第11話 初登校の同級生

「なっ……な、な、なっ……」

「人を指さすのはやめてくだ――」

「なんでお前がここにいるんだよ!?!?」


 その日廊下に響き渡ったのは、猪獅狩いしかり槍矢そうやの驚きに満ちた声だった。当然、廊下にいた生徒たちは全員が振り返る。


「君は本当に……」


 そんな槍矢に呆れて、ため息をつきつつ額に手をあてているのは小鳥遊たかなし刀也とうや。そして、その隣には……。


「同じ学校だなんて、聞いてないぞ!?」

「……聞かれてないからな」

「そう! だけ! ども!!」


 珍しくすぐに口を開いた、熊田くまだ慎也しんやの姿。彼は槍矢に指をさされていようとも大声を出されようとも、特に気にした様子はなさそうだった。

 そう。彼もまた、同じ高校に通う生徒だったのだ。


「確かに!! 確かに同い年だって!! 聞いたけども!!」

「君はまず、声のボリュームを落としましょうか」

「っつーか! なんで刀也が一緒にいるんだよ!? 同じクラスなのか!?」

「違います。彼は二組です」

「体力バカかよ!!」


 一組は成績優秀者のみを集めた秀才クラスと言われているが、二組は主に運動方面で成績を残した者が集められている。なので普段はスポーツクラスと呼ばれていたりするのだが、あまりの体育会系っぷりに筋肉バカだとか体力バカだとか、そういった別称で呼ばれたりもしているのだ。とはいえ、本人たちは気にしていないようだが。

 余談だが、一組にも二組にも入れなかった家柄がかなり良い子供たちは、六組に集められる。そのためこの騒ぎの野次馬のほとんどが、三組~五組の生徒たちだった。つまり噂話に目がない彼らの間で、あっという間に広がっていくことだろう。ようやく登校してきた同級生と、なぜか既に知り合いになっていた生徒がいる、と。


「失礼ですよ。あと君は、もう少し落ち着きを持ってください」

「いやいやいやいや! むしろなんで刀也はそんなに落ち着いていられるワケ!?」

「事前に知っていたからに決まっているじゃないですか」

「なんで!? オレ知らなかったんだけど!?」

「でしょうね」


 もう一度呆れたようにため息をついた刀也は、もしかしたら槍矢をたしなめることを諦めたのかもしれない。事実これ以降、特にそこに言及することはなかった。

 だが同時に、言及する必要がなくなったからとも言えるのかもしれない。

 それは唐突に、おそらく広がるはずだったであろう槍矢がなぜか慎也と知り合いになっているという噂すら、完全に上書きしてなかったことにしてしまうほどの衝撃で。


「あー!! 慎ちゃんだー!!」


 可愛らしい声が、三人より少しだけ離れたところから聞こえて来たかと思えば。あっという間に槍矢の横を通り抜けて、一人の女子生徒が慎也の制服の袖を掴んでキャッキャと嬉しそうにはしゃいでいたのだから。

