[前編] 絶対卑屈の高嶺の華
推定人口180万を超える大都会を彩る和洋折衷の建造物とそこかしこに張り巡らされた電線が人々の暮らしを支え、今もなお変わり続ける国の中心地。
その景観に溶け込む、めいじ館という名の洋風茶房で働く一人の青年は、ある日、客からこんな事を言われた。
「そういえば、店で働いてる子。この前、予選を突破してたね。おめでとう」
「え……?」
青年は突然の話題に当惑する。
「あれ? ここで働いてる子じゃなかったっけ? 玉虫色のハイカラな髪の女の子」
会話が成り立たなかった客人は、とある女性の特徴を口にしながら、ここの店員かどうか確認をしてきた。
「
青年が尋ねるとお客は肯定した。
「そうそう、その子が、東京府
カウンターに座る男の説明によると日本橋区にある
「何かの間違いじゃないですか?」
青年がそう思うのも無理もない。
なぜなら彼女は……
※
「ノウマク サンマンダ バザラダン カン……ノウマク サンマンダ バザラダン カン……」
この時点で、また何かあったのだろうと察しながらも青年は、入室の許可を貰うためにノックをした。
「
するとトビラの向こうから返事が来る。
「……少し待ってて、お不動さま、あとチョットで彫り終わるから……ノウマク サンマンダ バザラダン カン。ノウマク サンマンダ バザラダン カン……」
彼女は不安な気持ちを落ち着かせたい時、決まってこの言葉を繰り返しながら不動明王を彫刻する。
そうする事で
「…………終わったわ、もう入っても良いわよ」
気弱な声で彼女は廊下で待機していた自分の主、
「それで、何かしら?」
「ん? ああ……」
「なあ
「…………どういう意味? 確かにお不動さまを彫ってたけど、いつも通りだと思うのだけど」
特に深い意図は無かったのだが、目の前の美人は眉を寄せながら言葉を続ける。
「でも、そうね……しいて言えば、最近、街を歩いてるとやたら視線を感じるような気がするかしら……きっと、みんな、あたしを見てカメムシみたいな女だって
こう言っている本人の容姿だが、控えめに見ても肉感的で、
しかし、この事実を素直に認めることは無いだろう。
彼女は……。
「いいえ、カメムシと同列だなんておこがましいわ……あたしなんてソレ以下の存在よ」
卑屈だ。
どこまでも自らを
とてもじゃないが自分から美女だと喧伝して回るようなことをするとは思えない性格だが
「だけど
そう言った瞬間。
「なに言ってるのッ??! あたしが美人ッ?! ありえないでしょ!!!」
硬直が溶けると彼女は動揺しながら自分にとって都合の良い解釈を全力で排除して最悪のみを想定し始める。
「まさか、あたしをぬか喜びさせた後で
「いや、全くそんな気はないが……」
「じゃあ、目的はなんなのよッ!?」
そこでようやく、青年は昼時に客から聞いたことを彼女に伝え、ここに来た理由を話す。
「なによソレ……初耳だし、身に覚えもないのだけど」
やっぱり、そうか。と
「もしかして、誰かがあたしを東京中の笑いものにする為にこんなことをしたんじゃ?!」
「ソレはない」
青年はアッサリ否定する。
「どうして言い切れるのよ!」
「結果から見れば予選を勝ち抜き、一つの喜ばしい事態になっている。相手を
「わからないわよ。上げてから落とすつもりかもしれないじゃない」
「だとしたら不確実な方法とは思わないか?」
「確かに……あなた言う通り
「ッ⁉。もしかして、大会の主催者が黒幕なんじゃ?!」
再度、疑い出した。
「考えだしたらキリがないな……」
「少なくとも、犯人を見つける必要はあるわね……野放しにしておいたら次にどんなことをしですかわからないもの」
まぁ被害はなくとも本人が嫌がっている以上は止めるべきであろう。
「わかった。俺も気になるし協力するよ……でも、その前に」
男は床に散らばった木クズへと視線を落とす。
「掃除をしてからだな」
「……そうね」
※
片付けを済ませると二人はまず、例の
「う~ん……思い当たるフシはないかな~」
幾度も同じような回答を同居人たちから貰った。
「ごめんね。お役にたてなくて」
「いや、ありがとう
ここまで、なんの手がかりも得られなかったが、青年は逆ボブ白髪の女性……もとい
「この調子じゃ、大会を主催してるっていう
「そうだな」
「
「遊びに行くわけじゃないのよ……」
「じゃあ、犯人捜しを手伝うなら、ついていっても良い?」
「…………なら、構わないわ」
明るい彼女からの申し出に断る理由も考えつかなかったので
「でも、危なくなったら、あたしのことは放って置いてでも逃げてね!」
それでも最悪を想定して、どこかズレた気遣いをしてくる姿に眉をハの字にしながら
「も~、そうなっても、ちゃんと助けてあげるのに。
「そもそも、そんな危険なことにはならないだろ……」
※
店舗に市場。そして倉庫が軒を連ねる東京で最も巨大な繁華街。日本橋。
その一角に存在する
「うわ~、すごい。すごい。服に化粧品と鏡台。いろんな品が置いてあるね~」
