[中編] 絶対卑屈の高嶺の華
数日後――。
「あ!
いつものように明るい声で
「それで、カメラを所持してる人たちが解かったから、ここから容疑者を絞るために
「そんなに広くないわよ。上野と日本橋……後は築地に少し行ったことがあるくらいかしら」
彼女の話を聞きながら
そうして最終的に四件までリストアップされると
「意外と少ないわね」
「個人でカメラを持っている人に限定したからな。大きいとこまで含めると
「さすがに、その二社は後回しですね……」
「さて、この後はどうやって調べていきましょうか?」
「順当に近くから当たっていこう」
「では、ちょうど四人いますので各自、分担する流れで……」
「いや、
彼は、
「それは、何故ですか? お
「聴取の際に相手の反応を見るためだ。相手が盗撮犯であったなら、
お
だからと言ってハッキリと告げるのも、はばかられるのでこうした体裁を取り繕ったのだ。
「あたしは
理由は非常にネガティブなものであったが好都合にも
「なら、決まりだな」
「ええ、了解しました」
※
「ところで、どうやって聞き込みをするの?」
目的地周辺にまで来て
「普通に考えて、『アナタが盗撮犯ですか~?』て聞いても素直に答えないよね?」
「ご心配なく。その点は、わたしにお任せください」
彼女の疑問に
「では、さっそく、わたしと
「えっ?! あ、あたしに期待されても大したことはできないわよ⁉」
突然の指名に慌てるも、「向こう側の反応を見るだけなので特別なことはせずとも大丈夫ですよ」と
「なら……良いわ…………それと
「はい、わかりました」
暗に自分に敬称をつける価値が無いという意図があるのだろうが、そこに触れることなく
「ごめんください」
「どうも~。こんにちは」
表情も声色も柔らかく、のんびりとした雰囲気で挨拶をした
「いきなりやってきて、すみません。実は、わたしの隣にいる友人を撮影してくれた
「いいえ……」
目の前の男性は、良くわからない話に若干の困惑を見せながら返事をした。
「そう、ですか……では、もし、そのお
「え⁉ ちょっ……!! なっ!!」
「も~。
ここで彼女に必死に否定されてしまったら予定が狂ってしまうので
「あ、それと、もう一つ。今度わたしたちの経営している洋風茶房の宣伝用の撮影を正式に依頼したいとも伝えといてください」
「ん。ああ、わかった」
最後の
そして。
「あんな感じで良かったの?」
「はい。おそらく犯人は無断で写真を撮ったことなどを咎められると思ってるでしょうから罪に問うような意思がないと思わせておけば、まず油断するでしょう」
「そうした上で撮影依頼という金になる話をチラつかせた……と」
「それだけでは、ありませんよ。今回の捜査で手がかりが得られなくてもこうして地道に伝言を残し続けていけば噂になって盗撮犯が食いついてくるかもしれません」
「そんなにうまく行くかしら……」
発案者の
「あたしだったら、都合の良すぎる話に警戒して逃げるわ……」
「迷惑かけた相手が遠ざかるなら良いじゃないか」
「きっと、残った
「…………具体的にどういう実害が出るんだ?」
いつもの
「わかんないけど。たぶん想像ができないような悪いことよ!!」
「漠然ッ!!」
あまりに取り越し苦労が過ぎて彼は思わずありのままの事実を叫んでしまう。
「と、唐突だったからまだ、予想ができていないのよ。少し考える時間を……」
「待て! 待て! 待て!!」
彼女が慌てて後ろ向き思考を加速させようとするので
「落ち着いてください。
「この先も大丈夫だって保障はないでしょ!」
決して楽観視しない
「はぁ……
その後も、彼女が不安にかられるたびに説得しながら四人は聞き込みを続けて行った……。
※
「…………お不動さま、彫りたい」
心配事でゲッソリとする
「ごめんくださ~い」
家の中に居た男性は、ドアが叩かれる音を耳にすると玄関の戸を開き、長い黒髪を一つ結びした女性と玉虫色の美女の姿を前にして心臓を跳ね上がらせた。
「あ! 突然すみません。実は、わたしの隣にいる友人を撮影してくれた
玄関先に立つ瑠璃色の瞳に眼帯をした女性に尋ねられ、男は平静を装って答える。
「さぁ、知らないね」
「では、もし撮影してくれた
「え?」
「どうかなさいましたか?」
「いや、別に。お礼を言えば良いのね。その人に……」
誰が見ても動揺を隠しきれていないが、まだ確信は得られていないので
「ついでに、わたしたちの経営している洋風茶房の宣伝用の撮影を正式に依頼したいと伝えて貰っても良いでしょうか? あんなに美人をキレイに写してくださるのですから、是非とも頼みたくって」
「へ、へ~……」
男は照れた反応を一拍、置いて続けて言う。
「それ、オレなんだよね~……って言ったら、どうする?」
「どういう意味ですか?」
感情が丸わかりの男に対して
「だから……オレなんだよ。写真を撮ったの」
男の自白に
「でも、最初に『知らない』と仰ってましたよね?」
「いや~、なんというか。いきなりだったから言い出しづらくって……」
目を逸らして苦しい言い訳をする男性に
「本当ですか? なんだか怪しい気がしますけど」
「な、なんだよ疑うのかよ。じゃあ待ってろ、いま証拠を持ってきてやる」
信じて貰えなかったことに少し気分を悪くすると男は一旦、家の中へと戻っていく。
「……なんか、上手く行きすぎじゃない」
男が目の前から居なくなると
「ええ、チョロかったですね。驚くほど……」
順調に進むのは自分達にとって望ましい展開であるが拍子抜けしてしまう。
