ウマシカテ・オムレツタイム

菊華 伴

オムレツ・ランチは友達と

 僕は、鈴木。食べる事と料理が好きなどこにでもいる会社員。

 なんか閃いちゃうと、料理したくなるのが僕の癖。そして、それは今日もそうみたい。


 ――とある土曜日。

 今日は、上司から頼まれた資料を纏めておくことから始まる。簡単に朝食をとってからずっとパソコンとにらめっこ。こういう時って甘い物が食べたくなるんだよね。だけどその日に限ってストックしていたお菓子は無い。しかたなくてお茶を飲みながら資料を纏めていた。

(あー、円グラフがなんかパンケーキに見えてきたかも~)

 色分けする前の円グラフをみていたら、思わず涎が垂れようとしていた。どうにか拭って色分けすると、頭に浮かんだパンケーキは消えた。

 朝食は本当に簡単でトースト一枚とカフェオレ、昨日の夕飯に沿えたサラダ少々。さすがに20代前半の成人男性が食べるにしては少なかったかな。めちゃくちゃお腹がすいてきてしまった。


 空腹を堪えながらやっていた仕事を終え、身体を伸ばしているとインターホンのなる音がした。慌てて出ると、しっかりとした友人の声がする。カメラに映ったのは身体ががっしりとした、さわやかな印象の青年が。僕の友人で、市民オーケストラの低音仲間である大河内さんだ。彼の腕には中くらいの段ボールが抱えられている。

「おーい鈴木ぃ~! ちょっといいかー」

「まぁ、いいけど」

 ドアを開けると、大河内は挨拶もそこそこに、にっこり笑って段ボールを僕に差し出す。隙間から見えたのは、中くらいサイズのジャガイモだった。しかもかなりたくさん入っているように見える。

「どしたの、これ?」

「実はおやじが家庭菜園にはまっててさ。それでじゃがいもを作ったんだけど豊作で食べこなしきれないんだってさ」

 僕の問いかけに、大河内さんは苦笑する。前に彼のお父さんにあった事があるが物凄く好きなことに夢中になりやすいタイプの人だ。多分、ジャガイモを育て居るために研究した結果なのだろう。

 まぁ、立ち話もなんだから……という事であがってもらい、リビングに通す。最近お気に入りの紅茶を入れると「おっ、ルビーナの新作じゃん」と売っていた専門店の名前を当てた。さすが美味しい物ハンター。彼は食べる事が趣味の1つで、美味しかったものはブログに上げているのだ。紅茶も例外ではないらしい。僕らはしばし紅茶とクッキーで雑談に興じた。


(それにしても)

 ジャガイモって、本当にいろいろ工夫できるよね。グラタンに、フライドポテト。それからチップスに、ジャーマンポテト、パンケーキ、バタじゃがにグラタン……あ、2回言っている。

 それはさておき、美味しい物を沢山作れる材料だ。沢山あるなら、目が出ないうちに食べ尽くすか……。

 そんな事を考えながら話していると、お昼ご飯の時間が迫っていた。

「ねぇ、せっかくだし一緒に昼ご飯にしない?」

「いいね。俺もどうせこの後の予定ないし。もしかして、鈴木が作るのか?」

「もちのろん」

 大河内さんに僕が親指を立てて笑えば、「お前あいかわらずだな」と楽しそうにわらった。

「で、なんにするの? まぁ、ちょっとぐらい時間かかっても俺は平気だし慌てて作らなくていいよ。なにか手伝おうか?」

 ときょろきょろする大河内さん。僕は「ちょっとまって」と声をかけてから冷蔵庫をチェックする。

 チルド室には、昨日の晩につかったひき肉のあまりやチーズに卵、野菜室にはタマネギ、ドライパセリ……。

「だったら、アレを作るしかないよね」


 ――オムレツ!


