1-1 社会勉強



 シエラは息を吐いた。目の前に広がるのは、首都を囲む巨大な壁。首都ベルゼアへ人間が入るためには検問所を通る必要がある。


「お父さんの仕事場はこの中にあるんだよ~」


社会勉強、と言って連れてこられた首都ベルゼアは有角種の住む場所。原則、人間は立ち入りが禁止されているが、一部の人間は立ち入ることが可能だった。


 シエラの父親は最終学歴が高等学校。つまりエリートだ。シエラにとっては家庭環境がある程度裕福なことはマシなことだった。


(問題は、私が優秀な遺伝子を受け継いでないということ。父の血を受け継ぐ兄は高等学校に行けるほどに頭が良いのだから、私も父と血が繋がっていれば望みがあったのだけど)


シエラが心配しているのは己の才能だ。早熟故の秀才か、それとも天才か。シエルという器を見極めなければならない。


 門の前では白い角を持った警備員らしき男がいた。シエラにとっては現世初めての有角種だ。


(特段思うところもないな。時代は変わり、今の私は人間だ。人間としてのより良い暮らしは望むべきだが、有角種むかしに戻りたいなどという妄想は危険極まる)


シエラがかつて戦神とまで謳われた有角種であるといっても信用されるかは五分五分だ。シエラが前世で引き継いだものはただ一つだけだからだ。


すなわち顔だ。シエラは前世の顔と酷似した顔立ちをしている。今はまだ子供特有ののあどけなさがあり、前世の凛とした顔からは離れているが大人になれば大輪の花を咲かせることを予感させる。


(前世の記憶を詳細に語れば、顔と相まって信じる奴もいるだろうが。しかし――


思い返すは自身の死因となった男だ。


(うん。命大事に、だな)


「パパの仕事って何?」


「えー、見てのお楽しみだよ」


父親はいつでも笑みを崩すことがない。シエラからしたら胡散臭い笑みだな、と思うが年齢不詳なこの男は子供がいるとは思えないほど若々しい。結婚が人間管理法でシステム化されていなかったら引く手数多だったろう。


「シエラ、結婚するならパパみたいな人がいいなぁ」


多分子供に言われて嬉しいであろう言葉を口にしつつ、シエラは反応を窺う。血のつながりがないので、あまり効果がないかもしれない。


「そっか。これはちょっと小耳にはさんだ話なんだけどね、有角種の側室って人間でもなれるらしいよ」


「……へぇ~、そうなんだぁ~」


(どういう返答だよ。結婚するならお前みたいなやつがいいって言ったんだぞ? 仮に浮気された挙句できた血の繋がってない娘だろうが、嬉しいの一言くらい言えよ)


シエラはこめかみをぴくぴくと動かした。仮に父がシエラを有角種の側室にすることを夢見ているのであれば御免である。


「でも、家畜のような生活が待ってるとか。眉唾だけどね」


「次! 早くしろ!」


警備員から声がかかる。


「身分証明書を出せ。それに……子連れ? まさか売りに来たのか?」


父は鞄からてきぱきと書類を出しつつ、苦笑いした。


「いえ、そんなに金に困ってませんよ。子供が怯えるじゃありませんか」


「ふん。貴様に限ってそんなことはないだろうが、最近多いのだ。嘆かわしいことよ」


どうやら父とこの警備員は顔見知りらしい。



 検問はつつがなく終わった。


 シエラはいつものように純白のワンピースを着ている。首にはプラスチック製の白い首輪をつけられていた。父はダブルスーツに商品を入れたレザー製のアタッシュケースを持って、首から身分証明のカードが入ったネックホルダーを提げている。


「これ、録音されてる?」


シエラはそう言って首輪を引っ張ってみせる。検問所で着けられたものだった。


「分からないな。位置は分かると思うけど。昔、有角種が殺された事件があって、犯人はすぐに射殺されたんだけど、それからだったかな。そういう風に首輪つけるようになったの」


「……へえ。物騒だね」


シエラは純粋に驚いた。有角種が人間に殺されるなどあり得るのだろうか。いや、純血ではなく人間とのハーフであればあり得るかもしれないが。


 有角種は頑丈な肉体に再生力を誇り、角が破壊されない限り不死とまで謳われている。実際、純血の有角種の寿命は無い。


「シエラ、そういえば中等学校の入学記念に何か買ってあげようと思ったんだけど。支給品の服は白だらけでしょ。色があるもの……カチューシャとかどう?」


シエラは支給品の服を思い浮かべる。真っ白な下着、ワンピース。好きな色は特にないが、強いてあげるなら青だろうか。しかし、シエラの艶やかな金髪は少し映えにくくなるかもしれない。


「いらない」


「シュシュとか、ヘアピンとかは? お友達着けてるんじゃない?」


父親はシエラの髪をどうしても装飾したいらしい。それか、あまりプレゼントが浮かばないのかもしれない。しかし、シエラにはシュシュもカチューシャもイチゴやリンゴのついたヘアピンも幼く映る。


「身を飾るのは大切だよ。パパみたいなののお嫁さんに本当になりたいなら」


「……じゃあ、ヘアゴムでも買ってもらいたいなぁ~」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

逸脱者の憂鬱 @light1711

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