魔物食らいの勇者と平凡料理人、旅をする

夏伐

憧れのドラゴンステーキ

 がぶり、と肉にかぶりつく。特に臭みはないが、血のにおいがとても不快だ。ドラゴンテールはうまいというが、どうにも他の肉との違いが分からない。

 彼は勇者ディッシュ。食べたもののスキルを手に入れることができるという特殊な才能を持っていた。

 魔王を倒すために選ばれた数十人の勇者の中、彼についていく者は料理人のミールだけだった。戦士も魔法使いも、踊り子も歌姫も聖女も魔物に食らいつく彼の姿を見て「不気味だ」「獣のごとき男だ」と敬遠しついには皆、ディッシュから離れてしまった。


「勇者さま! きちんと火を通してからお食事をなさってください!」


 ハーフエルフのミールは包丁でドラゴンの尻尾と格闘しながら、どうにかこうにか解体をしていた。


「やっぱり王さまにもらったミスリルの包丁はよく切れますね~! 勇者さま、休んでいてください! 今日のメニューは『憧れのドラゴンステーキ』ですよ!」


「早くしろ」


 ディッシュのそっけない言葉にミールは、呆れたように笑った。二人の間でこれはいつものことだった。

 ミールは手慣れたようにドラゴンを解体していく。全身を部位ごとに解体する技は持っていないが、尻尾を切り落として、皮と肉と骨に分けることは出来ていた。


「勇者さま、このお肉はどんなお味でしたか?」


「臭みがない」


「……」ミールは少し考えて「分かりました!」ウキウキとドラゴンテールを料理しはじめた。


 肉を叩いて柔らかく、こしょうをふって味付けをする。その間に勇者は魔法を使って尻尾のないドラゴンの体を回収した。


 野菜を切って鍋で煮詰める。その中にもドラゴンの尻尾の端肉を放り込む。灰汁を取り除き、ゆっくりと煮詰めていく。


 ディッシュはいつの間にか、ミールの後ろで料理が出来上がっていく様を眺めていた。

 コトコトとスープを煮詰めながら、その横で豪快にステーキの肉を切り出していく。


 ディッシュの能力には限界があった。食材となった時点で魔物を加工すると、得られるスキルの習得率や熟練度が下がってしまうのだ。


 魔法使いがいた頃は、火の魔法を使ってもらい、こんがりと焼肉風に食べることができていたが彼はおいしく食べるために魔法を使うことに嫌気がさして去ってしまった。


 そもそもこの国では魔物を食べる習慣がなく、仕留めたスライムをチュルリと食べるディッシュを『異端』と見なしていた聖女は野蛮だと彼を見限った。


 勇者として、彼に期待されていたのはスキルの収集だ。にもかかわらず、仲間たちは様々な理由をつけて去っていく。

 そうして一年後、国が容易した旅の仲間は戦闘能力のないミールだった。荷物持ちとしても足手まといのミールは、魔物を食らうディッシュの姿を見てショックに倒れた。


「大丈夫か?」


 魔物を咀嚼しながら、ディッシュが声をかけると、ミールは涙を流しながら声を上げた。


「本当に魔物をお食べになるのですね……」


「怖いか?」


「怖いに決まっているではありませんか! 生食はお腹を壊すこともあります、寄生虫や病原菌だって……」


 怯えるミールは、どうやら火を通さずに生肉を食べる行為に衝撃を受けているようだった。

 おかしなやつだ、ディッシュはミールに対して何だか小動物らしさを感じる。弱くて周りをウロチョロする愛玩動物のごとき生き物だ。


 そんなミールはすぐさま鞄から野営のための道具を準備しはじめた。


「話には聞いていましたが、普段のお食事は私たちと変わらないのですよね!」


「まあ」


 変な噂が広まったせいで、店で食べる以外はディッシュは魔物ばかり食べていた。好きで食べていると思われていたらしい。

 ミールは鞄からスッと包丁を取り出した。そのまま魔物とディッシュに近づいてくる。


「私が料理してさしあげます! スキルとして還元されるのは最初の一口なんですよね?」


「そうだな。一匹につき一口だ」


「それなら残りは美味しくいただきましょう!」


 こうしておかしなスキル集めの旅は始まった。元々、魔物を食べる習慣のない所で暮らしていたミールは、実際に食材を触って己の経験と照らしあわせて調理法を模索する。


 それが当たる時もあれば外れる時もある。


 そんな時ミールは、可哀想なくらいしょぼくれる。それでも、ディッシュは出された料理はペロリと平らげた。


「勇者さま……おいしくないでしょう?」


「まあ、うまくはないが……でもまずくもない」


「きっと次はおいしい料理を食べさせてあげますから!」


 そうして新たな仲間がくることが無いままに、二人の勇者道ははじまった。

 強い魔物を倒してスキルを手に入れるため、おいしい魔物料理追及のため、二人の絆は違う目的のためにどんどんと進んでいった。


 勇者は忙しそうに食材と戦うミールの姿をぼんやりと見つめた。


 本物のドラゴンの肉を扱うのは初めてらしいミールはコロコロと表情を変えながら調味料を吟味していた。


 戦闘では一切の役に立たないミールは、料理に対してはディッシュでさえ恐ろしいと感じるくらいに手出しを嫌う。

 野営であるにも関わらず、どこかほっとするスープの香りとこんがりと焼ける肉の香り。


 ディッシュはお腹が小さく鳴るのを聞いた。


「さ、勇者さま! ご飯にしましょう!」


 焚き火を囲んでスープを飲む。野菜と肉の旨味がギュッと詰まっていてピリリとした香辛料が後味をスッキリとさせた。

 肉は柔らかく、フォークを突き刺すと肉汁が漏れ出した。中からふんわりと湯気が出てくる。

 肉を口に入れると、ジューシーで癖のない旨味をギュッととりまとめるようにこしょうの味を感じる。とても美味しい。


 ミールはディッシュの様子を伺うが、ディッシュはそれを無視してパクパクと平らげてしまった。

 ほっとしたミールも自分の食事に手を付ける。


「ん~! おいしい! 本物のドラゴンステーキっておいしいですね!」


 今までは亜竜種ばかりだったが、本物の竜を食べたミールの感激は大きかった。

 ディッシュは、うまい、ということはなかった。焚き火を見つめて、心地の良い満腹感、口に残るステーキとスープの後味を楽しんだ。

 料理本には載っていない魔物料理。ミールが参考にするのは架空の物語の料理だ。

 『憧れのドラゴンステーキ』は本当に美味しかった。ディッシュはミールと旅をしている今を、本当に楽しんでいた。

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