「オムレツ? だったら野菜を細かく切ればいいのか?」

 大河内さんが財布を持って「買ってこうか?」と問いかけるが僕は首を振る。

「ジャガイモがあるじゃない。僕にまかせてよ」

 僕はとん、と自分の胸を叩いて笑って見せた。


 オムレツといっても色々ある訳で。

 大河内さんちのオムレツは、ひき肉とタマネギ、ピーマンやニンジンを細かくした物を卵で包むらしい。僕の家ではほくほくに蒸かしたジャガイモを熱いうちにマッシュして、炒めたひき肉とタマネギをまぜたものを卵で包む。時々納豆を包むこともあったけど、アレは好き嫌いが大きく別れる(僕は大好きなんだけど)。

 それで大河内さんと話し合った結果、今回は沢山ジャガイモがあるからジャガイモのオムレツに決定した。

「シンプルだなって思ってさ。でも、それはそれで美味そうじゃないか。大学時代だったら多分この段ボールのジャガイモを全部使ってオムレツを作る事になったんじゃないかな?」

 と、元ラガーマンな大河内さんが段ボール箱をたたいて笑う。まぁ、ジョークだと思いたいけど……。

 僕はとりあえず大河内さんとシンクでジャガイモを洗う事にした。

 洗いながらでる会話は最近の事とか、お互いの会社の事、大学の先輩の家に赤ちゃんが生まれた事など、意外と話題が尽きない。

 楽しく話しているうちにジャガイモを洗い終わり、圧力鍋へ。これで蒸すと早くできるから、本当に便利だ。

 蒸している間にボウルとマッシャーを準備して、大河内さんには玉ねぎのみじん切りを頼んでおく。手先が器用な彼はあっという間にタマネギを細かくしてしまった。 

「手際いいね」

「まぁな。小学生のころから親父と台所に立ってるし」

  フライパンを熱しながら褒める僕に、大河内さんが苦笑する。油を引きながらその横顔を見ていると、彼はどこが懐かしそうに瞳を細めていた。

 そうしているうちに、ジャガイモを蒸かし終えるのだった。

 蒸しあがったジャガイモは熱いうちに皮を剥く。だが、この作業は本当に大変な。

「あっつっ!!」

「仕方ないでしょ、ほっかほかだもの」

 蒸したてのジャガイモは本当に強敵だ。マッシュするにはアツアツじゃないと美味しくない。だが、皮を剥くのは至難の業で、火傷しないよう、流し水で手を冷やしながら手早く行う。

 上がる湯気、見えるほんのり黄色味がかったジャガイモ。このままバターをつけて食らいついてもきっと美味しい(口の中が火傷しちゃうかもしれないけど)。

「ビールといかの塩辛が欲しくなるな……。ほかほかのうちに乗せて食べると美味いじゃん」

 大河内さんが唾を飲みこみながら表情を緩ませる。彼も僕と同じで食べることが大好きだから。それと同じぐらいお酒も好きみたいだけど、僕よりお酒に弱い。だのに飲みたがるから注意が必要かな……。

「バター乗せましょうよ、バター。そこに醤油かけても美味しいよ。あとキムチ。僕はそれを食べながら日本酒飲みたい」

「日本酒かー。俺はどっちかというとビールだなー。あと枝豆とかナッツとかあったらいいな。花火見ながら飲むビールは美味いぜ~?」

 なんて話がいつのまにかおつまみになっていたけれど、だいたい毎度こんな感じだ。


 それにしても、ジャガイモをたくさん貰って、卵と挽肉があるなら……やっぱり僕の好物の1つであるオムレツを作りたくなるなあ。ふわふわと焼いた卵とマッシュポテトがいい感じに纏まっていて美味しいからね。そこにケチャップをかけても美味しいけど、僕はデミグラスソースもいいなぁ、と思う。

 今回はそこにピザ用チーズを投入する。実はよく見たら中途半端に余っちゃっていたからね。少しカロリーが気になるが、気にしていられない。

(まあ、たまにはいいかなあ)

 とろとろチーズはマッシュポテトにも合うだろう。チーズを牛乳に溶かし裏ごししたジャガイモと混ぜて作るアリゴも美味しいし。

 と、そこまで考えていた僕はここでふと思った。

(まてよ……?!)

 いっそアルゴを薄焼き卵で包むのはどうだろう?もしかしたら美味しいかもしれない。僕は早速行動した。

「ちょっと手間をかけるよ」

「え?」

 僕は小さな金ザルを手に取り、にんまり笑う。

「何をするつもりなんだ?」

 楽し気に口元を緩めて問いかける大河内さんへ金ザルをかるく振って見せると僕は既に潰されたジャガイモの一部を別のボウルに移した。


 蒸したジャガイモを熱いうちに潰し、半分は裏ごし。半分は少し牛乳を入れて念入りに混ぜ合わせた後、炒めた挽肉とタマネギと合わせ塩コショウしておく。

 一方でバターを溶かしておろしニンニクのチューブを少し搾り出す。ニンニク特有の匂いがふわりと香ってきたら、その鍋で牛乳を温め、チーズを投入し溶かしておく。チーズが溶けたら裏ごししたポテトをいれアリゴを作っておく。これだけでももう美味しそう。混ぜていく内にもちもち、のびのびになっていくジャガイモ。チーズの力って凄いなぁ、と毎度ながら思う。もっと語彙力無くした言い方すると