 それはもう、野次馬から先ほどまでのやり取りが全て吹き飛ぶのは必然だったとしか言いようがない。


「……もも

「お帰りー! いつ帰ってきてたのー? 連絡くれればよかったのにー!」


 見た目と身長の高さから遠巻きに見られがちな男子生徒に、小柄な女子生徒が親し気に話しかけている。しかも明らかに知り合いだと、誰もが理解できるほどの距離で。


「え? いや……え?」

「…………」


 あまりにも唐突過ぎる出来事に、槍矢は混乱して言葉にならず。刀也に至っては、そもそも言葉すら発することができない。

 にもかかわらず、目の前の二人は周りの混乱など意にも介さずに会話を続けるのだ。


「……そう、だな。悪かった」

「いいよー! それよりせっかく帰って来たなら、今度また一緒にスイーツ食べにいこ? 慎ちゃんと行こうと思って、いっぱいリストアップしてあるんだー」

「それは……楽しみだ」


 さらには慎也が笑顔など見せるものだから、周りの生徒たちはもちろんのこと初めて見た槍矢と刀也も、同様に固まってしまう。だがそれでも、二人は何一つ気付かない。


「慎ちゃん連絡先変わってないよね? あとでリスト送るから、行きたい場所あったら教えて?」

「あぁ、分かった」

「えへへー。楽しみだな~」


 くるくると表情が変わる、慎也に桃と呼ばれた女子生徒。前髪は重すぎない程度に切りそろえられ、地毛なのか少しだけ明るめの茶髪にも見えるボブヘアーは、彼女が動く度にふわりとゆれる。その様は慎也との身長差も相まって、声と同様とても可愛らしく見えた。

 だがそれすらも、唐突に終わりを迎える。


「ちょっ、モモ!!」

「あ、ハルちゃん」

「めっちゃ注目されてるから!! 彼氏が帰ってきて嬉しいのは分かったから、そういうのは後にして!!」

「え!? ちがっ! 違う違う!! 慎ちゃんとはただの幼馴染だから!!」


 突如乱入してきた、ハルと呼ばれたおそらく友人なのであろう彼女の手によって、桃と呼ばれた女子生徒は強制的に連れ出されてしまったのだ。

 まだ何事かを言い合っている二人の声が遠ざかるのを、慎也以外のその場にいた全員が呆然と見送るしかなかった。


「…………え? なに? 今の。さっきの小動物みたいな女子、彼女じゃないの?」

「……違う。桃もそう言ってた」

「いや知らねぇし!! ってか、そもそも誰なのかもこっちは知らないからな!?」


 相変わらず必要最低限しか喋らず表情もあまり動かない慎也に対して、遠慮なくツッコミを入れるのは当然槍矢だ。むしろ二人のやり取りを聞いて、刀也も含め周りもやっと動き始めたくらいなのだから。相変わらず、こういったイレギュラーが発生した後の立ち直りは、誰よりも槍矢が早い。


「……習田しゅうだもも。俺の幼馴染だ」

「新しい情報名前だけかよ!!」

「……それ以外、何が知りたい?」

「質問形式なのかよ!!」


 きっと周りの誰もが思った事だろう。会話が全く進まない、と。

 そしてそう思ったのは、何も野次馬たちだけではなく。


「とりあえず、今はその辺りにしませんか?」

「いやいや、気になり過ぎるだろうよ。明らかに」

「そうは言っても、授業の時間もありますから」

「そうだけどさぁ?」

「君がどうしても話したいことがあるというのなら、今日の放課後僕の家に二人で来てもいいですから」

「え!? いいの!?」


 これには周りも驚いたような表情で刀也を見ているが、槍矢はともかく刀也はそれを理解していながらあえてスルーする。ここで下手にその視線にまで反応すれば、確実に面倒なことになる上に授業にも間に合わないと理解しているからだ。ある意味、合理的ともいえよう。


「熊田君も、それでいいですか?」

「……慎也でいい」

「なるほど、分かりました。それなら僕のことも名前でいいですよ」


 刀也の問いかけに慎也が頷いた後に付け足された一言に、今度は刀也のほうが頷いて見せる。そしてそれにまた慎也が頷き返すというやり取り。言葉数が少ない慎也に対して即座に理解を示す刀也という構図は、出会ったばかりであると思い込んでいる周りの生徒たちからすれば不思議な友情を感じたのだろう。

 となれば、当然仲間外れのようになってしまった槍矢が黙っているはずもなく。


「えー!? 刀也だけとかずるー!!」

「なにがズルなんですか」

「なーなー! オレも名前でいいから、慎也って呼んでいいか?」

「……構わない」

「よっしゃー!!」


 子供っぽい槍矢の言動にため息をついている刀也は、自分たちがまだ本当に子供であるということを忘れている節がないわけではないが。それでも不思議と槍矢の様子に周りが笑顔になっていることに気づいて、やれやれとでも言いたげに肩をすくませたのだった。




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それいけ! ヤ組。 朝姫 夢 @asaki_yumemishi

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