逸脱者の憂鬱

プロローグ



 有角種。巨万の富と権力、軍事力を兼ね備え、世界を支配している神の如き存在。その象徴は頭部に生えた角である。


 大昔、人間は異界からやってきた有角種に愚かにも戦いを挑み、大敗を喫した。その後、有角種は人間の統治を進め、人間は有角種の奴隷、家畜としての生を得るに至った。

 

 少女はかつて有角種であった。それも、侵略戦争を勝利へと導き、数多の人間を死へと導いた存在。


 その記憶を持ったまま、彼女は人間として再び生を受けた。



 「本日もこの身がありましたことに感謝を」


両親の有角種への祈りの言葉を聞き、少女はそれをぼそぼそと復唱する。目の前には朝ご飯がある。細長い棒状に焼き固められた、二本のスリットが入ったバータイプの完全栄養食。見た目は食欲をそそるものではない。


朝も昼も夜もメニューが変わることはない。食事にお金をかけるほどの余裕があるのは本当に一部の人間だけだ。


「シエラ、そういえば……どうだったの、試験は」


母親は落ち着かない様子で聞いた。隣に座る父親をちらちら気にしている。


 がり、と口に含んだバーはパサつき唾液を吸い取る。それを水で流し込むとシエラは口を開いた。


「自己採点は満点だった」


シエラは今年で十歳だ。人間の成人は十歳であり、義務教育は七歳からの初等学校三年間で終わる。より上位の生活水準を目指すならば、中等学校に行かねばならない。中等学校の試験は初等学校を修了した十歳のほぼ全員が受けるが、受かるのはその半数である。


 シエラの言葉を聞いて母親はホッとしたようだった。


「良かった。あなたはパパの子だもの、ねぇ?」


父親はバーのほかに缶詰を食べていた。シエラが父親の顔を恐る恐る伺うと缶詰をシエラの前に置いた。


「あげる。すごいねぇ、シエラ。誰に似たのかな」


ニコニコしているが、目は笑っていない。自分ではない、という意味を言外に滲ませて父親は言った。


「ありがとう……パパ」


シエラは父親と血が繋がっていない。シエラは母親が不貞を働いてできた子供だ。


 有角種が人間を支配する際に設けた人間管理法。時代が変わるにつれ、中身は改正され、より効率的に人間を管理するものとなっている。その中で人間が産む子供の数は女性一人あたり二人までとされている。なお、条件をクリアすればさらに子供を産むこともできる。


 人間の結婚は縁組省が司る。外見、収入、家柄、学歴などを総合的に判断し、点数付け、同じ点数のもの同士で結婚させる。結婚は義務である。


 重犯罪は死刑であり、罪人は両親と兄弟、子供、そしてその兄弟の家族まで処刑される。


 不貞の末に子供ができたとあらば、母は重犯罪を犯したことになり、母の両親、兄弟、兄弟の家族、そしてシエラまで殺される。シエラの父親はそのために口を噤んでいるし、母親は父親の機嫌を取っているのだ。


 缶詰を食べながら、シエラは母を窺い見る。母は項垂れたようにバーを齧っていた。ああはなりたくないな、とシエラは思う。正直、家庭は周りと比べれば裕福ではあるが、雰囲気は最悪だ。シエラの上には兄がいるが、兄はこの中で食卓を囲むのは勘弁だと言い、出ていった。都市に近い高等学校の寮で同じように朝ご飯を食べているだろう。シエラは兄の顔を思い浮かべつつ、缶詰の甘いペースト状の甘味をバーで掬って一緒に食べる。


「美味しい、ありがとう」


パパ、と呼んでいいかどうかは迷うところである。お礼を笑顔とともに言うと、父はにこりと笑った。


「試験結果は一週間後に届くだろうから、それまで社会勉強でもしようか」

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