いなべ奥の義憤とギフト~マイノリティはやがて牙をむく

Writer Q

工場跡地編

「キスってしたこと、ある?」とシュンスケが耳元で囁いてきた。

 ここは、東海の一番奥。滋賀県と岐阜県に接する三重県いなべ市のこの地区は、古くから“立田”と呼ばれている。

 この地区にある廃墟となった山の崖の工場跡地に一緒に行こうと誘ったのは、シュンスケだ。絶景があるから見せたいと熱心に言われたから誘いに応じた。しかし、寒い夕暮れ時は人が全くいなくて、やっと「そういうことか」と理解した。

「あ、もう・・・・・・」

 シュンスケはそのすぐ近くに落下した巨大な岩の影に私を連れ込み、キスをしてきた。

 奥の奥には、秘めた情念や性(さが)が眠っている。それは山も村も、・・・・・・私も同じだ。

 眠らせていた私の心のヒダの奥に、シュンスケは平然と手で探ってきた。アウトドアが好きなシュンスケにとって、山道を分け入るように軽々しいことなのだろうか。きっと奥にしかない、いわば一糸まとわぬそのままの表情を愛でて堪能したいのだ。

「ちょっと、ダメだったら。あ、もう」

 その奥の淫靡な熱源に、とうとうシュンスケは触れてしまった。

 シュンスケは侵略する炎のようなスピードで、私の心と体を狂わせていく。

 辺りには落石が多く転がり、いつ岩石が落ちてくるか分からない生々しいスリルに満ちている。そのスリルが、より私の体を燃え上がらせた。

 羞恥から悦びに移ろう私を眺めたシュンスケは、頂を征した登山家のように満足した。


 すべてが終わってシュンスケと別れると、私は一人、近くの喫茶店でコーヒーを飲む。

「また、趣味の復讐かね?」

 幼い頃から顔馴染みのマスターが話しかけてきた。

「復讐じゃないよ、義憤。マイノリティに調和を迫る独善者に天罰を下すのが私の趣味」

「どっちでも一緒だ。相変わらず、怖いねぇ。今度はどんなヤツを陥れたの?」

 マスターは愉快そうに笑みをこぼす。

「ある女がムカツクのよぉ。いつも自分の男を自慢して恋人のいない私をバカにするの」

「それで?」

「さっき、そいつの男に、こっそりとキスマークをつけてやった。背中側の首筋にね」

「そりゃ、恐ろしい。男は気づかないだろうけど、その女にはすぐにバレるな」

「そう、傑作でしょ! 隠れたキスマークは、私からのバレンタインのギフト。今夜そのギフトを見て女は怒り狂うんじゃない? だってあの女、支配欲の固まりだから」

 言葉にできない悦びが私の体中を満たす。

 私の奥の奥から出る、この本物の恍惚とした表情を、シュンスケとその女は知らない。

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いなべ奥の義憤とギフト~マイノリティはやがて牙をむく Writer Q @SizSin

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