「チーズの力ってすげー」

「っ? な、何それ……、なんか面白いぃ」

 僕の何気ない呟きに、大河内さんが思わず噴き出した。


 しかしマッシュしたジャガイモに炒めた挽肉とタマネギを混ぜただけでめちゃくちゃ美味しくなるから不思議だ。味も塩コショウだけで満たされる。それをハンバーグみたいに小判の形にして小麦粉を塗し、キツネ色になるまで焼いたら香ばしいし、ジャガイモの甘みが増す。そこに醤油やマヨネーズをかけてもいいし、ケチャップでも美味しいけど、やっぱり塩少々が一番美味しいんだよね……。

 うーん、このマッシュしたジャガイモを、グラタン皿に敷き詰めてホワイトソースをたっぷりかけて、ピザ用チーズに粉チーズ、パン粉をかけてグラタンにしても美味しいかもしれない。こんどやってみようかな。

 ……と、頭の中でいつの間にか考えていた。

「料理中、何かと一人の世界に入りがちだよなあ……」

 大河内さんにそう言われて、僕は我に返った。ああ、またやっちゃった。僕の悪い癖だね……。僕は料理に夢中になると自分の世界に入り込むというを持っているんだ。

「ごめん。美味しそうな物を目の前にするとつい……」

「まぁ、俺はもう慣れているからね。ただ包丁使う時とかは気をつけろよ?」

 大河内さんに釘を刺されるけど、さすがに包丁を持っている時とコンロの前に立っている時は気を付けているよ。危ないからね。それは前にも彼に言っているんだけどねぇ。僕が苦笑していると、大河内さんも苦笑していた。

「前々から思っていたんだけど、鈴木って料理の道を考えなかったのか?」

 そういえば……、といった雰囲気で彼が問いかける。僕は作業の手を止めないまま、少しだけ考える。

(考えたことなかったなぁ)

 僕自身は、元々夢があったわけじゃないけど……なんとなくホームページとかデザインの事に興味があってその道に進みたいって考えて、幸い今の会社に就職したからね。

「完全に料理が趣味だからじゃない? 仕事にしたいとは思わなかったんだ」

「俺は、鈴木なら店を出しても食っていけると思うんだけど」

 と、大河内さん。だけど、僕は首を振った。

「そんな簡単な話じゃないよ。ほら、美味しくても接客が拙かったらやってけないでしょ?」

 正直、僕は接客とか得意ではない。依頼人へのプレゼンとかも毎度緊張しながらやっているんだもの。話すのが得意な方ではないし……。

 僕がちょっと苦々しい顔で理由を話すと、彼は「そうかなぁ?」と首を傾げている。でも、正直なところ僕は家族や友達にだけ料理を振る舞いたいって気持もあるんだよね。

(正直なところ、作った料理を捨てられたって言うのが……痛いんだよね)


 高校生の頃、友達に弁当を作った事がある。

 何故頼まれたのかは忘れてしまったけど、仲の良い友達だったから頼みを断れなかったんだ。だけど、その弁当を「なにこれ」って言われてゴミ箱のなかに入れられたことがある。

 色合いやおかずの入れ方とか気を使ったのに、食べもしないのに捨てて「不味そう」「キモイ」って言われたら作りたくなくなるでしょ?

 それが切っ掛けで一時期他者に料理が趣味だって事は言わなかったな。まぁ、部活の友達は僕の趣味を理解してくれていたし、作った物を喜んで食べてくれて……。でも不特定多数に自分の料理を振る舞うのは、やっぱり嫌だな……。


「鈴木、大丈夫か?」

「ちょっと嫌な事を思い出しただけ。大丈夫」

 大河内さんに笑って見せて、僕は今回のオムレツの中身マッシュポテトとアリゴが入った鍋とボウルをみて頷く。

「それじゃ早速オムレツにしていこう!」

 新鮮な卵を割って、割って、砂糖少々、塩コショウ。ここにマヨネーズを適量絞り出す。

「こうすると、けっこういい感じに焼けるんだよな」

「味も何となく好きだな、僕は」

 フライパンは程よく温め、サラダ油を広げる。

 毎度思うんだけど、フライパンってちょっといい物買っておいた方が洗いやすい気がするんだよね。テフロン加工しか勝たん。洗いやすい。まぁ、空焼きしないように、とか洗い方には気をつかっちゃうけど。