などと会話しているうちに男は玄関まで戻って来て
「わぁ、他にも写真を持っていたんですね」
「ああ、まだまだ沢山あるぞ」
調子に乗り始めた男の発言に
「なんだって、そんなに撮ったのよッ⁉」
突然、怒鳴るような声を上げる彼女に盗撮犯は戸惑いながら答える。
「な、なんでって。美しいからに決まってるじゃないかッ!!」
「う、うううう。美しい?!?! 本気で言ってるのアナタ⁉」
ハッキリと言われて今度は
「当たり前じゃないか! 肌も髪も瞳もみんなキレイだ。こんな美人、日本中探したって他に居やしない!」
「だから、隠し撮りして
思考が混乱してる
「な、なんだよ。いきなり……?」
豹変した彼女の雰囲気に後ずさりする犯人。
「本当のことを言わせて貰うけど、わたしたちはアナタのしている行為をやめるよう言いに来たの」
「じゃあ、さっきまで褒めてたのは……」
言うまでもなくボロを出せるための方便だ。
「オレをだましたなー!!」
ぬか喜びさせられていたことに男は憤慨するも全く怖さを感じない。
むしろ、彼女の方が強者の威圧感を纏っているまであった。
「他にも写真を持っているようだけど。全て差し出して貰うわよ」
「なんでだよ! 全部、オレのだぞ!!」
「撮られた相手が嫌がっているのだから、アナタに所有権があると思ってるの」
「横暴だ!! 嫌がることをするなって言うならオレが嫌がってるのはどうでも良いのかよ!!」
それが道理として通じるのは悪いことを先にしていないことが前提であるが、ここで説法を説いたところで自分が不利になる話など受け入れはしないだろう。
だから、
「わたしは別に構いません。どうせなら近隣住民にはアナタが盗撮魔だと噂を流しましょうか?」
盗み撮りをしたところで現行の法では明確な罪には問えないが社会が快く思うほど甘くもない。
つまるところ、自分で悪事の証拠をバラした時点で彼に選択権は無いのである。
「酷い……」
「素直に渡して、もう二度としないと反省をするのなら、わたしたちも目をつむり大人しく帰るわ。さぁ、どうするの?」
「クソ、いま持ってきてやるよ……畜生ぉ……」
黒髪の彼女に脅されて男は悪態をつきながら再び写真を取りに家の中へ戻っていく。
後は待つだけで一件落着となる。
ハズだった……。
※
「ほら、これで良いんだろッ」
男は、写真の束を
「待ちなさいッ」
反省の色が全く見えない相手に怒りを覚えながら
「な、なんだよ、まだ文句があんのかよッ!」
もう、言うことなんかないハズだと思った瞬間。
「写真原版も渡しなさい」
彼女からフィルムの存在を要求された。
「原版は……この前、割っちゃって、もう捨てたよ」
「ふざけないで」
目を泳がせてうそぶく男に
「盗撮に使えるのはロールフィルム式のカメラだけ。撮影に時間や手間の掛かるガラス
あまりの見え透いたウソに『所詮、女だからカメラに詳しくないないだろう』という態度が透けて見えて、余計に腹が立った。
「もういいわ。あなたが信用できない人間だということは良くわかったし、フィルムは、このまま家に上がって、わたし達で回収させて貰うわ」
より強めに行動を取ることで舐めた認識を改めさせてやろうと
「おい!!
男は止めようとするが
「なッ⁉」
そこで目にしたものは部屋中に飾られた
「勝手に部屋を開けるなッ!!」
盗撮魔は
「……ッ⁉ いただだだッ!!」
男は手首を捻られ痛みで声を上げた。
「まだ、こんなにあるじゃない!」
「あの、
まったく懲りていない男に灸をすえているところに
「なによッ⁉ コレッ!!?」
一時停止が解除されると彼女は眉を寄せて大声を出す。
「あまり良い気分では、ありませんよね」
「そうね……」
「全部、あたしとか気持ち悪すぎるわ……」
「それは思いませんが……」
(盗撮犯の偏愛的嗜好の方じゃなくて、ソッチなんですか……)
どれだけ自分に自信がないんだろう。とも思いながら
「ところで……妙な気配を感じないかしら……?」
「え?」
そう言われてみると
「この感じ、まさか……ッ⁉」
五感を超えて第六感にまで流れる嫌悪感の正体。それは、日本各地に出現し、人の世を乱す悪しき力の奔流。災禍の元凶……
「
二人が、その名を口にすると
見逃してしまいそうなくらいの小さな気配。
それを探して、お互い目を動かすと棚の上に置かれたカメラへ視線が集まった。
「おい、触るなッ!」
「……寄こしなさい」
カメラを抱え込みながら女性二人に対して逃げ腰で向き合う盗撮魔に
「嫌だよッ!! どうしてカメラまで渡さなきゃいけないんだよ!?」
「……アナタの持つカメラに悪いモノが宿っているからよ」
「はぁ⁉ なに言ってるんだアンタ? 頭おかしいんじゃないか?」
男からすれば
だが、信じて貰えずとも間違いなく実在し、一般には認識できないソレを察知できる彼女たちは幾度も人知れずに戦ってきた。
(まさか、こんな所で本業の
しかし、これも世のため人のため。大事になる前に片付けなくてはいけない。
素人では避けらないタイミング。確実に捕らえられると思った瞬間。敷居の奥に居た男を守るように二つの部屋を区切る
「え?」
当然、勢いを止める事のできない彼女は、そのまま障壁となった引き戸に激突する。
「大丈夫ッ⁉
「心配ありません。この程度ッ……!!」
顔を抑えるながら
……しかし。
「……ッ⁉ 逃げられた」
脱出した二人が家中を探しても盗撮犯の姿は何処にもなかった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます