[後編] 絶対卑屈の高嶺の華
「そうか、逃げられてしまったか……」
「盗撮犯の自宅を見張り続けていれば、いずれ戻ってくるんじゃないか?」
「だと良いんですが、犯人が
「見つけるに越したことはない。か」
「あの、お
※
「ムリ……絶対に無理」
「そんなに嫌なのか……」
「無理よ。だって
どうにもこうにも、後ろ向きな想像力しか働かないせいで彼女は
「だいいち、あたしが出場する事で逃げた盗撮魔がノコノコとやって来るとは限らないじゃない」
「その点は、心配ないかと」
大会に参加したくないために必死に否定する
「単純でチョロかったですし、何より
「な、なんでわかるのよ?」
「この本に
「へ~。面白そう。見せて見せて~」
「勝手に見て良いのか……」
「『義に過ぎれば固くなる』ですよ。お
犯罪者の物とはいえ、思いを綴った品をあずかり知らぬところで見られていると思うと、いたたまれない気持ちも無くはないが、これも盗撮犯を追うための貴重な手がかりということだ。
バレた時は堪忍して貰おう。と
「え~っと……『ああ、
「
人通りがある場所で聞くには恥ずかしい内容に彼は朗読を止めさせる。
「とりあえず、この人が
「かわいそうに……おそらく
中身を知って満足した
「う~ん。だとしたら
「き、きっと何かの手違いよ。でなきゃ、あたしなんかが選ばれるハズがないもの」
不合理な点を
「はぁ……
残念そうに溜息を吐く
「当り前よ。なんなら、あたしの代わりにスッポンでも出場させた方がマシなまであるわ」
「それでも、できれば出て欲しいんですがね」
彼女の低い自己評価よりも
だからこそ
だが……。
「むりむりむり……そもそも、出場辞退したし」
傷つくことを恐れ殻に閉じこもり、出たくない理由を正当化させようと言い訳ばかり重ねる。
「いい加減してくださいッ
そこで業を煮やした
「だいたい、あなたは卑屈すぎるんです。十分、キレイなんですから、もっと自信をもちなさい!」
「や、あたしがキレイだなんて……」
「本心ですから、もう疑うのもやめて下さいッ!!」
叱咤激励。
彼女の
「ほんとう……に?」
怯えたネコのように確かめてくる
「まだ、信じないんですか」
真っ直ぐ向き合われて、こんな風に褒められるとは思ってなかった彼女は、どう言葉にすれば良いかもわからないまま視線を逸らす。
すると。
「あ……ありが、とう……」
無意識に思ったことが彼女の口から出た。
「正直、まだ自信はないけど……でも、
後半になるにつれて声量が小さくなっていったが彼女なりに決意を表明し、ついに承諾を得ると
「では、後は出場辞退取り消しと
「え″ッ⁉」
宣伝されることまで想定していなかった
「当然でしょ。相手はもう
もちろん、それに並行して盗撮犯捜査も行っていくと彼女は付け足し、最後に
「なにか問題でも?」
「…………いいえ」
威圧感ある微笑みに
普段は、のんびりとした雰囲気で口調も丁寧だが、怒らせると怖い……。
※
東京府
日本橋区に店を構える
店舗前には、木製の舞台と出入口だけを布で隠した出場者待合室が設置されており、今か今か待ちわびる観客たち。
その期待感と重圧に耐えかねた
「憤怒のお顔をされている不動明王さま。迷いを打ち砕いてください……障害を取り除きください……願いを成就せしめたまえ……ノウマク サンマンダ バサラダン センダンマカロシャダヤ ソハタヤ ウンタラタ カンマン」
普段以上に念入りに不動尊を彫刻する彼女の背中を見つけると
「こんなところに居たのか
「ひゃいッ!!」
集中していた彼女は奇声を上げて驚くと木材がパカッと割れて作りかけのお不動さまが真っ二つになった。
「アチャラナァァァターッ!!」
無残な姿に慣れ果てた木彫りの明王を前に
「だ、大丈夫か……」
「……心配よ」
そう言いながら
「……覚悟を決めてきたのに不安で不安で仕方がないわ」
「何がそんなに気がかりなんだ?」
「いろいろよ……例えば、こんな風に目立つことしてたら、あたし達のことがバレちゃうんじゃないか。とか」