 溶き卵が、ほどよく温められたフライパンへと流される。傾けて、傾けて、ふわりと広がる様は、お姫様が躍っているように見える。ほら、ドレスの裾が広がるように見えるでしょ? オムレツやオムライスを作る時一番テンションが上がる瞬間なんだよね。綺麗じゃん。

「なかなか上手いな」

 大河内さんが褒めてくれたが、ここからが勝負。綺麗に包むには集中力が必要なんだ。ここで気が散って、なかなかうまく包めない事もあるんだよね。破れるちょっと悔しい。

「あ、そうそう」

 こんな時に大河内さんがスマホ片手にポツリという。

「丁度幸田さんも暇だからお昼食べに来るって」

 次の瞬間、フライパンに広がっていた卵は、ちょっと歪んだ形でひっくり返った。

「えっ?! 幸田さん呼んだの?」

 近所に住む友達の幸田さんは、かなりの美人だ。そして、最近僕が気になっている女性だ。同じ市民オーケストラの仲間で高校時代の同窓生なのだけど、この気持ちに気付いたのが最近だから、ちょっと恥ずかしいというかなんというか。

 初対面はクールでちょっととっつき難いイメージがあったけど、話してみるとすごく人当たりの優しい人だ。あと、この人も食べることが好き。僕と共通の趣味で、高校時代はよくつるんでいたんだ。

 僕がちょっと慌てていると、大河内さんが真面目な顔で頷いた。

「マジのマジ。ジャガイモを蒸している時、『あと一人誰か呼ぼうか』って話していたじゃないか」

 そ、そうだっけ……? まったく思い出せない。もしかしたら、蒸している間にもいろいろ考え事をしていて生返事していたのかもしれない。

「でも、どうして幸田さん?」

「先週の練習の時、彼女はオムレツが食べたいって言っていたんだよ。しかもチーズ入りの奴」

 問いかけに、大河内さんが思い出しながら答える。僕が用事で電話している間のことだったらしい。なるほど、と思った僕はちらり、とアリゴ入りのボウルを見た。

「そういうことなら、なおさらアリゴのオムレツも作りたくなるねぇ」

 僕はとりあえず自分の分にしようと、歪んだ卵のシートへとマッシュポテトを乗せる。量を加減しないとうまく包めないんだよね。

 慎重に……慎重に……。えいっ、と勢いよくフライ返しを自分へ動かせば、なんとか上手に包むことができた。ちょっと焦げたのはご愛敬ってことで。

 白い皿へと乗せて、あとでエノキとホウレンソウのソテーを添えよう。プチトマトも乗せよう。うん、何となく見栄えが良いぞ。

「じゃあ、俺がソテーつくるわ。オムレツはよろしく」

「任された」

 大河内さんと僕は手分けして調理することにした。


 本日のオムレツ、第二弾!

 次はアリゴをオムレツにする!! 解いた卵を再び温めサラダ油を程よく引いて流す! 腕の見せ所だ! テンションが高いように思えるでしょ? 逆に緊張しているんだよ僕は……。アリゴ入りは初めて作るんよ!

 ちょっと震えた手で入れられた解き卵は、踊るドレスのように広がって美味しそうな音を立てながら焼けていく。

(よし、ここまでは完璧だ)

 問題は、アリゴ。意外ととろとろしてる。ここは卵をひっくり返さずに。アリゴも少しずつ入れていこう。

(あれ? 見た目より案外粘り気強いなこれ)

 もしかしたらチーズの量を間違えたかもしれない。まぁ、カロリーが高くなったが仕方ないか……。

 広がった卵に、少しずつアリゴを入れていく。あとは丸めるだけ! これは量を考えないと零れそうだ。

 程よく焼けた卵でもちもちのアリゴを包む。まるで沐浴から上がった赤ちゃんをバスタオルで包むような優しさで……!


 ――くるるんっ!


