第10話 麒麟と資料と組織力
高校生が来るには少し高級な飲食店の個室。そこにいるのはバラバラな個性の高校生三人と、どう見ても危ない見た目の大人たち数人。
高校生三人はもちろん、金髪にピアスと派手な見た目の
さてそれに対する大人たちは、言わずもがな。
「なぁ。この状況って、はたから見たらスゲーあやしいんだろうな」
「それはもう言わない約束だろ?」
「いや、知らねぇし。そんな約束」
ふと我に返ったらしい槍矢が、辺りを見渡して発した言葉に返したのは木馬。全員が手元の資料をひたすらに読み漁りながらずーっと沈黙を続ける様は、確かに誰かに見られていたら異様としか言いようがないだろう。
だが大前提として、このメンバーが揃っていること自体がある種異様なのだが。
「『
少しだけずり落ちたメガネを直しながら告げる刀也の表情は真剣そのもので、その言葉通り誰よりも多くの資料をこの短時間で読み込んでいた。
「いや、分かるけどな? けどなんでこんな高級店選ぶんだよ」
「あ? 言ってなかったか? ここ『麒麟』の系列店の一つなんだよ」
「は?」
実は日本中のあちらこちらに拠点がある『麒麟』は、その組織を支えるための支援者たちからの援助金だけでなく、組織としても数多くの会社を経営している。その多くは、トップが『麒麟』のメンバーだったりするのだ。
「ここの会長はもちろん、社長以下取締役員は全員『麒麟』のメンバーなんだよ。だから実はかなり融通が利くってことだな」
「はぁ!? なんだよそれ! 大人ってこえぇな!!」
「財力もまた、力の一つなんだよ」
大袈裟に両手で自分の腕を掴んで震えてみせる槍矢に、木馬はニヤリと笑って返しているが。実際に多くの系列店があるおかげで、必ずしも拠点に集まらなくても良くなっているのだ。何より美味しい料理をつまみながら、何時間でも話し合うことができる。これほど最高の環境はないだろう。
「口じゃなくて、手と目と頭を動かしてください。時間は無限にあるわけじゃないんですから」
「いや、そうは言ってもさ。読んでると気が滅入るわけ。分かる?」
書いてあるのは、過去に何が起きたのかという事実と記録。そこには見つけ出した『気穴』を無理に消し去ったせいで、噴火やら地震やらの大災害が起きた時の様子が生々しく記録されていた。想像力が豊かな人間からすれば、まさに地獄絵図を見ているような気持ちになるだろう。
「だからこそすべきではないと、ちゃんと後世に伝わっているんじゃないですか。君が理解できるように書かれているんですよ? 先人の思惑は大成功じゃないですか」
「確かになー。……っておい!! オレにも理解できるってどういう言い方だ!?」
「そのままですよ?」
『気穴』は人の負の感情を定期的に吐き出すためのものなのではないか、と。どの資料にも最後にはそう推測された一言が添えられていた。そうして何度も同じ言葉に触れさせられれば、嫌でも人間覚えるもので。そういう意味では、確かに先人たちの一番伝えたかったことは伝わっているのだろう。
すなわち、自然に消えるまで『気穴』には手を出すな、と。
「そもそも日本が狭いんだろうな、国土として。そこに昔よりもずっと大勢の人間が住むようになってるから、余計危ないんだろ」
本来であればそこまでの被害ではなかったのだろう。事実平安時代には、そこまで大きな『気穴』による被害の記録は残っていない。
「土地に悪い気をため込まないための方法なんだろうな。実際人が住んでない山奥で『気穴』が発生したって記録もないし」
「むしろ人が大勢いる場所に発生していることが多いみたいですね」
「ま、当然っちゃー当然なんだろうけどな」
人の思惑は時に、血で土地を汚すことすらあった。現代はそこまでの事はそうそう起きないとはいえ、人の恨みつらみや妬みはきっと昔から何一つ変わっていない。むしろ現代では様々な情報を安易に手に入れられるようになってしまったがゆえに、その感情はより大きくなっているのかもしれない。
「ところでさー。なーんで強化系の『異形』についてはあんまり載ってないわけ?」
「単純に数が少なかったからだろ。それより俺は、この門番みたいな『異形』が気になるけどな」
槍矢の質問に木馬が差し出した資料には、文章だけではなく墨で描かれた絵のようなものが添えられていた。
「
「約三メートルですね」
昔の単位である
「すげぇな刀也。お前そんなことも頭に入ってるのか」
「居合と弓を習っているので、歴史を調べている時に知ったんです」
「いや、それをちゃんと覚えてるのがすげぇよ」
つい手を止めて尊敬のまなざしを向ける木馬だが、それを聞いた槍矢はまた別の感想を抱いたらしい。どこか腑に落ちないような表情で、
「それって、この前の『嫉妬の異形』よりもちっさくね?」
と首をひねったのだ。
確かに大きさだけで言えばそうなのだろう。あれはビルよりもはるかに大きかった。だが槍矢のその質問に対して木馬は、読んでいた手元の資料を渡して肩をすくめてみせたのだ。
「大きさだけが強さの全てじゃないだろ? 実際資料を読めば、今までで一番の強敵だったって書かれてるしな」
「こいつらが、ねぇ?」
「今なら他にも遠距離で戦う方法はあるけどな。昔は鉄砲が伝わるまで、弓矢しかなかったんだ」
「正直なところ、飛距離や威力には限界がありますからね。精度の問題もありますし」
「二体同時に相手ってのが、案外キツイのかもな」
ジッと絵を見つめる槍矢をよそに、木馬と刀也が意見を交わす。確かに今まで一度も二体同時に出現したことはないのだから、ある意味で彼らにとっては未知の世界なのかもしれない。
「ま、想像だけで語ってても仕方ないけどな」
「できればその門番らしき『異形』を相手に出来るくらいには、僕も強くなりたいところなんですが……」
「だったら慎也に修行方法聞いてみればいいんじゃねーか?」
「え!? 熊田君、何かいい方法知っているんですか!?」
いきなり話を振られた慎也が、資料に落としていた目を刀也に向ける。メガネの奥で期待に満ちた目が真っ直ぐに自分に向けられていることに気づいた慎也は、そんな刀也に向けてゆっくりと頷いて。そうして今日初めて言葉を発しようと、口を開いて――
「あらあら皆さん、こんなに散らかして。さすがに根を詰めすぎなんじゃないですか?」
だが結局、料理を運んできた女将によって遮られてしまった。
「調べ物も大事でしょうけれど、まずは腹ごしらえからですよ?」
「すみません……」
「いいえ。私たちに出来ることはこれくらいですから。腹が減っては戦は出来ぬ、でしょう?」
「はい。いただきます」
彼女もまた『麒麟』のメンバーの一人。そしてだからこそ、この状態を誰にも見られなくていいようにと全ての料理を運んできてくれたのだ。
そうして一旦休憩となったのだが。結局この日慎也がこの場で声を発することは、一度としてなかった。
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