「この程度のことじゃ明るみにでないだろ」
「あたしだって本当は解ってるわよ、そのくらい……でも、こうしてないと落ち着かないの」
職人顔負けの腕前で不動尊を彫り上げながら彼女は答えた。
「もっと自信を持って生きた方が良いことも理解してるわ……でも、あたしはこういう性分で……変わりたくても変われなくて……それでも必死に頑張って……」
木槌とノミの動きが彼女の弱音に合わせて段々、鈍くなっていくと彼は自分の考えてることを言葉にした。
「俺は、別に無理して自信家になんかならなくても良いと思うぞ」
「どうして……?」
「どうして。って、普段の君は、その性格を生かして
むしろ、二重三重と罠を張り徹底した対策を施すうえに剣のウデもあって一切油断しない非常に優秀な実力者だ。
しかし……。
「過大評価よ。
本人は認めることはないので
「だとすると
「そ、それは……きっと、あたしが何かしら足を引っ張っちゃったに違いないわ」
「なぁ、
突然、彼に名前を呼ばれた。
「なに?」
今度は何を言われるのだろう。と警戒して弱々しい声で返事をする彼女に
「出来ないことや不得手なことは誰にでもあるんだ。全部、完璧にこなせなくったて良いんだぞ」
とてつもなく当たり前な話だ。
だが。
「…………本当に良いの?」
どれだけ理想を口にしようとも、いざ汚点を目の当たりにすれば唾を吐くのが世の中だ。
「不出来でも受け入れてくれる? 期待に応えられなくても怒らない? 欠陥だらけでも愛してくれる?」
どこまでも都合の良い話ばかり求めすぎていて自分でも吐き気をがする。
――だけど。
「これが、あたしの本音よ。気色が悪いでしょ……」
どこまで自分が許容されるのか試したくなってしまう……。
「いや」
「誰にだってある気持ちだと俺は思うぞ」
それでも。
「なんでも疑って面倒くさい女だって思わないの?」
「慣れたよ」
「いつも暗すぎて相手してて嫌にならないの?」
「全然」
「玉虫色の髪じゃなきゃ良かったのにって思ったことはない?」
「鮮やかだよ」
噓偽りを感じさせないハッキリとした態度に彼女は頬を赤らめ下を向いて呟く。
「……ずるい」
そんなこと言われたら。お不動さま彫れなくても頑張るしかないじゃない。
「
「いいわ、ここまで来たら後は野となれ山となれよ。
伏せた顔を上げ腹をくくって彼女は歩き出す。
向かうは東京府
※
『みなさ~ん。投票よろしく~』
壇上に立つ美女が会場を盛り上げる
「見つからないね~」
カメラを手にした人も
「もしかして、写真機を持ってきてないのかも?」
「散々、隠し撮りしていたので、その可能性は低いと思います」
ましてや晴れ舞台。普段以上に近くで撮影する機会を見過ごすとは考えにくい。
「
「わたしは上の階を見回ってきますので、お
「わかった」
一行は二手に分かれると捜索を再開する。
そうして
「
彼女が指差して伝えると盗撮魔と視線が合う。
「あッ⁉」
次の瞬間。逃げ出した男を見て
「どうやら、あちらは一方的にめいじ館の顔ぶれに見覚えがあるようだ」
すぐさま二人は犯人を追いかける。
……が。
「すみませ~ん。ちょっと道を開けてくださ~い」
人が多くて、うまく前に進めない。
(……ッ⁉ このままでは見失ってしまう)
そんな状況下で彼らに思わぬ好機が訪れた……。
※
(クソッ! ツイてねぇ)
人だかりを抜けて走り去る男は振り向きながら演台に立つ
(あと少しで撮影できたものを……)
口惜しみながら前を向きなおすと、彼の行く手を阻むように一人の女性が建物の陰から現れた。
「なッ?! なんで⁉ つい、さっきまで後ろに……ッ⁉」
なにが起きたか解らない男は立ち止まって叫ぶ。
「なんなんだよ、お前ッ!!」
「え? あたし?」
彼女を気味悪がる男に
「なんだろ~哲学的な質問だね~。ん~……あたしは
突然、自分のことばかり話し始める彼女。
普通なら、ここで「変な女」だと流して終わるとこだが、男はある言葉に反応した。
(……え? いもうと??)