 勢い余って一回転した気がする。でも中身は出ていない。これで、ナイフや箸を入れた途端とろりとしたアリゴがこぼれ出る……筈。

「お皿頂戴!」

「アイアイサー!」

 僕が声をあげると、すかさず大河内さんがお皿を差し出す。どうやら待機していたみたいだ。さっきのオムレツとは違い、まるでウォーターベッドか人をダメにするようなクッションのような動きを見せるアリゴ入りオムレツに思わず笑いそうになる。

 こうして、本日のランチ……のメインは完成した。


本日のお昼

・マッシュポテト入りのしっかりオムレツ

・アリゴ入りのもにょもにょオムレツ

・ホウレンソウとエノキのソテーとカットしたプチトマト

・ライス

・ノンアルコールビール


「……ノンアルコールビール?」

 ふと、テーブルに置かれた缶を見て思わず呟いた。すると、「やっほー」と手を振るマッシュボブヘアーの美女がいた。どうやら僕が調理している間に到着し、大河内さんが対応してくれていたらしい。

 目元の涼し気なアイメイクがとても綺麗で見とれていると、大河内さんに小突かれ我に帰る。

 挨拶もそこそこに、幸田さんも配膳を手伝ってくれた。そして、テーブルに並ぶ小さめのオムレツ。まあ、今回は2種類の食べ比べってことで小さめにしている。

 ケチャップとデミグラスソースの二種類も用意して、3人でテーブルを囲むとなんだか少し贅沢な気持ちになった。

 話によると、幸田さんは今日元々友達と予定があったらしい。だが、急にキャンセルになったとかで暇を持て余していたのだとか。

「そこに大河内君が連絡をくれたの。本当にラッキーだったわ。鈴木君の手料理は外れがないからね」

 今度奢るか作るから、と幸田さんは僕らに微笑む。ギブアンドテイクでそう言ったんだろう。

 時間も時間だし、と僕らは早速昼食をとる。まずはノンアルコールビールで乾杯。

「微アルコールでもいいんじゃない? どうせ明日は休みだからのんびりしようよ」

 と僕がいうけれど大河内さんが首を振る。

「明日接待でゴルフに行かなくちゃいけないんだよ。時代遅れだと思うんだけどねぇ」

 なるほど、それじゃお酒を明日に残すわけにはいかないね。


 早速、僕らはオムレツを食べる。

 まずは、マッシュポテトのオムレツに箸を入れる。しっかりとした触り心地が箸を伝わり、一気に開けば見慣れたマッシュポテトが出迎える。ひき肉とタマネギの食感とかけたケチャップの酸味、ちょっと感じる塩味が混ざり合って懐かしい心地を思い出させてくれた。

 一気に食べると喉に詰まってしまうけれど、よく噛んで味わえばジャガイモが持つほんのりとした甘みも、卵のちょっとしたしょっぱさと相まっていい雰囲気を作り出す。マッシュポテト入りはお腹にたまりやすい。だから満足感が得られやすいだろう。

 よく潰さないと食べ応えはあっても舌ざわりが良くない。熱いうちにジャガイモを丁寧に潰したからこそ得られる柔らかさ。

「懐かしいなぁ。幼稚園の時、時々給食で出たのよ」

 幸田さんが目を細めながら呟く。僕も幼稚園だったけど給食あったっけ……?

「俺は保育園だったなぁ。オムレツは時々でてたけど、キャベツとひき肉が混ざってて。そうそう、スペイン風オムレツみたいな感じだった。あれはあれで美味いんだよ」

 大河内さんが思い出しながら話していると、なんか長くなりそうだったので適当に切り上げてもらう。折角のオムレツも冷めてしまうし……。

 と、ここで幸田さんがもう一つのぷにゅん、とした揺れ方をするオムレツに目を止めた。

「あぁ、これがアリゴ入りね?」

「うん。初めて作ってみたんだけど……」

 ちょっと緊張しながら頷いた途端、幸田さんは迷いなくそれに箸を入れた。同時にとろりとこぼれ出るアリゴ。これには思わず涎が垂れそうになる。この程よいもったり感。これには全員が目を見張る。

「や、やだ、恥ずかしい! ちょっと食べづらいじゃない」

「いや、僕、初めて作ったからうまくいくかどうか……」

 幸田さんが苦笑するが、僕としてはどうなるか気になっていたからね……。大河内さんも同じらしく、「さー、食べてみようか」とわざとらしく言って自分の分に箸を入れた。

 伸びるアリゴをそのままに口に入れれば、チーズの風味が鼻孔を通り抜ける。とろりとした舌ざわりと卵のふわふわ感は丁度良く混ざり合い、噛めば噛むほど幸せを感じる。奥の方にはジャガイモの風味。裏ごしされた事で滑らかになった舌ざわりは実に繊細だ。これには、ケチャップもデミグラスソースもいらないかもしれない。