一般的に小売業というものは顧客が買いたい物を頼んで店員が注文品を持ってくるという座売り式が普通であるのに対し、
さらに土足のまま入店できて気軽に店の中を巡ることができたので非常に活気のある場所となっていた。
「ねぇ、なんか、いろんな所から視線を感じるのだけれども……」
「
「……ッ⁉ そんなの聞いてないわよ!」
「悪い……」
「ちがっ……! アナタを責めたかったワケじゃないの……ごめんなさい……」
思わず彼が謝ると
「目立つのがイヤなの?」
「だって……みんな、あたしが美女を自称してる勘違い女だって思ってるんでしょ……?」
「そうかな~?」
「決まってるわ。滑稽な奴だって腹の内で笑ってるのよ!」
「うう~ん。そこで思い込んじゃうのは、どうかな~……って、あたしは思うんだけど……」
暗に、悪く考える必要はないんだよ。と、伝えるも彼女の
「あっ。アレ」
練り歩く最中に
「もしかして、さっき話してた予選突破した人たちの一覧じゃないかな?」
近づいて確認しに行くと
「え~っと、
「なんか、探されると恥ずかしいのだけれども……」
一枚一枚、見ていく
「お、あった。あった……って、あれ?」
発見すると彼女は、直ぐにおかしい点に気づく。
「
モノクロの
「あたしに似た名前のソックリさん……なワケないわよね」
「……もう少し、詳しく調べてみるとしようか」
※
三人が早速、従業員に話かけると店の奥の応接室へと案内され責任者が丁寧な態度でやって来た。
「お待たせいたしました。お客さま。本日はご来店ありがとうざいます。それで、お話というのは……おや?」
そこで男性は
「そちらの
「ええ、実はその件についてお聞きしたいことがありまして……」
「そうでしたか、直ぐに確かめて参りますので少々、お待ちください」
男が申し出に応えてから数分後。かしこまった態度で彼らのもとに戻ってくる。
「申し訳ありません。お客さま。送られてきた封筒なのですが差出人の住所とお名前が書かれておりませんでした」
持ってこられた便箋を受け取って実際に調べてみても確かに送り主について何も書かれていない。
「まあ、当然、簡単に尻尾を掴ませちゃくれないわよね」
さもあらんとする
「ところで出場の方はどうするんでしょうか?」
「辞退するわ」
「あの……たいへん差し出がましいのですが……できれば出て頂けないでしょうか……?」
「どおして?」
一同に疑問を持つ中、
「ここだけの話ですが、最近は売り上げが悪くて……」
「こんなに沢山お客さんが居るのにッ⁉」
まだ、話の途中だったが、あまりの出だしに驚いて
「はい……実は
その上、
「そこで売り上げを伸ばすために東京府
「でも、浅草のは入場料で儲けていましたが、ココではそうはいかないのでは?」
「
「ん? ああ」
「ふ~ん……美女を見に?」
「写真だったけどな」
「そっかー…………」
……………………。
えっ? なんだ、この空気。俺が悪いのか?
心なしか
「あ、あの……さっきの話ですが、良ければ続きを……」
彼は逃げるように折れた腰を戻そうとする。
「ええっと……わたくし達が開催する大会は観客による投票制で順位を決める形で行い、そこで重要となる投票券を店の商品を一定額まで買ってくれた
なので、より集客を図るためにキレイな女性が一人でも多く参加して欲しいのが店側の本音であった。
「なるほど~……」
機嫌を直したワケではないが関心を移して話を聞いていた
「ねぇ、
同情から気が変わったかもしれないと思い
「無理」
絶対に出ないと即答された……。
※
「結局、手がかりはなかったね」
帰路を歩きながらガッカリとした様子で
「
「……記憶にないわ」
彼に質問され思い出すも覚えがない。
「にも関わず撮影されている。しかも、あの写真は正面から写っていなかった。と言うことは……」
「盗撮……ってこと?」
「ああ、まず間違いないだろう」
そして、同じ、めいじ館に暮らす者なら、あんな名前の間違い方をしないだろうし、盗み撮りなんて、わざわざしなくても良いハズだと彼は答えた。
「いいえ、まだ、外部犯だと決めつけるには早いわ。勝手に応募するために隠し撮りしたかもしれないじゃない」
確かに、完全にありえないと言い切るのは難しい。
「だけど、疑いの低さはそのまま捜査の優先順位に繋がるからソレだけでも収穫だ」
「ところで、どうやって盗撮犯を見つけるの?」
内部犯の可能性が高くない事がわかっただけでは意味がない。
ならば、この先、どうするのか? 彼は回答する。
「まずは、盗撮向きの
「おお~。すごい! すごい!
細い糸を
しかし。
「残念だけど、一度、帰る必要があるわよ」
そこで
「あー……」
彼女は冷静になると
「すまん。買わずに店を出るのが気が引けてしまったせいで……」
さっきまでのキレのある雰囲気は失い、どこか格好のつかない姿で彼は目を逸らし、三人と共に帰っていくのだった……。
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