「あっ」
盗撮魔が困惑していることに気づいた
「隙あり」
目にも止まらぬ早業でカメラを真っ二つにして、取り憑いていた
すると、犯人は糸が切れた人形のように倒れて言った。
「に、似てない……」
※
「終わったよ~。
「取り憑いてるもの祓ったんだけど写真機の持ち主が一度、気絶しちゃった」
おそらく反動だろう。
直接、憑かれていなくても
事実、直ぐに目を覚まし正気に戻ったと彼女は慌てて説明していた。
「あと、壊した写真機は後日、弁償するってことで納得して貰ったから、よろしくね
「了解した」
「あ、待って。あたしが報せてくるよ」
「いや、これくらい別に……」
「いいの、いいの~
言われて演壇の上に視線を送ると、ちょうど司会者が
『さて、観客の注目を集めたところで、一言どうぞ』
『ぁ……ゃ……』
カーボンマイクを差し出されるも彼女は何を言えば良いかもわからず言葉に詰まらせる。
『あたしは……』
本当は出るつもりなんてなかった。
ただの成り行きで、仕方が無く参加しただけでしかない。
でも……。
そんな自分のことを見てくれている
『……あたしは、ある人の期待に応えようって思って、この場所に立ってるの……性格が悪くて……根暗でめんどくさくても受け入れてくれて……あたしのことをキレイって言ってくれてた人のために』
だから、どれだけ自分にとって悲惨な結果になろうとも覚悟している。と続けて伝えようとしたその時。
『おおーっと!! では、愛する人のためにも負けられませんね~!』
「ぇ……?」
彼女に勝つ意思なんて無いのに司会進行役が勝手に勘違いして話を進めていき。
『彼女と彼氏の愛を応援したい方は、ぜひ投票してあげてくださいッ!』
「オオオォー-ッ!!」
「えッ⁉」
色恋の話題に会場は一気に盛り上がり。
「頑張ってねー!」
「応援してるよー!」
「カワイイッ!!」
「投票して上げるからねー!」
声援を送られ。
「えぇぇーーッ!!」
…………そして。
勢いのまま、
「なんでッ!!?」
※
「ノウマク サラバタタギャテイビャク サラバボッケイビャク サラバタタラタ センダマカロシャダ ケンギャキギャキ サラバビギナン ウンタラタ カンマン ノウマク サラバタタギャテイビャク……」
「えっと……さっきから、ずっと
心配する
「うん。気が済むまでやらせておいて」
「外が暗いせいか目が死んでるように見えるんですが……」
不安を拭いきれない
「ん~……いつも通りだよ」
「いつも通りなんですかッ⁉」
これで平常運転なのだから本当に驚かされる。
「ご苦労なされてるんですね……」
「でも、
心中お察しする
「さ~て。ただいま~」
話している間に四人は閉店時間を過ぎためいじ館の茶房へと上がり、お茶を淹れ始めていると。
「あ、こっちも帰ってきた」
「ただいま……それと、ごめんないさい……」
妹に返事するやいなや
「どうして謝るんだ?」
急すぎて理解できない展開に彼が訊ねると彼女は目を逸らしながら説明し始める。
「だってアレのせいで、あたしなんかと、こ、こ、恋仲と勘違いされちゃって、あなたにすごく迷惑かけちゃったでしょ」
「実害はなかったが」
サラッと言いながら
(夜風に当たりすぎたかな?)
「あたしが言えた義理じゃないけど、もう少し警戒したほうが良いと思うわよ」
「……?。ああ、わかった」
いつもの
「警戒で思い出したのだけれど。
「な~に~
呼ばれた本人はゆっくりとした口調で返事をし耳を傾けた。
「あなた、あたしが舞台に上がった途端。瞬間移動したでしょ⁉」
「うん。したよ~」
悪びれることなく
「不用意じゃない! そんな不思議な
「平気だよ。あの時、み~んな顔を上げて
「その油断が危ないって言ってるのよッ」
「あたし、
「あたしのことより自分を大切にしなさいよッ」
「あー! そういうこと言うんだ」
自己愛の足りない相手から言われて
「姉妹ゲンカになっちゃいましたね……」
争いから遠ざかる
「正直、仲が良い」
「お互いに自分を大切にしてないことを責め合ってますからね」
外から見れば微笑ましい光景だ。
「ウチにもカメラってあったよな?」
「持ってきましょうか? お
「ああ。頼む……」
人は
だから、青年はこの日常を残したいと願った……。
いつかは終わりを告げてしまうだろう、かしまくて優しい日々をモノトーンの中に収めて。やがて振り返り笑い合える未来のために……。
彼はレンズの向こうの世界を焼き付けた――。
天華百剣 ‐燦‐ 上代 @RuellyKamihiro
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