 そういえば、プレーンオムレツにアリゴを合わせるレシピもあった。それを考えると、アリゴ入りのオムレツというのは、それだけで世界が完成されているのかもしれない。

「鈴木君、また自分の世界に入ってるよー」

 幸田さん、つっこみ有難う。恥ずかしながらその世界から帰ってきたよ……。でも、このオムレツとアリゴの組み合わせは予想以上に美味しい。おかげでするする食べられそうだ。

 合間にノンアルコールビールを飲んで、付け合わせに作ったソテーも食べる。あ、インスタントでもいいから何かスープを用意すればよかったか。

「二種類のオムレツをランチに、というのはちょっと贅沢だな。俺としてはもうちょっと食べたいが」

「材料は余ってるし、作ろっか?」

 大河内さんが皿の前でちょっと申し訳なさそうに(しっかりした背を縮こま背たように見えた)して呟いたのを見聞きした僕は、遠慮しなくていいのにと席を立とうとする。それを止めたのは幸田さんだった。

「ねぇ、よかったら私にさせてくれないかな? 今度親戚がちっちゃい子連れて遊びに来るの。だから作ってあげたくて」

 それはなんだかかわいいなぁ、なんて思ってしまった僕は、自分の目じりが少し柔らかくなるのを感じながらキッチンに案内する。

「コツ、教えようか?」

「お願いします」

「俺、自分で作るよ!」

 大河内さんも立ち上がろうとしたが、それを僕が止めると「なるほど」と少しにやり、と笑って手を振った。


が ん ば れ よ


 なんて口パクで伝えてくる。え、ちょっとねぇ?!

「オムレツ作るのって、そう言えば初めてなのよね」

「まぁ、まずは卵を溶いて……」

 幸田さんに頼まれ、僕はオムレツの作り方をレクチャーする事にしたけど、正直ちょっと緊張して上手に話せたか解らない。けれど、幸田さんが作ったオムレツは歪みもなくて、とても綺麗だった。

「オムレツを包むの、上手だね」

「そう? ありがと」

 褒めた時の彼女の目元が、とても愛らしく見えた。


 アリゴ入りで忘れ去られそうになったマッシュポテトのオムレツだが、忘れてはいない。食べ応えのある安心感。しっかり炒められたタマネギの存在感といいひき肉の旨味といい、忘れられるわけがない。

 幸田さんにオムレツの作り方を教えた後、改めてマッシュポテトのオムレツを食べながら、その口幸に浸る。やっぱり、これは安心感のある味だ。塩加減さえ間違えないで尚且つ余計な物を入れなければ誰でも上手に作れるんだもの。

 そしてお腹にしっかり溜まる。実にいいものだ。

「しあわせ」

 僕がぽつりと呟くと、大河内さんが「そうだな」と相槌を打った。

「鈴木君の食べる様子って見ていて本当に幸せになるんだよね」

 幸田さんが目を細めて僕を見つめる。ん? なにかついていたかな?

「高校の時から知ってるけど、鈴木君が食事をする姿はすっごく幸せそうなの。食べ方も綺麗だし、作った人が見たら絶対喜ぶ姿だろうなっていつも思ってるの」

 そうなの? と僕は目線で大河内さんに問いかけると、彼もこくん、と頷く。

「コイツが食べる姿を見ていると、それが美味しそうに見えてさ。つい一緒にご飯を食べに行くと『俺もそのメニューにすればよかったかも?』って思ってしまうんだ。それだけ、美味しそうに食べているって事だよ」

 そんな風に言われると、ちょっと照れてしまうな。まぁ、家族から言われた事はあるけど自分ではわからないな。まぁ、美味しい物を食べると幸せになるのは本当だけど。それを素直に出しているだけなんだよね。

 正直にそれを伝えると、なんだか二人とも「なるほど」と納得した顔になった。それってどういう事なんだろう?


 けれど、まぁ、友情も愛情も何かでくるんで、こんなふうに暖かい気持ちになれたらいいんじゃない?


「仲間と一緒においしい時間が過ごせるならそれでいいって思ってるだけなんだよ」


(終)

 


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