬉しいと思える笑顔を私にくれた。


『私、信じてるわ』


 自分の心と向き合うことに逃げた弱い私に大きな勇気をくれた。


 真凜ちゃん、見てて?


 私の小さくて、きっと輝きも足りない、でも私だけが持ってる特別なスポットライトを貴方に当ててみせる!




『まずは一歩進んでみよう!


 辛くても、苦しくても、きっと楽しくなるよ!

 

 この勇気を僕から君に


 だってそれは、始まりのSTART!


 誰もがきっと持ってる、STAR!』


 歌い終えると真凜ちゃんと目があった。


 真凜ちゃんは机から飛び上がるように着地して私の方に近づいてくる。


 どうだった……かな?

 

 真凜ちゃんのような透明感もなかったけど、誰もが振り返るようなキラキラもなかったけど、それでも『必死さ』だけは伝わったと思う。


 真凜ちゃんが堂々と私の前に立つと、ゆっくりと口を開いた。


「明日野さん……どうしてきたのかしら?」


 その威圧的な物言いに少し怯む。


 それでも、怯えちゃ駄目だ。


 自分の言葉は、自分で伝えないと何も変わらない。


「私、真凜ちゃんと一緒に活動したい。私は、私を変えたいんだ!自分のことを胸張って好きだって言えるようになりたい!」


 私の歌で、私のダンスで、誰かの希望になりたい。


 大切な人を、笑顔にしたい。


 今まで守ってくれた人にありがとうを伝えたい。


「それにね、真凜ちゃん」


 小さく息を吸って、吐いてみる。


 春の冷えた空気が熱を持った脳に染み渡る。やっぱり、このくらいの冷たさがちょうど良い。


 私は真っ直ぐに真凜ちゃんを視線で射抜く。その心臓に私の魂ぶつけたいから。


「私、証明したい。努力は必ず報われるってことを!」


 私の思いが空気を伝って溶けていく。


 目の前の真凜ちゃんの表情は相変わらず硬いままだ。


 …………やっぱり、駄目だったかな……私の思いは伝わらなかったのかな……?


 私の全力の言葉。


 今まで報われなかった物を、無理だと思っていたことに立ち向かうことすら許してくれない……。


 怖くなって、目を閉じた。


 あんなに複雑な気持ちを乗り越えて、ようやく決断したのに、それすらもこんなに軽くあしらわれてしまうのだろうか?


 また駄目だった、黒いモヤが体を覆い隠す。


 また私は私を殺すのか?


 考えを結果で無駄にするのか?


 今日の私を殺したのは間違いなく私だ。


 網膜が焼けそうになった所で、直ぐに下を向いた。


 やっぱり私なんか―――


 


 ふわりと柔らかい何かに包まれた。


「え?」


 状況がわからなくて思わず声を上げた。


 柔らかくて、暖かくて、なんだろう……良い匂いがする。


 うっすらと目を開けてみると、顔の横には麗しい青髪があった。


 もしかして、私、抱きしめられてる!?


 気をつけのままぎゅ―っと体を抱き寄せられている。


 制服越しでも分かる胸の圧力がヤバい……ついでに私の心臓もヤバい。


 ヤバいんだ。全てがヤバい。


「明日野さん……」

「は、ハイ!」


 真凜ちゃんの甘い声が耳元で響いて、背中がゾクゾクする。

 

「私、こう見えて結構傷ついたのよ?私の一世一代の告白を答えもせずに逃げられて……」

「え!?え、え、ええ!?……ごめん」

「だからね、教室に来てくれた時、すっごく嬉しかった。答えはどうであっても明日野さんの足でここに来てくれたことがすっごく、すっごく嬉しかった」


 さらに体の密着具合が増して、私の心臓もあり得ないくらい熱くなってるのがわかる。


 でも、伝わる鼓動は私のだけじゃなくて。


 真凜ちゃんも私に共鳴したように揺れていることがとても嬉しい。


「真凜ちゃん……」

「だからね、もう一度私からも言わせて?」


 真凜ちゃんが手の力をスッと抜くと、私から一歩下がって言葉を紡いだ。


「私と一緒に、活動してくれるかしら?」


 その濡れた瞳はやっぱ潤しくて、でもこれからの期待や熱意でメラメラと燃えていて。


 自信満々に突き出された右手は、やっぱり真凜ちゃんだ。


 私は誰かを笑顔にしたい。


 けど、そのためには私が計り知れない努力と汗を流さなくてはならない。


 挫折に、劣等感に、もしかしたら真凜ちゃんに嫉妬しちゃうかも。


 その他諸々の負の感情を体験するのだろう。


 きっとここは人生のターニングポイントだ。


 そんな予感がヒリヒリと胸を焦がす。


 でも、それでも、私は真凜ちゃんの手を取った。


 もう迷わない。


 いや、迷いようがないのだ。


 辛くても、苦しくても、ただ上を向いて、必死に地上を目指すのみ。


 だって、今の私がもう最底辺だからこれ以上落ちようがないだろう。


「私からも、よろしくね?真凜ちゃん!」


 ぎゅっと握った右手は、初めて握った時と同じようにボロボロで。どれだけ、目の前のスターが輝くために対価を払ったのかが手に取るように分かった。


 だからだろうか。


 ふと思ってしまったんだ。


 このキラキラを二人で探したいって。


  

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Legendary iDOL Project!〜「私、証明したい!努力は必ず報われるってことを!」もし、ダメダメな私がステージで輝くあの子に出会えたのなら〜 ニッコニコ @Yumewokanaeru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